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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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二十二話 重役会議

 会議室の中へモーリスとディロックが入ると、中には既に何人かの人間が集まっていた。


 一人は、ディロックも一度見た事がある。怪物に襲撃された後、若い衆を引き連れてきたグラムという男だ。軽く会釈すると、グラムも小さく手を振り替えした。


 もう二人は知らない顔で、一人は初老の男、もう一人はやや年若い女だった。女は、胸元に銀色に光を反射するバッジを身に付けているのが見えた。


「モーリス、その人が?」

「ええ。怪物を倒してくれた方です」


 年若い女の問いかけに、モーリスがゆったりと答える。どこか誇らしげにも聞こえる口調を少し照れくさく感じながら、紹介に(あずか)ったディロックは、軽く頭を下げて改めて自己紹介する。


「旅人のディロックだ。よろしく頼む」


 簡略的な、悪く言えば雑な挨拶に、三人は鷹揚に頷いた。


 もとから、そこまで詳細なものは求めて居ないだろう。最低限、その者が何者かわかりさえすれば問題はないのだ。


 それに、どれだけの時間が残っているのかも分からない。準備に時間を掛けたい以上、どんな僅かな時間でも削っておきたかった。


 ディロックとモーリスが席に着くと、さっそく年老いた男の方が口を開いた。男は農作業で鍛えられたであろう筋肉と、良く日焼けした健康的な肌を持っていた。


 おそらくは村長なのだろう。一人はグラム、一人は胸のバッジから推察するに、冒険者互助組合の者。となれば、残る一人の重役となれば、選択肢は一つしかなかった。


「それで、最低限の話はモーリスから聞いたがね。君の口から直接話が聞きたい。頼めるかね?」


 その言葉を聞き、ディロックはちら、とモーリスの方を見た。昨日の夜に出かけたのは彼も知っていたが、話を通しておくとだけ聞いていたため、少しばかり驚きだった。


 目を向けられた彼女は、少し首を傾げ、そうしてからにこりと微笑んだ。まぁいいか、と思い直し、彼もまた正面を向き直る。


「ああ。怪物の事は聞いただろうから、それからの事を手短に話そう」


 ディロックはそれから、モーリスに話したことをいくらか掻い摘んで話した。森に発生した魔法的な暗闇の事、混沌に対し掛けられた封印の事、そしてそれが緩んでいるという(むね)をだ。


 一刻の猶予もない、という訳ではないが、とり急ぐべき案件なのは分かっていた。村長と冒険者互助組合の女は、揃って眉を(ひそ)めた。


「にわかには、信じがたい話だが……」


 それこそ、良く出来た作り話と流せる話ではある。だが、井戸端(いどばた)ならまだしも、いくらなんでも一つの村の重役会議にまで出て、絵空事を話す馬鹿者はそういない。


 しかし、彼には今、確固たる信用がない。あるのはモーリスからの信頼だけだ。だから、信じてもらえるかどうかは、村長の心行き次第なのである。


 彼は村長をじっと見つめた。金の瞳が村長の視線とかち合い、しばしそのまま制止する。


 老人は参った様に目を逸らすと、ふうむ、と唸った。村を治める地位に居る者として、軽率な判断は出来ないのだろう。ディロックは視線を外して、無言のままジッと待っていた。


