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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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二十九話 村への疾走

 どうする。ディロックは冷や汗を垂らしながら、無言で考え始めた。あの怪物の群れを突っ切るには、いささか数が多すぎる。ロミリアを守りながらで突破できる自信はない。


 逆に言えば彼単体なら突っ切れるという事だが、いくらなんでも少女一人を放り出して行くわけにも行かない。霊薬の怪物に襲われないとも限らないのだ。


 逃げろといっても、歩き詰めで疲れ切った少女の足では、そう遠くまで行けないだろう。置いていく選択肢もない。ディロックの中で考えばかりがぐるぐると回っていたが、それらを断ち切ると、彼はロミリアの方へ向き直った。


 ロミリアは依然として村の方を呆然と見ていたが、ディロックはその肩を強く掴んで自分の方を向かせた。そうしてようやく、少女の目の焦点が合ったのを確認して、彼は強く言い聞かせる


「ロミリア、いいか。これから、あの群れを大きく迂回して村に戻る。此処に残るか、俺と行くか、選べ」


 それは、無謀とも言える決断である。


 なにせ、どれだけ少なく見積もっても、怪物の数は百を優に超しているだろう。正面からでないとは言え、村へ向かうとなればそのうち十数体の相手をするのは免れない。


 まして彼はロミリアを庇いながら行くというのだ。多少なり戦いの心得があるものであればまだしも、ロミリアは只の少女でしかない。故に、その負担は全てディロックへと向くのだ。


 死にに行くとしか思えない所業だ。少女も不安気にディロックを見上げた。


「大丈夫だ。いざという時は逃げる手段もある」


 そこでディロックは一度言葉を切って視線をめぐらせた。周囲に敵影は無い。気配といえるものも感じ無かった。こちらには来ていないのを確認してから、


「出来ないことは言わん。どうする」

「……」


 ディロックがぶっきらぼう気味に言い放つと、少女はしばらく沈黙した。深く考えている様子であった。


 剣の柄に手を当て、彼は周囲の警戒に努めた。急ぐべきであっても、焦るべきではないと、頭の中の冷えた部分が伝えて居たからだ。


 何度もそれで失敗してきたのだ。九年と同じ事を繰り返していれば、流石に学習する。それ以上時間が掛かるのは只の愚か者だけである。


 しばらくすると、ロミリアが顔を上げた。


「行き、ます……! 私、もう、後悔したくないんです!」


 大きく頭を下げたロミリアを見て、ディロックはふと、昔の自分を思い出した。九年以上前の自分だ。剣の師匠に、無理を言って頼み込んだ時のものである。あの時、自分はなんと言っただろうか。


 考えても思い出せず、ディロックはただ、目の前の事を考えた。


 少女は依然頭を下げていたが、彼は顔を上げるよう促して、真剣な顔で頷き返した。


「いい覚悟だ。行こう」


 まずディロックは、中から持てるだけ物を持つと、迷うことなく背嚢(はいのう)を捨てた。獣避けの香を染み込ませてあるとはいえ、大胆な行動ではあった。


 次に持ちだした荷物の中から頑丈な縄を取ると、自分とロミリアをそれで結んで背負った。激しく動く事になる以上、ロミリアを落としてしまっては目も当てられない。縄で結んでおくのが一番であった。


 もっと言えば魔法の縄で結ぶのが一番ではあるのだが、背嚢の中には無い。以前使って、それきりだった。魔法の品はそう安くも無ければ、簡単に売っているものでもない。


 何重かに縛り、ロミリアに縄の痕が付かない様布をかませると、ディロックはいよいよ走り出す準備を始めた。


 起動するのは着けていた魔法の指輪が一つ、左手の人差し指にはめられた、美しい翡翠のはめられたもの。込められた魔法は『俊足(クイックリング)』。読んで字の如く、足が速くなる魔法である。


