五十三話 裏通り
お待たせしました。
翌日、町まで戻ってきた二人は、互助組合で報酬を受け取り、ガイロブスの店へと戻ってきて居た。
即席徒党たる"石の杖"の一先ずの目的は、あの乱闘騒ぎ――書生乱闘とここでは呼称するが――の原因を突き止める事。
魔法の術者であれ、理不尽な現象であれ、殴られっぱなしは性に合わない。本の国出身、好奇心の塊のような二人と、実際の被害者、反骨心旺盛なディロック。
それらが合わさった結果、殴り返す――あるいは、解明してやろう。そんな目的まで至ったのだ。
もし外野が居れば、その信念の無さに呆れた事だろう。
しかしながら、"石の杖"とは即ち、本の国ルィノカンドに於いて、意味の無い事を指す。石で出来た杖は、杖としての機能を発揮しないからだ。
つまりこの徒党を名づけたガイロブスは、最初からそういう皮肉としてその名をつけたのである。
「そうだ、ちょいと情報が手に入ったぜ?」
昼食を食い終わったとき、ガイロブスが語りかけた。同じテーブルで食べていた彼女も、その言葉に耳を傾けたので、ディロックがその続きを促した。
すると彼は、小さく腕を組みながら、唸るように語り出す。
「なんでも、現場には白紙の本が落ちてたらしい。題名はあるが、まるでインクだけ抜き取っちまったみてえに文字が書かれた形跡が無かったんだと」
「白紙の本、かね」
彼女は一瞬俯いたが、すぐに顔を上げた。一瞬だったが、何事かを思案したらしく、そのまま人指し指をピンと立てて語り出した。
「理由は幾つか考えられるが、一つ目は、作者を冒涜したかった。写本とはいえ、本を白紙にするという事は、大なり小なりそういう意味がある」
それはそうだろう、とディロックは語りを邪魔しないよう無言で思った。何せ、ここは"本の国"。
国が名に冠すほどに本という者が大きいこの国で、それを白紙にしてしまうという事は、すなわち宣戦布告に等しい。それこそ、殴りあいの喧嘩で済めばまだ良い方、という事態が勃発しかねない。
「しっかし、わざわざそれを現場に残すのか?」
「自己顕示欲か、あるいは犯行声明……じゃないか?」
「あるいは、必要だったというのはどうだ。魔法か、呪いの道具として使った結果そうなったのかも知れん」
魔法は専門外な男二人がマーガレットの方を向くと、彼女はいいかね、と語り出した。
「魔法に使うのは、なにも魔力や杖だけではない。使う物によっては、布や縄を必要とする物もある」
たしかに、縄を自在に操る魔法というのは、そもそも縄がなければ始まらない。布も似たようなもので、そういった魔法があるこを否定することは出来ない。
つまり、知らない魔法、あるいは禁術の中に、本を必要とする物があるのかも知れない、と彼女は言っているのだろう。
「大図書館があるのだ、利用しない手はあるまい。私はこれから、そちらでそういった魔法があるのか探してみるとしよう」
「分かった。こちらでも何か調べてみる」
ガイロブスは人伝で何か情報がないか調べるらしい。三人は小さくうなずきあうと、ともかく昼食を片づけ、各々の行動を開始した。
ディロックはまず、装備の修理などに向かった。あらかじめ場所を確認していた鍛冶屋に迷うことなく向かい、剣や鎧、鎖帷子の修理を依頼する。
しっかりとした修理、修繕はそれなりに高くつくが、それでも背に腹は帰られない。それに、マーガレットの調査に同行した報酬で、懐も今は余裕がある。なら、余裕があるうちに済ませてしまったほうが良い。
何も装備していないというのは無性に不安で、最低限の護衛用に短剣だけを腰帯に挟み、歩き出す。
向かうのは裏通り。
マーガレットが本の海から情報を、ガイロブスが表の噂を集めるのであれば、ディロックがもとめるべきは裏の話だ。
