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青空旅行記  作者: 秋月
二章 本の国ルィノカンド
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五十八話 隠されたもの

 隠し通路というのは、古来より使い古されてきた仕掛けの一つである。文明や時代が違えども、それは世界各地に常に存在してきた。


 床が開くもの、壁が回るようになっているもの、変り種で言えば一定の行為で動くようになる本棚や、部屋そのものが回転するようなケースもあり、そして、魔法で隠されるというのもまた、多くある手法だ。


 二人が無言で歩き出したそこは、ひどく殺風景な場所であった。先ほどまで歩いていた石材の床や壁とは違い、うねりが一切無い、円柱型に伸びた通路だ。


 その不自然なまでの自然さ――すなわち継ぎ目のなさは、そこが魔法で掘りぬかれたことを暗にしめしていた。


 そこには敵の気配どころか、生物の気配は微塵も感じられない。遠い過去を歩いているかのような錯覚に囚われた。二人横に並んで歩くには少し狭い通路は、不気味なほど静まり返っている。


「……ここは……どういう、場所なんだ?」


 ディロックが困惑と混乱をそのままに言葉として吐き出したが、返答は無い。ちらと彼がそちらを確認すると、マーガレットはひどく緊張した様子で、道の先――ディロックに見通せない以上、彼女が見通せるはずもないが――を見ていた。


 その顔は、彼と同じく困惑している様にも見え、そして逆に、感動している様にもみえる。複雑な表情だ。彼にはとても計り知れない何かが、彼女の中で渦を巻いているかのようであった。


 だが少なくとも、学術的好奇心がその目の中にに宿っているのは確かだ。


「恐らくは、宝物ではあるまい。表ざたに出来なかった何かだろうな。だが、残して置きたいことでもあったのだろう」


 学者としての本能なのか、あるいはマーガレット自身のものなのかはさて置いても、しきりに壁や床、天井を見比べては、また未知を見つけようともがいている。


 幼子のような輝きを持つその様子に、良い知れぬまぶしさを感じて、彼は返答を待たぬうちに目を逸らした。


 するとそのうちに、道の突き当たりらしきものが見え始めた。


 おそらくは何らかの空間――開いた場所があるのだろう。道が途切れ、そこからさらに部屋が広がっているのをディロックの目は捉えていた。


 マーガレットもまた、それに気付くと、すぐに興奮状態から我に返った。その切り替え速度はさすがと言うべきか、ほんの一瞬である。熟練の冒険者は伊達ではない。


 最大限に警戒を張り詰めたディロックは、しかし、なんの気配も感じる事は出来なかった。目、鼻、耳、全てを駆使して動く者がないかを探すが、一切の反応は無い。


 マーガレットもまた杖を地面に立て、魔力の流れを読んでいるようであったが、すぐに彼のほうを向いて首を横に振った。


 ――何もいないらしい。


 その事実を確認して、依然として張り詰める緊張感の中、二人は一歩、また一歩と慎重に歩を進めていった。


 ゆっくりとした歩調の足音が二つ、狭い隠し通路内でしばらくの間響く。


 そうして広間の入り口まで来ると、仕掛けの類がないか重々確認してから、最初にディロックが一歩目を踏み込んだ。やや強めの足音が低く響き渡り、そして、何も起こらない。


 安心したマーガレットが一歩進み、部屋を見渡す――が、カンテラでは闇を払いきることは出来ず、ほとんど何も見えなかったようだ。


 『光明(ライト)』の魔法を使うにしても、人の魔力には限りがある。帰りも考えれば、効果時間がそう長いわけではない『光明』を使うのははばかられる。ゆえに、マーガレットが唱えたのはまた別の呪文であった。