 ふわりと、淡い(みどり)の光がディロックを包む。奥底から力が湧いてくるような感覚が彼の脳裏に走った。ロミリアを背負っているはずの体が随分軽く感じていた。


「準備は良いか、ロミリア」

「は、はいっ!」


 ロミリアが小さな声で、しかしはっきりと返事をしたのを確認して、彼は姿勢を低く低く構えた。


 そして、踏み込むは一歩、放たれた矢の如く走り出す。


 怪物たちの群れを完全に迂回しようとすると、村の反対側に行かざるを得ない。だがディロックはそんな時間は無いと考え、側面の方へ回って村へ入ろうと思っていた。見る限りでは怪物も居ないように見える。


 迷っている暇も無い。怪物たちの群れの外周をかする様な軌道で、ディロックは掛け抜ける。その速度は、金属鎧を着ているとは到底思えないものであり、ディロックの類稀な膂力、そして瞬発力あってこその速さであった。


 しかし、怪物たちに近すぎたのか、何体かが掛け抜ける二人に気付いて向き直った。一瞬の間をおいて、四体ほどの霊薬の怪物がディロックの進行方向を遮るように出てくる。


 どのような思考で動いているのかは彼には分からなかったが、少なくともその動きに敵意があるのは見て取れた。


「ロミリア、頭を下げろ!」


 鋭く叫びながら、ディロックは『強力(ストレングス)』の魔法を発動させる。更なる力が体中にみなぎるのを感じながら、己の獲物である曲刀へ手を掛ける。切れるか? いや、切る。


 無言のうちに戦いの空気を感じ取ったのか、ロミリアはぐっと身を縮めてディロックへしがみ付いた。


 互いに高速で近づいている以上、接触は早い。大きく前足を振り上げて殴りかからんとした一体目、その足元にディロックはすべり込んだ。


 半ば肩で押し上げるような形で体の下へもぐりこんだ彼は、()いていた曲刀を抜き放ち、その勢いのままに振りぬいた。


 圧倒的な筋力、そして速度が生み出した一閃が怪物の下腹部を大きく切り裂く。本来であれば守られているはずの核すらもその一太刀のもとに切り捨てられ、一体目の怪物はその輪郭を崩し始めた。


 力を失った液体に過ぎないそれの下から、ディロックは素早く抜け出すと、足を緩めることも無く剣を横薙ぎに振り払った。


 その一閃によって、併走すべく振り返ろうとしていた怪物の足が切り払われ、柔らかい液体の足はいともたやすく千切れ跳ぶ。怪物は片側の足の大半を失った事でバランスを崩した。


 三体目はディロックの真正面から、体当たりで止めに来たようだった。愚直な突進は避けやすくも見えるが、その巨体ゆえに、左右に避けるのは容易ではない。それに、下手に動けば四体目から攻撃を受けてしまう。


 だが、彼は体当たりを仕掛けてくる怪物に向かって剣っ先を向け、そのまま突進した。


 肉を切り裂くような音がして、彼の剣が怪物の顔面へと深々と突き刺さる。無論、核が砕かれない限り死なない魔法生物にその程度の攻撃は意味が無い。ただ突き刺さっただけだ。


 しかしディロックは、その剣を手放さず、小さく言葉を紡いだ。それは、魔力を持たない人間には分からない魔法言語、俗に言う呪文であった。


「『魔弾(パワーボール)』」


 瞬間、怪物の体は風船のように巨大に膨れ上がり、そして破裂した。


 まじないを習得する過程で、彼はいくらかの簡単な魔法を使えるようになっている。無論大した事はできないのだが、それでも内部で発動させれば、最下級の攻撃魔法とても絶大な威力をもたらしてくれる。


 粉々に吹き飛んでしまえば、核の位置など関係ない。ちょうど道も開け、ディロックはその先へと再び走り出す。四体目の怪物は、前足が爆発に巻き込まれて大きく抉れていた為、追いかけることが出来ない様子だった。


 四体の魔物を切り抜け、ディロックは一路村へと急いだ。剣は黒々とした液体をまとって、怪しげに光を反射していた。

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