三十話 共同防衛戦
魔法の効果が残っているうちにと、ディロックが教会の方へ向かうと、そこではちょうど子供達を避難させているモーリスがいた。
「モーリス!」
「ディロックさん!? ロミリアも! ご無事で!」
ディロックは素早く頷くと、自分とロミリアを結んでいたロープを解く。これから戦いになるとなれば、少女はより危険になる。モーリスも居るのだから、預けてしまうのが最善であった。
そっと地面へと降ろした少女が、モーリスの元へ駆けて行った。モーリスもまたロミリアへ近づくと、ひしと抱きしめた。互いに心配だったのだろう。
そんな様子を見ながら、彼は剣の様子を確かめた。先ほど随分切り裂いたが、炎の霊薬のせいで剣がどうにかなっているという事は無さそうである。継戦は可能だと判断して、ディロックは改めてモーリスの方を向いた。
「モーリス、向こうで戦っているんだろう? 俺もそちらに向かうが、どこか安全な場所はあるのか」
「集会所付近に、地下に作られた緊急用の避難所が。すでに村人のかなりがそちらに避難を始めています」
地下。彼は一瞬目を伏せ、その言葉を吟味する。
地下室は、作る過程でしっかりとした補強をしなければあっさりと崩れてしまう。であれば、強度は信頼していいだろう。
怪物の侵入は難しいだろう。炎の霊薬で出来た怪物たちは、体こそ液体であるが、柔軟な動きができるかといえばそうではない。魔法生物は決められた姿で、命令に従って行動する。
その関係上で、液体として動けるような魔法生物は高い技術が必要となる。よって無いといいきれる訳ではないが、充分に安心していいだろう。
頭の中でそう考えた後、ディロックは小さく頷いた。
「分かった。では、行って来る」
「良き風のご加護を」
風来神信仰の武運を祈る言葉を聞きながら、ディロックは再び走り出した。
剣を引き抜いたまま、彼が群れの正面を受け止めている方へ回ると、そこでは十数人の見知らぬ顔が各々の武器をふるって奮戦していた。
「腕を止めるんじゃないよ! どうにか避難が終わるまで食い止めるんだ!」
最前線に立つのは、ディロックよりも僅かに背が高く、そしてたくましいからだをした女だ。振るうのは身長ほどもあろうかという戦槌で、一振りする度に怪物が一匹吹き飛んで行く。
中には、衝撃だけで核まで破壊された個体も居るようだった。
他の者達も何人かで一匹ずつを押さえ、確実に仕留めて行っている。実力は確かな集団なのだろうという事は見ただけで分かった。
しかし如何せん、手が足りない。怪物は何十と居るのだ。そのうちに疲労で誰かが倒れるのは目に見えており、そうなればおしまいだ。
魔法の効果はまだ彼の体に宿っている。ディロックはその中へと思い切り跳躍し、飛び込み様に一体の体を真っ二つに両断する。腹の下に隠した核もろとも体を左右に両断された怪物は、形を失って液体と化していった。
「ディロックと言う者だ! 手伝いに来た!」
「助かる! 右を抑えな、そろそろ崩れそうだ!」
了解を示す一瞬の間も惜しく、ディロックは前線の右翼側へと駆け出す。ちょうど冒険者のうち一人が盾で突進を受け損ない、今まさに潰されかけているところだった。
オオ、と声を張り上げ、剣を振りかぶりながら、彼は左肩を前に突き出し、怪物に向かって体当たりを掛ける。
こともなげに足を切り払い、そのまま肩と怪物がぶつかる。圧倒的な質量差は、しかし凄まじい速度と膂力の前に敗れ去り、怪物が大きくたたらを踏んだ。そこを、他の者達が武器をふるって追撃し、仕留める。
「大丈夫か」
「あ、ああ……まだ戦える」
潰されそうになっていた男は、二度、三度ほど肩を振るうと、不敵に笑いながらまた盾を構えて見せた。
それを見て安心したディロックは、続けざまに飛び掛ってきた怪物に向かって剣を突き出す。弱点たる核へと向かって正確に突き刺された剣によって、怪物は地面に落ちるよりも早くただの液体となって崩れ落ちる。
まだ何十と居るのだ。一匹でも多く、一匹でも早く倒さなければならない。
