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青空旅行記  作者: 秋月
二章 本の国ルィノカンド
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四十八話 深刻な不足

「……なるほどな。魔法の品の一種なら、不思議な感覚がしてもおかしくは無い、か」


 店主の説明を受けて、ディロックは小さく頷いた。見る者を引き寄せる品というのは、それこそ世にごまんと散らばっているのだ。そう珍しいものではなかった。


 しかし、どうにも何かが引っかかっていて、彼は首をかしげた。どうにも気に掛かるのだ。


「すまない、よかったらで良いんだが、少し触らせてもらっても?」

「ええ、ええ、構いませんよ。盗むような人には見えませんしね。第一、出所が分かり易すぎて、すぐに盗品と分かりますから」


 ぽんと気軽に渡されたそれを見て、ディロックは少し困惑したが、しかしすぐに気を取り直して本を見た。


 至近距離で見れば、見事なまでに綺麗な本だった。この表紙の皮は一体何の皮なのだろうか? ただの獣皮と言う事はないだろう。そんじょそこらの単なる獣の皮をなめしたのなら、この滑らかな感触はでない。


 軽く捲ってみるが、抵抗やかさつきもない。木皮を加工したという訳でもなさそうだ。かといって、魔法で出来た物かといわれれば、いささかザラザラとしすぎている。


 魔法製の品というのは、意外にも見分けがつきやすい。なぜなら、あまりにも"綺麗すぎる"からだ。


 どれだけ熟練の鉱夫が掘り出して選別し、腕利きの宝石職人がカットしたダイヤモンドでも、専門家が注意してみれば微細な傷や不純物が存在するように、人が作る者には多かれ少なかれ無駄がある。


 だが、魔法にはそれが無い。違和感を感じられる程度には完璧すぎるのだ。見る者が見ればすぐにわかる。ディロックもその手合いの一人だ。


 それはさておき、と彼は改めて本全体を見た。すると、一つ気付いた事があった。


「……店主、少しいいか? 裏表紙に隠し文字かなにか、ある様なんだが……」

「へ? そんなものあったのか……。何て書いてあるか分かります?」


 語学は堪能なほうだ、と短く返して、ディロックは裏表紙を光にすかした。僅かに沈んだその文字は、注意しながら指でなぞると分かる程度のものだ。


 古代言語ではない。どちらかといえば新しいほうの言葉――共通語に近い。少しばかり古い言葉回しだったが、しかし古代言語の時期と比べれば赤ん坊もいいところ。


 傷つけないよう、そっと指を這わせながら、ディロックはその内容を一言一言丁寧に呟いた。


「……古き言葉の前に、汝過ぎ去りし墓を見ん。嗚呼、静かなるかな……水面(みなも)の鏡の向こう側、我深く座すものを見ん」


 謎掛け(リドル)。彼は唸るように呟いた。


 それこそ人族と怪物という区別が曖昧だったといわれる神代の時代まで(さかのぼ)っても、それはあったといわれている。


 原始的で、かつ恐ろしいほどに理知的であり難敵である。力があるだけでは突破できない、難解な問題だ。


 特に、これは魔法が使えようが剣が振れようが関係ない、まったく別の場所の才能が必要になってくる。人並み程度には頭のいいディロックだが、それでも謎掛けに対しては不安が残る。


「へえ、古い謎掛けですか。そんなものが……」


 店主が興味深そうにこぼす。かつて、今よりも魔法が栄えた時代や、剣だけで世界を救った勇者が居た時代。


 それらの旧文明に残されたものは少なくない。目が飛び出るような値打ちの宝。国一つ、変えてしまえるような魔法の品。迷宮以外の場所にある謎掛けは、ほぼ全てがそれらを隠すためのものである。


