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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百三十六話 竜狩り要塞

「本当にやるのかね……」


 呆れたように言って、マーガレットは帽子を整えた。


 場所は残骸都市。かつて人もなく静まり返っていたこの場所は、しかし今、かなりやかましいことになっていた。


 何故なら、ここには大勢のからくり職人やら、ドワーフやらがひしめいて、その地をある種の要塞のようにしつつあったのだ。その中には、ロイエルの家の職人たちも居る。


「なんだか現実味がありませんね……」

「だが、竜相手に大群の戦士は邪魔なだけだからな。俺が討伐に参加したときもこの方法だった」


 茫然と作業を続けているロイエルの呟きに、ディロックが答えた。上手く行くかは分からんが、と付け加える。


 何をしているのかと言えば、対竜戦線の構築である。バリスタ、投石器、結界、防火盾、中には鯨漁のための銛発射機(ハープーン)を作っているものさえいる。これで、竜を袋叩きにしようと言うのである。


 からくり職人を巻き込むのはそこまで手間でもなかった。多くの国民は錯乱して国を抜け出したり、あちこち逃げ回ったり、あるいは夜逃げのための準備をしている。


 町を出ていく馬車は多く、衛兵たちも外へ行く者たちの管理など追いつかない。からくり職人の一家がいくらか消えたところで、今更流出を止められなかった。そのうちの五、六家が、この作戦に参加している。人手は過剰なほどだった。


「おうい、こっちの資材はどこのじゃ!?」

「それはバリスタの矢柄だろうよ! いくつあっても足りないから運べ運べ!」

「砂岩の塊をぶつけても竜に通用するのでしょうか?」

「知らん、知らん。だが竜とて鱗の下に皮があり、皮の下に肉がある。その下にゃ内蔵だ。打撃のダメージがゼロじゃあるまいて」

「おおい、建材が足りんぞぉ」

「そこらの建物でも切りくずせ! ぶっ壊すのは得意じゃろが!」

「なんだとてめえ!」


 やかましい。非常にやかましい。マーガレットが顔をしかめて仲裁しても、数分後にはまた喧嘩が始まっている。いわく、ドワーフとはけんかっ早い種族であるという。多くの職人を持ちながらも、それぞれが違う技術、思想を抱えているうえ、腕も良いのだから始末に負えない。


 あれは違うだろう、これはこうすべきだ、なんだと貴様、喧々諤々。血の薄まった子孫であれど、あるいは直系でも、大変やかましいことに変わりはない。だが、凄まじい速度で簡易要塞が出来上がっていくのはまさに圧巻といった光景だった。

 

 いや、これに要塞という言葉は、もはや不適当なのではないか、とディロックは思った。これはまるっきり竜を殺すための鎧でありながら武器。いわば、砂岩とからくり仕掛けでできた戦士と言ったところか。


 そんなことを考えていると、ふと、黒い布が視界の端で揺れた。マーガレットだ。彼女はどことなく不服そうに、足元の砂を蹴って散らしている。


「まったく、無茶なことを考えたものだよ、君は。相手は古代のドラゴンなのだぞ? ここで旅も終わりかもしれんな」

「別に、逃げてくれてもいいが……恩はもう十分返してくれたしな」

「馬鹿を言え、神代の竜だぞ。そんな面白い物、捨て置けるものか!」


 ――たとえ死すとも、退屈はせんだろうよ。マーガレットはそう言って鮫のように笑う。そんな様子に、彼もにっと小さく笑った。


 逃げればいい。本当に、したたかに生きるのなら。たとえ国が滅んでも、彼らは所詮根無し草、どこへ行っても同じであるがゆえに、どこへ行っても生きられる。


 だが、この二人は随分不器用だった。マーガレットは自分の興味を捨てられないし、ディロックはお人好しの自分であることをやめはしない。互いに歩み寄る事もないのに、なぜか突き放そうとも思わない。気が合う、と言えば、そうなのかもしれない。


 なんにせよ、マーガレットに去る気はない。ディロックはそもそも発起人だ。ロイエルももう後がない。からくり職人たちも、今死ぬか後死ぬかの違いでしかないのだ。この奇妙な軍団は、奇妙な連携力と使命感でもって団結し、神代の竜を狩ろうとしていた。


 神代の竜を狩れば、鱗一枚だけでも治療代におつりがくる。この場の全員に山分けしても、一生働かずとも暮らせるだけの金額が手に入るだろう。


 また、災いの源、伝説の竜を討ったとなれば、国としても無碍には出来まい。盗掘の一つや二つ見逃すことになっても、竜の素材がもたらす利潤は途方もないものになるはずだ。ましてこの国は余裕と呼べるような余裕もなく、そうした即時の利益には目がない。


 なんとかなるはずだ、とディロックは思った。不確定な部分があまりにも多いが、しかし竜を殺せば何かは変わる。変わるはずだと願った。


 そうしていると――ぐらり。


 揺れが来た。揺れは、先ほどのようなちまちまとした地震ではない。ほとんど、地をそこからひっくり返さんばかりの振動。先んじて心構えがなかったなら、すわ世界の終わりかと思った事だろう。


 ドワーフの血を引く背の低いからくり職人たちは、わあわあとわめきながら、自らが組み立てた武器にとびつく。戦いの準備は出来た。


 地が割れる。その割れ目から、にゅうと、しなやかに力強いそれが顔を出した。


 真っ黒な、真っ黒な首だ。暗闇の中でなお黒く、美しい程に整った、規則的な六角形の鱗。ぎらりと松明の光を反射するのはは、アメジストのような紫の瞳。山羊のようにねじくれた角が世界を恨むように天へと突き出し、口から洩れた息が呪いとなって広がる。


『再び滅ぼしてくれようぞ、脆き命よ!』


 ディロックはにやりと笑って答えた。


「バリスタ、一斉射撃開始!」

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