突撃してきた一体を受け流して側面に周り、その足を全て一刀のもとに切り崩す。バランスを崩し防御が行えなくなった怪物に無数の刃が突き刺さり、また一つ黒い水へと帰った。
達人。その言葉が似合う一振りであった。
最小限の力を持って、最大限の効果をなす。一刀一刀、紛れ無き必殺の刃。剣の師より受け継ぎ、長らくの間磨き上げてきたその技術こそが、ディロックを強者たらしめる要因の一つだった。
太く歪な前足を大きく振り回しながら、一体の怪物がディロックの前へ躍り出る。だが、闇雲な攻撃など、ディロックに届くわけも無い。
怪物の右前足がぶれ、高速の一撃が飛んだ。しかし、彼の剣はそれよりも早く動き、怪物の足が彼へ触れるより先に、ディロックの曲刀が右前足を切り飛ばす。
続く左前足による殴打を、わずかに身を捩ってかわす。彼の体をかするコースではあったが、それは常日ごろから身に着けている金属鎧が弾いてくれた。
重さというデメリットにさえ目をつむれば、防御力という面において、金属鎧をしのぐ物など無いのだ。
攻撃が過ぎ去った一瞬の隙を見逃さず、ディロックは剣をふるって怪物の足を崩し、つま先で思い切りよく蹴り上げ、ひっくり返した。液体で出来ているせいなのか、膂力と速度の割りに怪物の体重は軽かったこそ出来た芸当である。
立ち上がるよりも先に周囲の冒険者が寄ってたかって殴り掛かり、その核を確実に壊す。その光景を見ることなく、彼は既に別の怪物と向き合っている。
明らかな強者の登場に調子付いた防衛線を、戦槌を振り回す女が更に鼓舞した。
「おらおら、助っ人に頼ってんじゃないよ! あたしら冒険者の意地を見せるんだ! 総員、気ィ張りなッ!」
おおおッ、と声が上がる。先ほどまでにわかに漂っていた絶望の雰囲気はもう無かった。
そして、気合を入れなおした冒険者達による攻撃が開始する。
専念していた防御が手薄になることで、多少の被害は出始めた。が、逆に討伐できた怪物の量は跳ね上がっている。各々の疲弊を含めても、怪物側の数にも最初ほどの圧倒的優位はない。
そこへ、衛兵達の増援も到着した。錬度こそ大したものではないが、単純な攻撃の手が増えた事によって討伐速度は更に上がった
数と勢いばかりだった怪物の群れは、結局完全に日が落ちる前に全ての討伐が完了したのであった。
「斥候より通達がありました、姉さん。残敵確認できずとのことです」
「そうかい。じゃあ、暫定的に討伐は完了とする! ただし、警戒は怠るんじゃないよ!」
戦槌を担いだ女がそういうと、緊張していた空気が一気に弛緩した。警戒は怠るなといわれても、あれだけの激戦を制したのだ。気が抜けるのは致し方ないようにディロックは思った。
彼は適度な警戒を残しながら肩の力を抜き、己の剣を見た。刀身には油にも似た質感のぬるりとした黒い液体がこびりついており、明らかにその切れ味を落としている。
粘りのある液体を無数に切ったのだ。切ったものが切ったものだけに刃こぼれは無いだろうが、この状態ではまともに物は切れない。
冒険者が思い思いに座り込んだ所からは少し離れた場所に適当に陣取ると、ディロックは胡坐をかいて剣を手拭で拭き始めた。
あっと言う間に、手拭へ黒い液体が染みこんで行く。剣をある程度吹き終わる頃には、手拭は真っ黒だった。
常温で気化せず、水に溶けもしないが、危険物ゆえに、扱いは困る。ディロックは少し悩んだ後、適当に焼き払ってしまう事にした。
火打石を二、三回弾いて、火花を捨てた手拭に浴びせた。火気厳禁の薬液を大量にしみこませた手拭はあっという間に燃え尽き、灰だけが残った。
「へえ、あいつらは燃えるのかい。だが、村やら森の近くじゃあ使えない手だねぇ」
不意な声にふと顔を上げると、ディロックのすぐ傍から、戦槌を肩に担いだ女が覗き込んでいた。女は猛禽類を思わせる鋭い眼差しを幾分か和らげると、ニカッと快活な笑顔を浮かべた。
「あたしはユノーグ。あんたのおかげで命拾いしたよ」
そう言って、女はバシバシと彼の肩を叩いた。あまりの力に若干顔をしかめながらも、おう、とディロックは応えた。