 夢のある話だ。しかし、それ以上でも、それ以下でもない。ディロックは礼を一つ言ってそれを返すと、何事もなかったかのように本屋を出た。


 余裕があればそのうちに、また考えることにしよう。そんな事を考えながら、ディロックは商店街の方を歩き回る。


 本、本、本。本来は極貴重な調度品、貴重品としての価値しかないはずのソレが、()()()()にそこにあり、当たり前の様に食料品や日用雑貨に混じっている。


 しかしそれ以外がまったくない訳ではなく、歴史ある街ゆえか、魔法の品もまた多く売っている。


 それらは、さすがに一般の品とは比べ物にならないほどに高価だが、大抵がその値段も納得できる効果を備えているものだ。


 呪文を唱えると意のままに動く縄。持っているだけで熱の影響を軽減する宝石。たった一度きりだが魔法を発動できる巻物――そういった類はあるだけで命を救いうる。


 故に、駆け出しから中堅になった冒険者であれば、だいたいは効果に大小はあれど魔法の品を持っている。


 ディロックもまた例外ではない。むしろ、一人旅と言う不便な生き方をしている時点で、魔法の力に頼る機会は多く、彼の背嚢の中身を全てあわせるだけで一財産にはなるだろう。


 しかし、彼は苦々しくそれらの陳列棚(ショーウィンドウ)から目を逸らす。補充したいもの、手に入れたいものは山のようにあったが、それに手を伸ばすわけには行かなかった。


 魔法具の多くは使用者の魔力を使って力を発動させるが、使い捨てのものはその限りではない。例えば投げると中の魔力が暴れ爆発するボールなどだが、それらは全て一度きり、中の魔力を使って発現する。


 もとより魔法をしっかりと学んだわけではなく、それに比例して魔力も乏しい彼は、使い捨てをよく使う。そして、全ての魔道具は例外なく高価だ。


 過酷な世界を旅する中で、そういった魔法の品を使わなければならない事は多かった。しかし路銀との兼ね合いを考えると、あまりにも高価な魔道具をそうほいほいと補充するわけには行かないのだ。


 まして彼は今、日雇いの仕事を請けて宿代を稼がなければならない身。全ての道具は旅のために使う予定である以上、妥協するほか無かった。


 そういえばメイスも壊れたままだったと思うと、ほぼ底を突いた状態の貨幣袋が酷く重いものに感じた。問題に首を突っ込んでいるどころではない。


 明日や明後日の生活はまだしも、このままでは問題がどうなろうとしばらくルィノカンドに居なければならない。


 頭痛の種が減るどころか、次から次へと増えていく。改めてそれを認識すると、外を出歩く気すら段々失せてきたディロックは、落ち込んだ気分のまま宿への道をたどりだした。


 そうして歩きながら、思案にふける。ひとまず、刀や鎧の修理は手入れすることでごまかすにしても、やはり金が無いと話にならない。


 どこかしらでまとまった額が欲しいところだが、そんなうまい話がそうごろごろと転がっているわけではない。


 普通の旅人であれば、そのほとんどが冒険者と兼業だ。行き先への届け物やら、道中の怪物退治やら、仕事は何時の時代も山にあり、旅の中でそれをこなしていく限り金に困るということはほぼ無い。


 だが、ディロックは冒険者ではない。というのも、過去のいざこざが原因ではあるのだが、彼は全ての人族に等しく与えられている"冒険者になる権利"を剥奪されているのだ。


 末端まで情報は行き届いておらず、また指名手配という扱いでこそ無いものの、冒険者互助組合とは何かと折り合いが悪い。


 そういった事情を加味すると、彼が大きな額を稼ぐ手段、それが驚くほど無いのである。日雇いは所詮日雇い、その日を生きるだけの金より少し多いが、それだけだ。旅費とするにはずいぶん乏しい。


 だからこそ、普段は馬車の護衛や旅先の街への配達、簡単な雑用などを広く引き受けているのだが、街を離れられる程の余裕が無いため、そういったことも難しい。先行きは早くも、暗雲が立ち込めていた。

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