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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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三十八話 戦わなければ

「くそ、あれが左手だっていうのか? 手の形なんてしてないじゃないか!」


 ユノーグがまるで愚痴のように吐き捨てる。確かに手の形はしていない。恐らく、元の『黒曜石』の左手をになっていた部分と言うだけであり、本体もまた無数の八面体の集合体だったのだろう。


 完全に元の姿を失った今、自由に編隊を組んで飛ぶほうが効率がいいと考えたのか。ディロックは必死にメイスを振りながら、心の中で冷静に整理していく。


 だとするならば、最初の規律ない奇襲はなんだったのか。その後の死角からの攻撃は。


 全ての得た情報を整理して一度距離をとり、彼は口を開いた。


「ユノーグ、奴の能力が分かったかも知れん。能力とよんでいいのかもわからんが」

「なんだっていい、さっさと言え!」


 苛立ち紛れに鉄鎚が振り回され、編隊をになっていた八面体が砕けた。その反対から来た八面体の群れをディロックが乱打でもって捌き、自然と背中合わせの形になりながらも、彼は口早に言葉を紡いで行く


「聞いたことがある。人間の脳は、失った部分を別の部分で補おうとする性質があると。奴はおそらく学習しているんだ。失った"頭"の代わりに」

「もっと要約して言いな! あたしゃ馬鹿なンだ、よッ!」


 落ちついて言葉を交わす暇も無い。彼もまた夢中でメイスを振り回しながら、もはや叫びといっていい大声で返答する。


「アレは"頭"という司令塔を失った結果、失敗から学びはじめている! 規模の小さい『黒曜石』になろうとしているんだ!」


 ついにメイスが折れた。安物の数打ちゆえにそこまで期待はしていなかったが、今折れるのはやめて欲しい。誰にとも無く恨みの載った唸り声を漏らした。


 ここぞとばかりに飛んできた八面体に向かい、ディロックは八つ当たりのように叫びながら手甲をたたきつける。


 鉄製の篭手は握りこめばただの鈍器であり、充分に効果がある。少なくとも単体で飛んできた八面体の一つや二つ、打ち砕くぐらい容易であった。


 一瞬できた隙になんとか曲刀を引き抜いて、一閃。多少硬い手ごたえを感じながらも、振り向き際に八面体二つ三つを両断して見せると、すぐさまユノーグの死角を守るべく舞い戻った。


 彼女もまた奮戦している。明らかに取り回しが悪そうな鋼鉄の両手鎚をぶんと振り回しては、上手い事編隊の外側を抉るようなコースを取る。そうして編隊に大打撃を与えるからこそ、さっきから狙われているのだろう。


 獲物を手元に引き戻す時も、重さに引っ張られることは無い。リーダーに選ばれるだけの実力が確かに垣間見えていた。


「つまり、どんどん強くなってくってのかい?」

「ようはそういうことだ。だが、こいつらだって無限じゃないはず」


 言いながら、迫った編隊を片っ端から切り裂き、切り抜ける。先ほどからちらほらと編隊を抜けて単独で行動を仕掛けてくるものも出始めており、全方位に気を配っておかなければならない。


 さっきよりも随分と数は減っているはずだ。証拠に、木々の隙間を飛び交っていた、いわばストックされていた八面体はほとんどいなくなっており、今編隊を組んで飛んでいるのがほとんどだろう。


 学習を終える前に、全て砕く。それしかない。


「行けるか?」


 彼は背中越しに、ユノーグへ向かって問い掛けた。


 体力の消耗は中々激しい。さっきからユノーグとディロックの二人は、武器を激しく振り回しながら背中合わせに動き回っている。


 八面体の編隊を真正面から相手するより、少し回りこんで側面から叩く方が効率が良かったからだ。だが、動けば動くほど人は疲弊し、動きが鈍くなっていくものである。


 実際、かなりの技量を持つディロックもそれなりの疲労を抱えており、剣を持つ手には汗が握られている。まだ余裕はあるが、三時間と続かないだろうと思う程度には疲れていた。