どんな国であっても、日陰の者たちは居る。そして、陽に当たれない者こそ、もっとも日の光の中を良く見ているものだ。本の国でもそれは変わらないだろう。
最善策は、どうにか裏通りの顔役に会い、何かしらの対価を払って情報だけ貰うこと。だが無論、そう都合よく行くはずも無い。
まずは信用を得なければならない。簡単ではないが、なせば成ると信じ、ディロックは単身、裏通りの奥深くまで入っていった。
やや周囲が薄暗くなるころ、彼はようやく人が近づいてくるのを感じた。
既に日は傾いており、月が顔を見せるようであれば帰ろう、と思って居たところで、ディロックはその気配の方へ振り返った。
すると視線の先、物陰からこちらを見る目。その目の高さから見て子供だろうか、とディロックは思った。それも、かなり幼い方だ。目の高さは、ディロックの膝にも届いていなかった。
そして、ディロックが自分に気付いたのを悟ったのか、物陰すぐにその目を逸らすと、どこか違和感を感じる足音を立てて去って行く。
これほど時間を掛けた以上、完全な無駄骨で終わらせるという訳にも行かず、ディロックは慌ててその後を追いかけた。
足が遅かったため、彼はさほどすぐにその後に追いつく事が出来たが、しかし、すぐに話しかけることが出来なかった。それは、その人物の見目に衝撃を受けたからである。
彼を見て居た少女は、足――膝から先が欠損していた。本来生えているべき下腿は存在せず、不自然なねじくれだけがある。
傷跡を見るに、おそらくは後天的なものなのだろう。手だけで這い、ディロックから逃げようとするその姿に、酷い罪悪感を感じ、ディロックは思わず謝罪の言葉を発そうとした。
「ぁ……すまん、待ってくれ。怖がらせる、つもりは――」
瞬間、背後から強い打撃。
「――ぁっ……?」
倒れながら、慣性のままに彼の体は回転する。チカチカと点滅するゆっくりとした視界には、男の姿が映っていた。
男が手に持った割れた酒瓶、一瞬で何をされたのかは分かった。殴られたのだ。それも、思いっきり。
少女に気をとられ過ぎて気配を察せず、薄暗闇の中で影を見失い、結果として無防備に背中を許した。
なんという無様だろう、と心の中で自嘲を吐きながら、彼の意識は暗闇の中へぶつりと落ちた。
男は割れた酒瓶を捨てると、ディロックの腰から素早く短剣を奪い取る。追い剥ぎという訳ではなく、単純に武装解除の意味がある。それがあるとないとでは、抵抗の度合いが段違いだからだ。
そして、目の前の少女の不安をいち早く取り除きたかったというのも一因だろう。ディロックが原因でひどくおびえていた少女は、男の姿を見て少しだけ安心したようだった。
「おじ、お、おじさん。ご、ごめ……ごめん、なさい」
「……まったく。家から出るときは、おじさんについていってもらいなさいと、前も言ったはずでしょう」
少女を叱る男だったが、男もまた少し、少女の無事を見て安心していたようだった。
なにせ、足の無い少女だ。抵抗力は弱く、まかりまちがって暴漢にでも襲われたら自衛のしようもない。だからこそ気を配って居たのだが、この少女はすこし無防備にすぎるきらいがある。
今度からは、彼女の安全のためにこそ、監視をつけねば成らないと強く決心しつつ、男はディロックを見下げた。
見無い顔だ、と小さく呟く。この新顔が裏通りで何をして居たにせよ、一先ず殴ってしまった以上、穏便に済ますという事は出来まい。
かといって殺すのも違う。裏には裏なりの流儀があるのだ。男は少し考えた後、彼の手を背中で縛り、背中に少女をおぶりながら、ねぐらまで引きずり始めた。
更新が遅くなり、まことにもうしわけありません。
スランプと体調不良が重なり、3週間近い間が開いてしまいましたこと、
深くお詫びすると同時に、同じ事が起こらないように常々努力いたします。
これからも「青空旅行記」をお楽しみいただければ幸いです。