 昨今の魔法使いは、最初に習う魔法とはいえ、『光明』に頼り過ぎなふしがある。


 魔法による明かりにも限度があり、また低級の魔法であるため、あっさりと打ち消されてしまうことも多いのが、他の魔法を覚える暇がないのもまた一つの要因であった。


 ゆえに、彼女の放った魔法は、ディロックも中々見慣れない類であったが、しかし同時に、ひどく慣れ親しんだものでもあった。


 詠唱を終えると同時、杖を通じて魔力が線を描き、彼女の目を覆うように魔法の光が包み、消えた。その瞳に宿るのは、魔法とは違う輝き、猫の様な反射する光。『暗視(ナイトヴィジョン)』の魔法である。


 光源が『光明』や松明などで済んでしまうため、あまり習得者の多くない魔法だ。低級な魔法より難易度が高いのも要因の一つであろう。


 とはいえ、『光明』よりも状況への柔軟性は高い。敵に気付かれず闇を見通せるのは、充分な優位性(アドバンテージ)であった。


 青紫と金色の光が、暗闇の中で妖しく光っている。傍から見る者が居れば異様でもあり、滑稽な光景でもあっただろう。マーガレットは闇を見抜く力を得た目を細め、辺りの空間に目を凝らす。


「ふむ。……魔法的な罠の類は見当たらないな」

「まあ、落ちかけた落とし穴を態々覗き込む奴はそういないだろうからな」


 そういった後、ディロックもまた這う様にして床を確認する。じっと見つめるが、他の床とは区別がつかない。物理的な罠もないか、あるいは彼に見つけられるようなものではないのか。


 ある程度の訓練、高い水準の視力があっても、ディロックの本職は剣士である。罠師の真似事は出来ても、彼らほどの観察力は無い。


 となると後は、慎重に進むか、引き返す他ない。だがあの落とし穴が閉じれば、次に開くのはいつか分からないのだ。二人の答えは一つに定まっていた。


 マーガレットは再び、静かに詠唱を始めた。深い闇の中、中空に満ちた魔力が、彼女の唱える呪文――力を持つ言葉によって揺らぎ始める。


 紡がれたのは『簡易浮遊(レビテーション・ロウ)』。地面から僅かに浮き上がる事で、地面を無視する魔法である。


 空を飛ぶというほどでは無いが、少なくともスイッチにより発動する罠に引っかかる事は無い。ブービートラップも、彼の視力を持ってすれば感知することは可能だ。


 浮遊した体は彼女の意思と杖によって自在に動き出し、二人は中空を滑るようにして移動しだした。


 浮かび上がった事で足音が消え、かすかに耳鳴りがするほど静まりかえった暗闇の中。辺りをじっと見渡しながら、どちらとも知れぬ声が漏れた。


「見えてきたぞ……奥だ」


 移動時間は、およそ一分と少しと言ったところであろうか。徒歩かそれより少し早い程度の速度であったとはいえ、部屋一つとしては充分に広すぎる距離だ。


 奥まった壁には、続くような道はなく、また魔法によって形成された滑らかな壁の材質が、これ以上の隠し通路が無い事を示していた。


 そして、魔法の力で浮き上がっていた二人は、その壁の直前で静止し、その場へ緩やかに着地した。


「……これは……」


 マーガレットがポツリと呟く。それはどうやら、壁に刻まれた無数の溝、即ち壁画を見てのものである事は推測できた。


 かちり、かちりと火打石を打ち合わせる音。ディロックだ。彼は手馴れた様子でカンテラに火を入れ、それを頭ほどの高さへゆっくりと上昇させる。暗闇の中、ぼうっとした光が浮かび上がる。


 そしてその光が、およそ幅十メートルもあろうかという壁一面に刻まれた壁画を照らし出す。


 ――精緻を極める細かな細工。刻み込まれた人間は、皺すら浮かんで見える程の細かさで彫られ、無数に描き出される風景は、青みがかった灰色の壁が色づいて見えるほどだ。


 およそ人間技とは思えないそれは、しかし、人の手によって作られた物なのだろう。執念すら感じさせるそれは、ある歴史の一幕を表していた。


 それは、何百年も昔のおとぎ話。始まりの賢者達――その中でも、裏切り者と名高き、"名も無き五人目"にまつわる物語である。

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