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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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二十三話 今出来ること

 どうにか了承を得る事に成功したディロックは、ようやくほうと一息ついた。


 なにせ、彼は来て数日の余所者に過ぎないのだ。いくらモーリスの支持があったとしても、彼女一人の力は大して強くないはずだと思っていた。


 たった一人の支持で調査隊に入れてもらえるほどの信頼が得られるかどうかが鬼門であったのだが、それは杞憂であったようである。


 ちら、と視線を送れば、どこか飄々(ひょうひょう)とした様子で椅子に座っているグラムが居る。重役の一人である事はモーリスから聞かされて知っていたものの、まさか支持してくれるとは思っていなかったのである。


 グラムとて、立場は村長と大差ない。村を預かる責任があり、流浪の身であるディロックを警戒するべき立場にいるはずである。


 だが、実際は彼のことを調査隊に入れる後押しをしてくれた。ディロックにはグラムの内心を読むことが出来ず、疑念を抱いていた。


 すると、隣に座っていたモーリスが、彼に耳打ちして教えた。


「なんだかんだ、怪物を倒してくれたディロックさんに感謝していらっしゃるんです。口には出されませんが」


 くすりと微笑んだ彼女の言葉に、なるほど、とディロックは小さく頷いた。自分よりは付き合いの長いであろう彼女の方が、気心は知れているだろう。そう考えたところで、彼は村長に名を呼ばれて向き直った。


 先ほど再び――おそらくはディロックの飛び入りを伝えるため――連絡しに席を立った組合員のトニカも、いつの間にか戻ってきていた。


「枠は開けられるそうだ。ただ……」

「ディロックさんの実力が問題です」


 村長の言葉をトニカが引き継いだ。顔をそちらに向けながら、ディロックは軽く手を組んだ


「万が一にも足手まといを連れて行くわけには行かない、との事です」

「当然だな」


 彼は大きく頷き、同意を示す。


 というより、来ない訳は無いだろうと思っていた話でもある。誰も、命の危険がある場所に、邪魔となる者は連れて行きたくないだろう。


 ディロックとてそれは同じであり、自分が反対の立場であればそう言うだろうと考えていたのだ。


「それで、俺はどうしたらいい?」

「三日後、調査隊について来る組合員に審査してもらってください。私がこの場で判断するわけにも行きませんので……」


 分かった、と言って、ディロックは席を立った。モーリスもそれを見て、追従するようにゆっくりと立ち上がった。


 話は終わった。彼が伝えたかった事は全て伝えたつもりであったし、話も通した。そもそも重役会議へ割り込んで話をしていたのだから、あまり長居して会議を長引かせるのも良くない。


 彼は集まった重役三人に小さく頭を下げると、そのまま会議室を出て行った。


 扉越しに小さく聞こえてくる話声を聞きながら、ディロックは少し考えた。三日後までに何かしておく事は無いだろうか。


 今、ディロックが気になる事と言えば、封じられている混沌の軍勢についてと、封印の状態。そして、遺跡にあった石碑の解読である。


 しかし混沌の軍勢についての情報は、おそらくディロックでは満足に集められないだろう。満足に文献もないであろうし、あってせいぜい、モーリスが持っているかという程度だ。


 それに、断片的な文章から情報を洗い出すのは、彼の苦手分野である。なら、調査隊や有志に任せるのが良いだろう。何事も適材適所だ、とディロックは言い訳がましく思った。


 次に封印の状態であるが、これも少々調べ辛い。なにせ、かなりの時間を費やしてしまう。それにあの暗闇の中で出来る事は多くない。準備も必要だ。


 完全に無駄ではないし、出来ないわけでもないが、あまりにも非効率的に過ぎる。


 ――石碑か。ディロックは次の行動を決めかねたまま、モーリスと並んで教会へと歩く。


 滅多にないはずの、古代グディラ語が記された石碑。まさか、ただの歴史が記されただけの物ではないだろう。


 古グディラ王の時代で、人以外に知ることのなかった文字を、石碑に刻む。霊獣との交わりを重んじた時代において異端たるそれは、つまり、後世へと確実に伝えたい情報があったという事に他ならない。


