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青空旅行記  作者: 秋月
二章 本の国ルィノカンド
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六十二話 影より放つは魔の力

 ガイロブスの店へと戻ってくると、そこには何名かの客――正確には、避難民と言ったところか――が座っていた。


 彼らは皆一様に疲弊しており、入ってきた三人を見る目には、確かな不安と恐れが見て取れた。とはいえ、二人の傍に店主であるガイロブスが居るからか、明確に攻撃的な態度をとるような者は居なかった。


「彼らは?」

「ああ、暴徒にならず逃げ遅れた奴らだよ。一時的に避難させてんだ」


 マーガレットが問い掛けると、ガイロブスは角材を入り口のかたわらに置きながら返事をした。なるほど、疲弊しているのも納得であろう。


 あれだけの数の暴徒だ。ちょっとやそっと腕に自信がある程度では、到底太刀打ちなど出来るはずも無い。


 まして彼らは、一目で分かる通り、戦闘には縁の遠い一般人である。録に抵抗も出来ず、知人や見知らぬ者たちから逃げ回らなければならない彼らの心労がいかほどのものか。


 ガイロブスはそんな彼らに手を振って警戒を解くよう促しながら、近くにあった椅子を掴んでどっかと座り込んだ。


 彼女もそうしていたので、ディロックもそれに習って椅子を一つ借りて座ると、ガイロブスはガリガリと後頭部を掻きながら口を開いた。


「事の発端はだいたい……昨日の夕方ぐらいか」




 およそ二人が落とし穴と格闘していたのと同時、王都では乱闘が多発したという。論争をしていた者たちがまずそれに巻き込まれ、被害を受けた。


 最初の事件と似ているが、今回は規模が違った。一つや二つでは済まなかったのだ。


 現在、衛兵や冒険者の働きによって鎮圧されてきてこそいるが、暴徒の数は王都在住民の半分をゆうに超えているらしく、未だ各地で戦闘が起こっているのだ。


「俺は見ての通り、喧嘩は慣れてるからな。襲ってくる奴全員張り倒して、逃げ遅れた奴らはひとまずここに呼んだんだ」


 だが、と続けて、ガイロブスはため息を吐いた。


 ――後二日三日程度でこの騒動は収まるのか? 誰にともなく問いかけて、彼はうつむいた。先の見えない長期戦は誰しもの心を疲弊させてくるもので、それは熟練の戦士とて同じだ。


 いかに喧嘩なれしていようが、ディロックやマーガレット比べると、結局の所ガイロブスは一般人に過ぎない。彼にとって、かくまった人々の命を長時間背負うことが重荷になっていることは想像に難くない。