「いきなりな話だ。証拠もない以上、全面的には信じられない」


 だが、と言葉を切り、老人は再び顔を上げた。


「だが、考慮すべき情報だ。もし本当に混沌の封印が解けかけているのなら、今想定している戦力では到底太刀打ちできない」


 それは深刻な表情だった。深いしわの刻まれた顔に、より一層のしわを宿して放たれた言葉だ。


 混沌というのは、それほどに圧倒的な戦力なのだ。一度呼ばれれば大小関係なく数多の国を滅ぼし、英雄を死に至らしめ、そして文明を破壊しうる。


 一度、たった一度だけ起こった"大侵攻"と呼ばれる事件では、事実一度世界が崩壊しかけたのだ。


 当時に残されていた英雄を掻き集めた決死の作戦によって、今日まで世界は続いているが、壊滅的なまでの打撃を受けたのは、今も残る文献から明らかだった。


 大なり小なり国を滅ぼせる軍勢だ。とても一つの村の衛視やら、他の村からとはいえ、下手な冒険者やらでは対抗できないだろう。ディロックも同じ事を思った。


「差し出がましいかもしれませんが、私もそう思います。向こうの組合に掛け合っておきましょうか?」

「頼めるか? 金は、多少かかっても良い」


 女の言葉に鷹揚に頷くと、女は立ち上がって小さく頭を下げ、会議室を小走りに出て行った。


 組合に掛け合いに行ったのだろう。ああいった冒険者互助組合には魔法の伝達網がくまれており、有事の際はすぐさま近隣で連絡を取り合う事が出来るようになっているのである。


 ディロックは部屋を出て行く女をちらと見送ってから、また村長のほうへ視線を戻す。村長もそれに気付いて、はたと彼に目を向けた。


「まだ、何か?」


 すこし不安気に問い掛ける村長に対して、彼はああと小さく返事をしてから続けた。


「森に送る調査隊に、俺も加えてもらう事はできないだろうか?」

「調査隊に?」


 ディロックの言葉を副賞しながら、村長が目を剥く。


 無理もない。信頼しきれないものを大事な隊に入れることが不安なのは、彼も重々承知していた。


 旅人といえば冒険者に似た者達だと思われがちであるが、実際は違う。


 冒険者とは、即ち冒険者互助組合に身をおく者達を指す言葉だ。戦えるもの、戦えないものは様々であるが、すくなくとも依頼を受けてくる者達は信頼に値する者達ばかりである。


 しかし旅人ともなれば、多くは無頼漢だ。何らかの目的の為旅をし、路銀稼ぎに依頼を受ける。中には名が知れ信頼を得た者達も居るが、ディロックはその手合いではない。


 旅人は確かに依頼を受ける。戦いもする。だが、所属以外に、冒険者とは決定的に比べ物にならないものが一つだけ存在するのだ。


 無論、依頼を達成できるかどうかという"信用性"である。


 流浪にて無名。戦いの手腕もどうか分からないものに任せるのは不安なもので、旅人に依頼を託すというのはよっぽど切羽詰っている時か、あるいは猫の手も借りたい状況なのである。


「少し、難しい。我々が信じきれないのもあるし、そもそも、冒険者でないものを派遣されてきた冒険者達が受け入れるかどうか……」

「いや、村長。俺はそれに賛成だぜ?」


 不意なところから飛んできた援護射撃に、ディロックも村長も少しばかり驚きながら目を向けた。


 そこには、先ほどまで全くの無言を貫いていた男、若い衆のまとめ役たるグラムが居た。


「なにせ、怪物の姿を見たのはそいつと、ニコラの嬢ちゃんしかいねえ」


 ちら、とグラムがディロックの方に目だけを向けた。きょとんとした彼を見て

、グラムはその無骨な顔を緩ませてほんの小さく笑った。


「冒険者達だって、得体の知れない奴と戦うよか、何かしら分かってた方が良いだろ? そっちから説得できないか?」

「しかしだな……」


 大分納得してきてはいるものの、村長の顔は渋い。


 万が一参加できないのなら、他の手だても無いわけではない。無理をしてまで入れてもらう必要はないのだが、と彼が口に出そうとしたところで、凛とした声が割り込んだ。モーリスだ。


「私からもお願いします、村長。彼は信頼できる人です」


 二人からの支持に、村長の唸り声が大きくなった。より強く葛藤しているのだろう。


 見ず知らずの旅人を大事な調査団に入れるのか。はたまた重役一人と、聖職者一人の意見と信頼を尊重するのか。


 しばらく唸り続けた村長は、しかし諦めたような顔になって、戻ってきた組合の女に向かってこう言った。


「トニカ、調査団の枠に、旅人一人ねじ込むことは出来るか?」

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