 するとその言葉を聞いたユノーグは、ハッと笑い捨てるように声を上げると、挑戦的にディロックへと切り替えした。


「あんたこそどうなんだい?」


 飛来した八面体を切り飛ばしつつ、ディロックもまた答える。


「問題ない。まだ余裕はある」

「じゃあやっちまおうかい」


 彼女は笑って、戦鎚を抱えた手に力を込めた。




 切る、切る、切る、切る。複雑かつ一度も途切れない軌道を描き、銀閃が乱舞する。極度の集中を持って一つの編隊をほとんど切り崩して見せたディロックは、その場で身を低く屈める。


 すると、その上をぶんと鉄槌が通り過ぎた。戦士たるユノーグの膂力をもってして放たれたそれは必殺の一撃と化し、もとより半壊していた八面体の編隊を全滅にまで追い込んだ。


 立ち上がり際に刃を跳ね上げ一閃、彼女目掛けて死角から飛んで来ていた八面体を切り捨て、彼の手から再び銀閃が紡がれる。


 防御を捨てた結果、被弾もそう少なくない。ユノーグは二発ほどを腕に、ディロックは全身いたるところに攻撃を食らっており、先ほどからずっと鈍い痛みがあちこちで断続的に響いている。


 だが、痛みに止まっている暇などない。身を捻り、体を翻し、腕を振るい、どれだけ攻撃を受けても戦う。


 そうしなければ守れないものがあると分かっている。ユノーグも、ディロックも。どれだけ綺麗ごとを吐いても、力が必要な時は来る。たとえ振るいたくなくても、それを振るわなければならない日が。


 両手で剣を握りしめ、ディロックの手が(ひらめ)く。それは目にも留まらぬ斬撃であり、三個の八面体を綺麗に両断してもまだ余る勢いを宿していた。


 踏み込んで更に一撃。下から斜めに切り上げた刃がパガンッと心地よい音を立てながらまたしても八面体を切り裂く。


 豪快に鎚を振り回しながら笑うユノーグは、ぶんぶんと鎚を振りながら一つ、また一つと八面体を砕いていく。ただ構え、振る。実直かつ愚直そのものの一撃は、しかし最強と信じる限り最強の一撃である。


 他にも奮戦している冒険者は居る。二人ほどの奮戦振りを見せこそしないが、それでも地道に一つ一つ潰していく。


 その手際は見事かつ精密なものであり、二人の邪魔をしないよう、また二人の邪魔になる様なものを優先して破壊しているようである。馬鹿にはできない戦力だ。


 そうして必死の戦いは、約二時間続いた末に、ようやく『黒曜石(ヴィジャグラグス)』の左手の攻撃が止んだ。


「……止まった、な」


 全身を襲う気だるさを感じながら、ディロックがぽつりと呟いた。曲刀はしっかりと握り締めたままだが、体力にそう余裕が無いのは明らかだった。汗もかなりかいている。


「終わったのか、ね?」


 ユノーグはそれに、満身創痍の体で何とか呟いた。ディロックよりも怪我が多いのは、彼女が真正面から戦い続けたゆえだろう。


 たとえ彼や他の冒険者の補助があっても、真正面から殴り合えば怪我が多くなるのは必然だ。たとえ一発のダメージが大したものにならなくとも、受け続ければ話は別である。


 他の冒険者も息を荒くしながら立ち上がった。最終的に意識を保ったまま立っていたのは四人ほど。それ以外の者たちはおおよそ気絶したか、動けないか、絶命している。死屍累々と言うべき有様だった。


 魔法薬(ポーション)などの類があれば素早く回復できるものの、高価なそれらを大量に持ち合わせている手合いはそういない。だが、持ち合わせの道具で手当てすれば充分に助かるものも大勢いた。


 この程度の被害で何とかなったというべきか、と思ったところで、ディロックはその考えを撤回することになる。


「……おいおい、冗談だろう」


 思わずといった様子で、誰かが呟く。その視界には、森の奥から向かってくる、進化し変形した"それ"の姿が捉えられていた。

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