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青空旅行記  作者: 秋月
二章 本の国ルィノカンド
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五十六話 情報整理

「さて早速だが、情報を交換しようか」


 朝食の席、マーガレットがそう言うのを聞きながら、ディロックは飯をのんびりと食う。昨日こさえたばかりの後頭部の鈍痛はどうにか収まっていた。


 今日もガイロブスの店はがらんとしていた。飯は美味いのだが、とディロックは思う。


 やや通りから外れた店の立地が悪いのか、はたまたガイロブスの巨体から来る恐ろしさが客足を遠のかせているのか、はたまたその両方か。


 そのどちらにせよ、結果として彼は本の国ルィノカンドを訪れて以来、ガイロブスの店で自分とマーガレット、そして店主であるガイロブス以外の姿を見たことが無かった。


 そんな思考から考えを引き戻し、自分が裏路地で得た――殴られただけの価値はあった――情報を語る。


 彼は特段、弁論が得意という訳でもなく、情報提供者を伏せるのに多少の苦労はあったが、特に問題もなく情報を開示し終える。


 すると、マーガレットはふむ、といって自らの手にあるコップの中を覗き込んだ。彼女のコーヒーは半分ほどになっていた。


「……姿が無かったことは確定。魔本を使用しての遠隔魔法であれば、確かに出来ないことは無いだろう。だが、ならば何故、白紙と貸した魔本があの場にあったのか……」


 そして少し経ち、駄目だな、と言って彼女は頭を横に振った。


「情報は充分。だが、目的や動機が不明確すぎる。見落としているな、何か」

「……そもそも、動機なんて、あるのかねえ」


 ことり、とディロックの分のコーヒーを置き、自分の分を啜りながら、ガイロブスがぽつりとこぼした。


 彼は人への聞き込みを主にしたようだが、ディロックと同じく不審人物を見なかった事と、白紙化した本は一つしか見つからなかった事を情報として手に入れてきた。


「魔がさしたって事もあるだろ? なんかの弾みで人を刺すとかな。精神学の云々は俺には分からんが……」

「しかしだよ、ガイロブス。魔がさしたとしても、魔本の白紙化や犯罪のリスクを負ってまでやる事が、書生を暴れさせるだけかね」


 いっそ殴った方が早い、と魔法使いにあるまじき言動を放ちながら、マーガレットはコーヒーを飲み干した。


 だが、彼女のいう事も一理あるようにディロックは思えた。


 殴った方が早いというのはいささか暴論だが、ある種的を射ている。ようは、魔法など使わずに、より物理的で短絡的な方法でも、似た様な暴動は起こせるのだ。


 その分金は掛かるが、魔本ほどの貴重品を使うよりは断然マシな値段で済むというもの。


 それに加え、魔法を使用しての犯罪には、通常よりもずっと重い罪状を課せられる。魔法は便利で様々なことに応用が聞くが、その分厳しく取り締まられているのだ。


 そういった理由から、今回ディロックに降りかかった事件は何もかもの辻褄が合わない。なにかしらの計画があっての犯行よりは、魔がさしたといわれる方がまだ納得できた。


「情報は多少なり出揃ったが、分からない、か」


 ディロックが呟くと、二人はただ静かに頷いた。


 こうなると、完全に手詰まりだ。


 分かっているのは、マーガレットが探し出した魔法ぐらいのものであり、目撃情報なし、動機不明とくれば、もはやお手上げだ。


 シンとした空気が流れる。重い被害があったという訳では無いが、それでも納得が行かなかった。よくある事だと納得しかけても、全員、頭の片隅に何かが引っかかっていた。




「……そうだ、ディロック。また仕事を手伝ってくれないかね? 遺跡の探索なのだが」


 どこか重い空気のなか、ふと発されたマーガレットの言葉に、彼はひょいと頭を上げた。


 彼の路銀の残りを考えれば、とても余裕があるは言えず、その申し出はありがたかった。武器防具の整備代金を含め、食料調達や、まともに情報を得るにも金が掛かる。


 魔法の品を購入しないと考えても、やはり金いくらあっても足りず、冒険者を兼業できない彼に、その申し出は非常にありがたいものだった。


「それは構わんが……また遺跡なのか?」

「うむ。王都近辺では、失われた遺跡というのが多くてな。防衛機構も残っているものが大半だ」


 以前のように地図を取り出す。今度は遺跡のものとは違い、王都近辺の地図だ。


 国が違えば書き方も違う。見慣れない形式の地図だったが、一目見て、ディロックはすぐに一つの疑問点に思い当たった。


「……遺跡、多すぎないか?」


 中央が王都を表す模様。という事は、その周りにある記号はまた別のものであり、多少の差異はあれど、その多くが遺跡である事に違いは無いようである。


 いくつも国を巡ってきたディロックだが、これほどに遺跡がある場所を見た事が無かった。失われた遺跡と言うのは即ち――歴史的なものか、直接的な黄金かはさておき――宝の山であり、探索されないという事がないのだ。


 残っているものは大概、発掘調査に何かしらの問題があるか、危険な怪物がいるか、そのどちらかである。


 故に彼は、未調査の遺跡がこれほど多く残っている事に強い違和感を覚えたのである。


「ああ、それな。ここいらだと、そういう遺跡は多いんだが、そりゃ災害のせいだ」


 ガイロブスが、横合いから地図を覗き込みながらそう返答した。そうなのか、と返答しながら、ふと言葉に混じった単語に反応して、ディロックは眉を顰めた。


「災害?」

「そうだ。王都近辺では十数年に一度、大きな災害が起こる。地震、落盤、洪水、嵐、種類は様々だが、どれも一様に大きい」


 その被害によって、遺跡そのものや入り口が埋まってしまったり、そもそも経路がふさがってしまったりする、とマーガレットはいいながら、地図の記号を指差し始めた。


 王都に近いものが四箇所、距離のあるものが十一箇所。指差された遺跡はそれら計十五箇所だ。


「少なくとも王都近辺の地図に載っている分では、この十五個の遺跡が行けなくなっていた遺跡だな」

「災害か。偶然、なのか?」

「いや」


 ディロックの呟きをすぐさま切り捨て、彼女はさらに続ける。必然なのだろう、と。


「何十年と続けられた観測から、十数年という月日をかけて魔力が集まり、それが災害という形をとって暴れている事は分かっている。だが、魔力量が膨大過ぎて、現代の魔法ではとても干渉できん」


 一介の魔法使いとして、あるいは学者の一人として歯がゆいものなのか、その顔には苦々しい表情が浮かんでいた。


「しかも、何故魔力が自然と集まっていくのか、それも解明されていない」


 曖昧にうなずいたディロック。しかし彼は、少しばかり魔法と(まじな)いの幾つかが使えるが、それだけで、魔法は実質門外漢だ。その内容についての評価はできなかった。


 魔法の扱いや知識で言えば、見習い魔法使いもいいところで、マーガレットの力量からすれば鼻で笑ってしまうようなものだ。知ったかぶりなどする気も起きなかったのである。


「……ああ、それで探索とはいうが、今度は何をするんだ?」

「うむ。それだがね、ディロック」


 彼の言葉に、マーガレットはふと机に肘を載せて腕を組み、悪巧みでもするかのようににやりと笑みを浮かべた。


「"勘"に自信はあるかね?」

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