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青空旅行記  作者: 秋月
一章 埋骨の森
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十五話 触手の怪物戦

 ディロックは、すぐさま斧を投げ打った。ひょうと風を裂いて飛んだ斧が、狙い(あやま)たず化け物の胴体へ命中して触手を何本か切り離し、どす黒い油の様な血を吹き出させた。


 怪物はその場で停止し、大きく体を震わせると、すぐにディロックを真正面に見据える。痛みは感じていないようである。真紫の眼球は、確実に彼を敵として捉えていた。


 それを示すように、怪物はゆっくりと身を低くし、前足を撓ませるようにして縮めて行く。それはあたかも、一種の蜘蛛が、獲物を捕らえる為に飛ぶ直前のようであった。


 ディロックはすぐさまニコラを抱えると、やや前傾姿勢になって走り出した。胴鎧を着ていないとはいえ、鎖下(チェインメイル)は着ている。それも充分な重さだが、ディロックの走りはそれを感じさせない速さである。


 怪物もそれを追う為、撓ませた足をいっきに弾ませて、その巨体を空中へと躍らせた。凄まじい高速の飛翔により、彼の背に届きかけた手は、しかし寸でのところで宙を切った。


 勢いのままに地面に叩き付けられた化け物だったが、すぐに体勢を立て直した。自分の身に降りかかった衝撃を、表面の触手が蠢いて受け流す事で、大したダメージも無く受け流したのである。


 ディロックはそれを見て、厄介な物と出会ったことを再度確認しながら、曲刀に手を掛けながら、ニコラをそっと地面へと降ろして語りかけた。


「ニコラ、逃げろ」


 端的に言ってしまえば、少女は足手まといだった。ディロックには、身を守る術を持たないニコラを、守りながら戦うのは困難である。


 それに、自分の剣がニコラに当たらないとも限らない。戦闘の近くに居る限り、怪我を負う可能性はいくらでもある。それを彼は懸念していたのだ。


「でも、おじさん……」

「ニコラ。モーリスとか、とりあえず大人を連れてこい。こいつは、俺がどうにかしておく」


 不安気に声を漏らした少女だったが、ディロックはそれを静かな声で遮った。


 今、自分の近くに居ることほど、危険な事は無い。既に戦闘は始まっているのだ。ディロックに、余裕など何処にもありはしないのだ。早く行け、と再び声を漏らした彼に、少女は今度こそ大きく頷いて、近くの曲がり角へ消えていった。


 ディロックは怪物を視界へと収めると、今再び、曲刀を引き抜いた。シャラリと音を立てながら抜刀されたそれは、鈍い鉛色の刃を帯び、昼前の光を反射してキラリと輝いた。


 それを視界に納めながら、怪物は一も二も無く彼に向かって飛び掛かる。およそ四メートルほども開いていた距離を、たった一度の跳躍で一瞬の内に詰めてきた。その紫色の眼球は、無感動にディロックを捉えていた。


 常人なら回避を考える前に直撃を受けているであろうその一撃を、ディロックはただ見据え、ユラリと――そして、鋭く動き出した。


 何かに弾かれたような不可思議な加速で、彼は前方へと低く跳躍する。地面ギリギリを滑空するようにしながら、空中で体を捻り、半回転。


 彼が手に構えた刃は、体が回転するのにあわせて動き、碌に見ても居ない怪物の側面を切り裂いて見せた。


 恐ろしく早い反射速度で、怪物はディロックを蹴り飛ばさんと足を振り回すように動くが、もはやそこにディロックは居ない。()()だ。


 着地する一瞬前に地面を蹴り、既に跳躍していたのである。その機敏さは怪物に勝るとも劣らない。否、小回りが利くという点で、ディロックの方が遥かに優れた物を持っていた。


 彼の姿を見失った怪物へ目掛け、彼は曲刀を右肩より引いた。まるで弓を引き絞るような体勢から、曲刀による刺突が繰り出された。風を切る音すら立たない一撃が、確かに怪物の体に突き刺さる。


