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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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二十一話 昔話

「ご存知だとは思いますが、ロミリアは人見知りなのです」


 モーリスが静かな声で語り出す。昔の話なのか、目はどこか遠くを見つめているようでもあった。彼は肯定を示すため、小さく頷いた。


 彼もそれには気付いていた。ロミリアは、何か言おうとする時、ためらうような間がある。話して良いのか、と考える時間があるのだ。臆病からくるためらいである。


「でもあの子は……ロミリアは、元気な子だったんです。よく話すし、笑う子でした」


 でも、と彼女は続けた。


「昔……私達の住んでいた村が大火事に見舞われたんです。その時に両親を亡くして、それ以来……」


 話が途切れ、彼女は頭を横に振った。おそらく、モーリスとしても思い出すのは辛いことなのだろう。涙こそ見えないが、肩が震えているのは分かった。


 話すのが辛いなら、止めるべきかと一瞬迷ったものの、ディロックは結局沈黙を保ったままだった。


 辛かった事を話すのは、何時だろうと大変なものだ。当時の思いや考えも自然と浮かび、苦しさが胸を(さいな)む。それは、ディロックにも痛いほどよく分かった。


 だからこそ、止めるべきではないと思ったのだ。語るには覚悟がいる。止めれば、その覚悟を踏みにじることになってしまう。


 ゆえに、彼はじっと待った。モーリスが再び話し出すまで、何も言わず、ただずっと待っていた。


「あの火事で生き残ったのは、私と、ロミリア、そしてエルトランドだけでした」


 それはきっと、とんでもない大火事だったのだろう。


 何もかもを飲み込む炎に包まれた村と、家と、親しかった人たちを見るのが、どんな気持ちだったか。彼には想像も付かなかった。ただ、身を引き裂かれるような、悲しい記憶なのに違いないのは、ぼんやりと分かった。


「……あの大火事以来、ロミリアは肉親の私としかまともに話さなくなりました。それも二、三言くらいで、まるで何か怖がってるみたいに声を出したがらないんです」


 どうしたら良いのか、分からなくて。モーリスはそう呟くと、ほとほと困り果てたように、小さく俯いた。


 幼い頃に肉親を失うのは、辛い事だ。寿命ならまだしも、突然の死だ。簡単に受け入れられる筈もない。


 天井を見上げると、随分と傾いた日が窓から入ってきて、橙色が部屋中を照らしていた。もうじき夜が来るのだろう。


「だから、ディロックさん。ロミリアが、あなたの事を楽しそうに話した時、とても驚いたんです。それに、嬉しかった」


 あるいはそれは、偶然なのかもしれない。たまたま、そういう気分になれた日にあったのが、ディロックだっただけなのかもしれない。


 しかし、彼とロミリアは、あの日確かに名前を知り、言葉を交わしたし、笑い合い、一緒に昼食も食べた。


 深く心に傷を負って、人とのかかわりを出来うる限り絶つことで自らを守ってきたであろう少女が、そこまで気を許していて、偶然と言い切るには――いささか、都合が良すぎる。


 ふぅ、と溜息を吐くと、ディロックは次に自分が吐くべき言葉を考えた。どうにも、適当な返事だけで済ます気にはなれなかった。


「……随分(ずいぶん)、世話になっている。出来る事は、するつもりだ」


 結局、練りに練って出たのは、その程度の言葉だけだった。


 それは彼に、責任の取れないことを言うつもりがないからだ。決して、自分ならどうにかできる、などと言う気はなかった。


 ディロックはしょせん、救える範囲いっぱいまで手を伸ばすのが精々の、たった一人の旅人だ。ちっぽけな手のひら一つで、出来る事は限られているのを、彼は重々承知していた。


 だから彼は言うのだ。"やれるだけはやる"と。


 しかしそれは、裏返せば、彼なりだが、最上級の返事であった。それが分かっているのか、いないのか、モーリスは薄く微笑んで席を立った。


「私は今から、村の重役の一人に話を通しに参ります。すぐ戻ってくるとは思いますが、子供達をよろしくお願いします」


 任せろ、と頷いたディロックに、彼女は一度礼をして、司祭室を出て行った。軽い足跡が、ゆっくりと外へ向かって遠ざかる。


 さて、と椅子から立ち上がったディロックは、首を軽く鳴らしながら、彼女とは反対方向――すなわち、寝室の方へと向かって歩き出した。


 今日はどんな話をしてやろう。物知りな妖鬼(ゴブリン)と知り合った話でもしてみようか。それとも、魔法の力を持った猫の話が良いか?


 そんな事をいくらか思い浮かべながら、彼は少しだけ笑った。




 翌日、ディロックは重役の会議とやらに顔を出すべく、昼頃にモーリスに連れられて外へ出た。


 ほぼ真上から照らす日の光が、森の青葉をちらちらと煌めかせている。いくらかの人が道を行き来する中、冒険者らしき姿も時折見えた。


 剣やら杖やらを背負い、仲間たちと笑い合いながらいずこかへと向かっていく彼らの背を、ディロックは何気なしにぼんやりと見送り、ふと前を歩くモーリスの背に問い掛けた。


「ここいらの冒険者は多いのか?」


 ピンと綺麗に延びた背筋の後ろ姿がわずかに振り返って、返答が帰ってくる。


「ええ。とは言っても、エーファ村は新人さんが多いので、調査隊には他の場所の冒険者を呼ぶと思いますが」

「そうか」


 彼が小さくうなずくと、モーリスはまた前へ向き直って歩き出す。


 ――他所(よそ)から呼ぶのなら、そう心配することもないか。


 目を細めたディロックは心の中で独り言を呟くと、ふうと息を吐いた。


 彼自身も似た様な立場ではあるものの、冒険者とは著しく不安定な職である。倒すべき怪物が居なければ稼ぎは減るし、調べるべき何かがなければ食っていけない。


 そんな職についている食いっぱぐれの集まり、冒険者と呼ばれる者たちの実力に、一定のラインと言う物は存在しない。


 最低限武器が振り回せるのであれば、成人したての子供であろうと、棺桶に片足を突っ込んだ老人であろうと冒険者と呼ばれるのだ。


 地元にて志願という形をとるのであれば、あるいはそういった者達が来る可能性も捨て切れなかったが、ほかの村から冒険者を呼んでくるのなら話は別になる。


 それは、"志願"が個人の裁量で受けられるのに対し、"依頼"や"派遣"は必ず冒険者互助組合(ギルド)という組織が仲介となって行われるからだ。


 彼らの仕事は、そういった実力の伴っていない冒険者が分不相応な案件に手を出そうとするのを防ぎ、信用できる者を送り出す事にある。


 つまるところ、互助組合から派遣される者達に()()()はいないという事になる。ディロックも互助組合については信じることが出来ると考えていた。


 そう考えていると、不意に彼の前を歩いていた足音が止まった。なにかと思って顔を上げると、他の家より一回り大きい、集会所の役割を果たしているであろう建物にたどり着いていた。


 考え事をしているうち、結構な距離を歩いていたらしい。軽く頭を掻いた彼を、モーリスが手招きしていた。


「どうかしましたか?」

「ああいや、少し考え事をしていた」


 ディロックは、知らない内に気が抜けていることを自覚して、頭を左右に何度か振った。そうして頭に掛かった薄靄を振り払うと、モーリスと並んで集会所の中へと入っていった。

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