百三十三話 裏切りと手助け
「ロイエル、お前は叔父に品物を売るとき、出し渋ったりはしなかっただろう。戻ってくるたび、取れた物全部を見せた。そこは違いないか?」
「え……ええ。叔父が裏切るなんて……考えてもみませんでしたから」
「とすると、今日に近づくたび、古代の品の数は減ってきたはずだ。まあ生産されてるわけじゃないからな。それを見て、裏切る方が利になると見たんだろう」
実行犯であるディロックらには、犯罪を行う緊張感がある。常に周囲を警戒することは気疲れするものだ。それは、間接的にとはいえ共犯である叔父にとっても同じである。
切り捨てられるなら切り捨てたい。苦しさやリスクからは可能な限り距離を離し、しかし報酬は得たい。たとえ裏切る対象が親類であっても。人間のどうしようもなく汚い一面の一つである。とはいえ、商人としてはある程度仕方のないことだ。
背負わなくていいリスクを背負っただけでも、すでに十分、お人よしと言える程度なのだから。
「ふむ。付け加えるなら、ドラゴンの鳴き声で、遠征隊も戻ってくる予定らしい。それも関係しているのではないかね」
「あ。そうか、遺産の詳細に鑑定ができる人材が戻ってくるから……!」
「"出所不明"の品の出元がバレると。なら裏切ったのは叔父で決まりだな。で、これからどうする」
いつまでも逃げているわけにはいかない。しかし、国家犯罪である盗掘を見逃すとは思えないし、なにより、その規模の犯罪であることが問題だ。ましてディロックとマーガレットは外来の旅人である。下手をすれば、国際的な指名手配という可能性もある。
どうにかして罪をなかったことにしなくてはならない。しかし、それにはいくら積み上げればいいのだろう。あるいは、どんな荒唐無稽な出まかせを吐き出せばよいのか。
しかし、そんなことを深く考える暇もないまま、衛兵の足取りが近づいてい来るのをディロックは知った。ロイエルとマーガレットを追いかけてきたのだろう。あまり複雑な路地でもないし、二人の速度もディロックほど馬鹿げたものではなかった。
ひとまず逃げなければ。しかしどこまで。
そう思っていると、不意に路地裏に生えた老木のような家の扉が開き、無骨な腕が彼らを手招きした。丸太のように太く、しかしひどく短い腕は、明らかにドワーフのそれである。こっちだ、と呼ぶ低い声に聞き覚えのあった彼は、二人を半ば引きずるようにしながら、迷うことなくそちらに飛び込んだ。
「……そうか、協力感謝する」
「いや。仕事、頑張ってくれ」
衛兵が小さな会釈とともに扉を閉める。去っていくがしゃがしゃとした足音を聞いて、ドワーフはふぅ、とひどく大きなため息を吐いた。酒のあとのげっぷとはまったく違う、すっかりくたびれてしまったような声だった。
それから、床の端っこへ行くと、その床材を三度、ゆっくりと間隔を開けて三度叩いた。
コン、コン、コン。
どこか湿ったような建材の音がしてから、すぐに砂岩製床材の一部ががぐいと持ち上げられた。跳ねあがった砂岩の下には、いくらかの貴金属類や財布、仕事道具などの貴重品と一緒に、三人の人間が詰まっていた。
「ぶはぁ! げほ、ごほっ! 息が詰まる、砂が、砂が目に!」
「ええい……もう少しマシな隠れ場所はなかったのかね……」
「死ぬかと思いました……窒息というか、圧迫で……」
思い思いの文句を吐き出しながら出てきたのは、ディロック、マーガレット、ロイエルの三人であった。ドワーフ一人が立って入るのがせいぜいの縦穴なので、ぎゅうぎゅうの状態で詰まっていたのだ。
「隠す場所があっただけ幸運だったと思ってくれい」
「ああ、いや……実際助かったよ。あんたは確か、鎧職人の」
「うむ。あんたの助けが得られたから、もうちっとマシな生活になったよ」
鼻の下を指でこするドワーフ。彼は、ディロックが今つけている鎧をこしらえた、独創的鎧職人だった。
ディロックの散財によってまとまった金を得てから、少しは余裕を取り戻して、しゃんとしたらしい。以前見た時よりも髪は整い、垢も落ち、髭も結い上げられている。眼の色だけは、以前見た時のままだったが、宿った力はずっと力強いように見えた。ようやくドワーフらしい姿に戻れたわい、と彼は笑った。
「それで、どうしてあんたが追われとるんだ?」
「あー、それは何というか……」
彼が口をつぐんだので、ドワーフはがらがらとした笑い声をあげて、無理に話す必要はないと言った。お前さんには命を救ってもらったようなものだからと。
「話しづらいこともあるだろうよ。狭いが客間が一応ある、そっちでお前さんたちの話を済ませな。俺は飯でも食ってくる」
「ああ。……ありがとう」
「気にすんな。それでも気になるなら、今度酒でも頼むわい」
ドワーフは去っていった。
三人だけ残ったこじんまりとした家の中で、彼らはしばらくの間黙り込んでいた。
「……なあロイエル。改めて、聞かせてくれないか。どうして、こんな危険な賭けを始めたのか」
ディロックは言った。話を戻そうと言うのだ。少々余計な――それも、公的権力の――横やりが入りはしたものの。それは、仲間の事情を聴かない理由にはならないのだ。
「ええ……お話します。僕がなぜ、盗掘を企てたのか」