 時間は少しばかり掛かってしまうかもしれない。しかし、確実に無駄にはならないだろう。


 今やるべき事かはさておき、調査隊が来るまでの三日間、何もしないで居る訳にも行かない。ディロックは一先ず遺跡へと再び赴くことを決めた。




 教会へ戻ると、ディロックは真っ先に荷物を取りに行った。咄嗟に使える戦闘用の魔法の品や、危険物、そして武器やら鎧やらの類を全て持ち、旅具もまた全て背嚢へ取り付けて持ち出す。


 待つことになる三日間、最低でも二日かは居座るつもりだった。となると、野営の用意をしないわけにはいかない。


 まさか出て行くのかと何度も問い掛けて来るニコラに、少し用事があると説明するのにいくらかの時間を費やしながら、ディロックは準備を終えた。


 鎧も全て身に付け、物々しい姿と化したディロックは、ふと思い立ってロミリアを探した。


 今はモーリスに言われて、薬草刈りには出ていないはず。孤児院から離れられないのならそう遠い位置に居るはずも無く、彼はすぐに、教会の裏手、森の入り口が見える場所でぼんやりと座っている少女の姿を見つけた。


 ロミリア、と小さく呼びかけると、彼女はハッとしたように振り返って、ディロックの姿を視界に捉えた。


 明らかにただ事ではない格好に、少女は一瞬硬直する。そんな様子を見て少し目をつむった彼は、しかし構わずに彼女のもとへ近づいた。


 二歩分ほど離れた位置まで来ると、彼は膝をついてロミリアの目を見た。子供らしく、純粋な――そして、どこかに深い闇を抱えた――目がディロックを静かに見つめ返していた。


「ロミリア。……今から、石碑の所へ行こうと思っている」

「え……? でも、あの、お姉ちゃんが……今は危険、だと……」


 途切れ途切れな戸惑いの言葉に、彼は小さく頷くと、威圧感を与えないようゆっくりと立ち上がった。


 そうして森の方を注意深く見つめながら、少女に向かって言葉を続ける。


「ああ、危険だ。だから、付いて来るというのなら、モーリスの許可を取ってくることが条件だ。分かったか?」


 ディロックの言葉が理解できなかったかのように、ロミリアは十数秒の間呆然とした表情で彼の顔を見つめていた。が、意味を理解した瞬間に、その目を輝かせながらすぐさま立ち上がった。


 ロミリアは気持ちが空回りしたのか、何度も無意味に口を開閉させながら、しかしそれでも言葉を紡いだ。


「は……はい! い、今、伝えてきますっ!」


 そして言うが早いか、彼女は教会の入り口へ向かって走り出した。それは今にもこけてしまわないか心配になるほどの慌て様で、彼は心なしか、眉の下がった顔で少女の後ろ姿を見送った。


 森は危険だ。モーリスがどう判断するかは分からない。ただ、どちらにせよ、ロミリアには伝えておくべきだと彼は考えていた。


 なにせ、あれだけ行きたがっていたのだ。少し話しただけで、感情があまり顔に出ないと分かるロミリアが、行けないと知った途端に残念そうな、悲しい顔をしたのだ。


 どれほど残念だったのかは分からないが、ともかく並大抵の"気になる"ではないのだろう。


 置いて行かれたと知れば、また残念そうな顔をするだろう。結果がどうであれ、いくら安全に配慮したという言い訳があっても、少女の期待を裏切るのは嫌だったのである。


 彼は言い知れぬ気持ちになったが、まあ構わないか、と考えた。たまには気まぐれも構わないだろう、と。


 荷物を背負って戻ってきたロミリアが、慌てすぎて今度こそ転んだのを助けてから、ディロックは少女と二人で森へと入っていった。

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