 とはいえ、現状彼を休ませるだけの余裕が、ディロックにもマーガレットにもなかった。街が混乱に陥っている状況、少しでも情報が欲しかったのだ。


「……そういえば、気絶した暴徒はどうなる? 確認せず逃げてきたが……」

「……ああ。一度意識を失えば、理性は戻ってくるみたいだが」

「ろくに行動できない者が大半」


 ガイロブスの言葉に繋げて、彼女が続けた。ガイロブスが彼女の方を見れば、マーガレットは違うかね? と言い、ピンと人指し指を立てた。


「恐らく理性消失の正体は、魔法とは異なる精神波によるものだろう。現に、規模は街全体だというのに、抵抗に成功するものが出ている――出力に()()があると見た」


 街全体を覆う精神波。魔法では無いというのであれば、それこそ次元の違う話ではあったが、しかし魔法使いの彼女がいう事なのだ。魔法ではないのは確かなのだろう。


 それに加えて、ディロックは彼女の得意げな顔を見るに、魔法では無い事にこそつけこむ余地があるのだろうと何となく察することが出来た。


「そも、超常現象が魔法として形態化されたのは、ひとえにその安定化のためだ」


 そう言ってマーガレットは一言ガイロブスに断りを入れると、返事を聞く前に椅子やら机やらをどけ始めた。困惑するガイロブスを尻目に、ディロックもそれに手を貸す。


 なにをしようとしているかは分からないが、しかし短い付き合いの中で、実際どうかはともかく、ディロックは彼女が突然無意味なことをする人間では無いと信頼していた。


 なら、それを手伝うことに拒否感はなかったのだ。妙な手際のよさに、店に居た全員が何処か呆れた風ではあったが、当の二人は何処吹く風であった。


 そうしてすぐにおよそ半径二メートルほどの幅の空き空間ができると、彼女は腰につけていた皮袋から白墨(チョーク)を取り出し、木の床に大きな紋様を描き始めた。


 人が優に乗れる程度の大きさの円、中核を成す六芒星、複雑怪奇に絡みあう歯車のような幾何学模様――魔法を強化する方法としては杖に次いで一般的な、魔法陣であった。


 店の床に白墨で模様を書かれることに対して何か言いたげなガイロブスであったが、しかしディロックよりも彼女の事を深く知っている彼は、黙ってそれを見つめた。


 そして複雑極まる陣が描き終わりに差し掛かったところで、彼女はようやく口を開き、先ほどの続きを話し始めた。


「魔法ではない超常には常に揺らぎがあり不安定だ。本来他者の術式に干渉するのは難しいが……」


 口を動かしながらも、手は止まらない。陣を書き終えてすぐ、彼女はその図形の中心に立ち、杖を地面へと突きたてた。


 瞬間、ぶわり、と魔力が肌を駆け上がっていくの。それは類稀なほど強い魔力の発露であり、その強さは、およそ魔法とは縁の遠い者たちでさえ不可視の力が彼女から噴出すのを肌で感じられるほどであった。


 ディロックは震えた。なんという強い力か。かじった程度とはいえ魔法を修めている彼はその力の出鱈目さを場に居たの誰より理解した。彼女が全力で杖を振れば、山でさえ割れてしまうだろう事を。


「不安定な術であれば、多少の書き換えは行える。さあ、離れていたまえ」


 警告から、そして何より畏怖から、彼女以外の全員が後ずさる。その様子に僅かに苦笑した彼女は、しかしそれを気に留める事無く言葉を紡ぎ出した。


 魔法によらない精神波に対抗できる呪文など、ディロックはとんと検討が付かなかった。だが、彼女はいくつかの言葉を重ね、意味もまた重ねることにより、より強い力を持つ魔法で対抗する気のようだった。


 そして形を成した魔力の渦は、凄まじいうねりを伴って肥大しながら、天井をすり抜けてそのまま姿を消す。


 狐につままれたような気持ちになる者、何か凄いものを見たのだと興奮するもの、本当に何かが変わったのか不安そうな者、反応は分かれたが、皆一様にマーガレットに注目していることに代わりは無かった。


 そして、杖を付きたてた態勢のまま動かないマーガレット。このまま誰も喋らないのでは、現状確認すらままならないと、沈黙を引き裂くように彼は重い口を開いた。


「どう……なったんだ?」

「ああ、すまない……こんなに大きい術を使うのは久々でね……」


 彼の呼びかけにより、マーガレットは杖を支えにゆっくりと立ちなおした。大きく息を吐いたその額には、脂汗とも冷や汗とも取れないかなりの量の汗が見えた。


「思ったより向こうの力が強かったが、何とかなったよ。完全に解呪できたわけではないが、暴徒の数は大分減らせたはずだ。これ以上増えることもないだろう」


 見ていないことにはなんとも言えないがね、と言いながら椅子に近づいた彼女に、ハッとして、ガイロブスは椅子を引っ張って彼女に差し出した。(おそ)れからではない――単純に、友人としての善意であった。


 それに少し安堵した表情を見せて、彼女は遠慮なくその椅子にどっかりと座り込んだ。


 そこまで来て、人々はようやく、状況が好転したことを理解した。困惑はあったが、それでも少しは何とかなったという言葉を信じるしかない。彼らは小さく、けれど確かに歓声を上げた。


 その様子を尻目に、マーガレットの傍へ歩み寄った彼は、半ば耳打ちするようにして彼女に語りかけた。


「すごいな」

「どうも。ちと、予想外に疲れがね」


 数が減ったのであれば、後は衛兵隊や冒険者達が何とかするだろう。多少なり武術の心得がある彼らに、数の力を欠いた烏合の衆など敵ではない。


 ならば一党(パーティ)、"石の杖(スタッフオブストーン)"はまた別の仕事をしなければ。傍に居たガイロブスを含めた三人は視線を交すと、小さく頷きあった。

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