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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百三十四話 ロイエルの話

 シルヴァ家は、かつてからくり職人として栄えたドワーフの家である。


 手先が器用なドワーフは、そうした繊細でありながら、力を必要とするような仕事に向いていた。かつて栄華の極みにあり、魔法を不得手とする種族を下に見る傾向があった魔法帝国でさえ、その重要性を軽視することはなかったのだ。


 だからからくり職人たちは栄えたし、多くのドワーフ、そして多くの職人を抱えていたシルヴァ家の繁栄もまたすさまじいものがあった。彼らはからくり、ひいては物理的な動きにまつわる世界の"ことわり"を解き明かさんと精力的に働いた。


 実際、魔法の最盛期たるエル=ガディム時代では、そうして明らかにされた仕組みを利用した魔法なども多くあった。そのほとんどは長い時間の中で失伝してしまったが、今でも魔法使い至高の技として知られ用いられる『飛行(フライト)』も、そのころに生み出されたものだとされている。


 それほどの技術力を持っていたからくり職人はしかし、鱗持つ、大いなる災い――ドラゴンを前にして、あえなく滅び去った。


 直接ドラゴンとの戦いに赴いた魔法使いたちよりも、職人たちの方がずっと生き残りは多かった。だが、多くの設備は失われた。二度と作る事が出来ないような、制作困難な施設、道具類も多くが火の中に消え、からくりの技術は大きな衰退を余儀なくされる。


 それでも現代を生きるからくり職人たちは、かつての技術を再現しようと躍起になった。実際、からくり仕掛けの時計などを再現し、見事に復旧させているのだから、その努力を無駄などと言う者は誰もいない。


 だが、かつてからくりと魔法が栄えたはずの、"見捨てられた国"は違った。


 彼らにとって、からくりも魔法も、砂の下を探れば出てくるものだ。わざわざ再現された劣化品を買おうという人間は少なかった。多少高くついても、そうした遺物を買い求める方が早かったのだ。


 からくり職人はまともに飯を食っていくことも難しくなった。それは、かつて栄えたシルヴァ家――つまり、ロイエルの家も例外ではなかった。


 発掘される壊れたからくりを、どうにか修理して糊口を稼ぐ日々。他国へ行こうにも、そうした技術を持っているがために国を離れられず、かといってのし上がる為の転機へ至る事は出来ずにいた。


 ドワーフとしての血も長い衰退の時の中で薄れ、現代を生きているロイエルにも、ドワーフの血は薄い。繊細な指先は失われつつあり、かろうじて残っていた修理の仕事も、だんだんと少なくなってきていた。


 そうした苦境のさなか、ロイエルの妹、アユールが倒れた。彼ら兄妹はどうにか日銭を稼ぐため、冒険者に身をやつしていたが、新たな遺跡を発見した歓びもつかのま、突然倒れたのだ。過労か、あるいはそれによって引き起こされた、ちょっとした風邪だとはじめは思われた。


 ロイエルはソロの冒険者となり、それから一層精力的に働いた。妹が動けない中、気を病まなくていいようにと。兄として、妹の支えになれるようにと。


 だが、それが災いしたと言うべきか。妹もまた、兄に苦々しい思いはさせまいと、自らの身に起きている症状を誰かに告げようとはしなかった。それがある種の難病であると発覚したのは、もう自然治癒が絶望的な状況になってからだった。


 病の根本を取り除く薬はある。後遺症を薄く、あるいは無くせるような治療者もいる。だが、そのどちらも高価だった。どちらか片方にしても、ロイエルの、そしてシルヴァ家の今の資産では、絶望的な金額であったのだ。


 どうにかしてまとまった金が必要だった。まっとうな方法では得られないような大金が。


 家族の反対を押し切って、危険な橋を何度もわたった。何度も死の危険がある冒険に出たし、遠征隊に参加した事もあったし、その中で四肢や命を失いかける事は数えきれない。


 けれど現実は遠く、妹の回復も、家の復興も、どうしたって見込めそうにない。傷だらけになりながら、その事実に直面して、ロイエルは――まっとうに稼ぐ方法を諦めたのだ。


 汚い仕事はいくつもこなした、およそろくな方法で使われない薬を調合したりもした。今回のような盗掘も、小規模なものだが繰り返してきたのだ。


 矮小な罪悪感と、人並みの正義感に心を焼かれながら、必死に足掻いてきた。だが足りない。生活費もあれば、それまでの苦境で溜まった借金もある。負債を返し終わる頃には、妹の命は死に瀕していた。


 時間がなかった。どんなリスクを背負ってでも金が必要だった。だから、二人の腕が立ちそうな旅人を捕まえて、盗掘を目論んだのだ。必要なら、騙してでも金をかき集める気で。


「……天罰かも知れませんね」


 自嘲気味に笑う青年の顔には、隠しきれない苦渋か浮かんでいた。


 天罰だと。自分は罪を犯したのだと。だがそれでも、救いたい命があったのだ。助けたい家族が。


 ディロックは話の間ずっと目を閉じていたが、ゆっくりと開いて、わかったとだけ言った。


「どうにかしよう。……なに、最悪とんずらこくさ」

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