 怪物の背へと着地し、更なる一撃を叩き込もうとしたディロックだったが、怪物はそれ見咎めるようにして体を大きく振り回し、彼を背から叩き落した。


 咄嗟に受身を取り、地面に叩き付けられることだけは避けた彼は、休んでいる暇もなく飛びのいた。瞬間、怪物の足が彼の居た場所へ叩き付けられる。


 当たれば一撃死かといわれれば、そうではないのだろう。繰り出された攻撃の重さから、彼はそう判断する。しかし、だからと言って受けたくは無い。怪我は無いに越した事はないのだから。


 触手の怪物はディロックを無感情な瞳で見据えながら、しきりに右に左に動いている。それも、受けた傷から血らしき何かを撒き散らしながらだ。


 ――あるいは、魔法生物の類か。彼は目を細めた。


 痛みを感じない生物はいない、といわれている。痛覚は生物由来の危険信号であり、無ければ怪我をしたことも判断できないからだ。


 しかし、魔法生物は違う。魔法人形(ゴーレム)を代表とした作り出された生命の多くは、痛覚を持っていない。何故なら、術者の忠実な僕であり、それ以外に存在価値を求められていないからだ。


 怪我を負って怯むような魔法生物は居ない。初めから、戦闘用の捨て駒として使われる事が多いのである。


 痛みを感じないが故に、外からの刺激にすぐさま反応して行動できる。なるほど、厄介な性質である。だが、それだけだ。


 世界を旅し、戦ってきたディロックには、無数の戦闘経験がある。さすがに竜と戦った事はないが、痛みを感じない敵を何体も打ち倒して来ているのだ。たかだか魔法生物、なにするものか。

ディロックは既に、倒す算段を考えていた。


 魔法生物の多くは、核となる物体――主に宝石など――を中心として、素材とした物質で囲まれている場合が多い。つまるところ、胴体か頭部付近に弱点が存在しているのが基本ということだ。


 そうした器官は、どうしても内側に収められず、多少なりとも露出させる必要がある。ディロックの記憶している限りでは、廃熱や、魔法生物を動かしている魔法の維持に必要なのだという。


 魔法生物は、例外なく核を失えば死ぬ。その核たる何かを見つけ出し、破壊するか抜き取れば良い。


 先ほど見た限り、背中にそれらしき物は見えなかった。頭部も同じくだ。となれば腹部にあると見て良いだろう。


 腹部狙いという判断を下し、すぐさまその用意に取り掛かった。幸い、彼にはその方法もあった。器用に振り回される前足二本を軽やかに潜り抜けて、後ろへと飛びのく。


 空中で彼が念じると、右手の中指にはめられた銀の指輪が淡く光を放ち始めた。それは日光の反射などではない。明らかな人工の、つまり魔力の光だ。魔法の指輪がその効能を露としたのだ。


 その指輪に込められた力は『強力(ストレングス)』。単純ながらも効果絶大な、筋力上昇の魔法だ。彼の持つ膂力を更に引き上げ、その力を戦鬼(オーガ)に匹敵するものへと昇華させる。


 無論、一時的なものに過ぎない。だが二、三撃叩き込むだけなら充分であった。


 跳び下がって距離の開いたディロック目掛けて、怪物は素早く飛び掛った。その速さは尋常な物ではなく、まるで矢のような加速と共に彼へ向かって飛来する。


 だが、これ幸いといわんばかりに、ディロックは左手を曲刀から離してギリ、と握りこむ。そして、その圧倒的な膂力を内に秘めたまま、一歩大きく踏み出した。


 跳躍した怪物が彼の体へと触れるより一瞬先に、彼の拳が怪物の顎下に命中した。魔法をもってして強化された彼の腕力が解き放たれ、唸る風をも道連れに、怪物の顎を強引にたたき上げ、衝撃のあまり体が大きく地面から離れる。


 その触手蠢く腹部に、キラリと輝く何かが見えた。無論、それを見逃すようなディロックでもない。彼は振り切った左手をすぐさま引き戻し、その核目掛けて再び飛び上がった。


 空に浮かされ、抵抗できない状態の腹部へ向けて、鉄槌と化したディロックの左拳が叩き込まれる。それに耐えられるはずも無く、化け物の核はなす術もなく砕け散った。

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