百二十九話 亡国
ディロック達が見捨てられた者たちの国に来て、一ヶ月ほど経った。
彼らの懐は、初めに訪れた頃より何十倍も潤っていた。木賃宿より多少マシ程度の安宿から、もう少し立派な寝床へと移っていたし、長い休日を挟むだけの余裕も生まれて来た。
とはいえ。ディロックが求めているだけの金額には及ばない。
鎧や魔法の品々にいくらかを浪費した、という事もある。いかに多くの稼ぎとはいえ、使い続ければいつかはなくなるものだ。まして、この町はマーガレットの知識欲を煽るような品が多い。あれこれ買いあさっているようで、共有の財布は満杯になっては知らないうちに半分ほどになっている。
そして、もう一つの原因は、ディロック自身が情報収集に資金を割いていることだった。
何度も遺跡に身を投じたが、その度に胸騒ぎは強くなった。それは疼きになり、段々と無視はできなくなっていた。だから、この地について。そして、あの遺跡について、いくらかの事を調べていたのだ。
もちろん、遺跡については実在を知られないように細心の注意を払った。なにせ、外国人が盗掘まがいの事をしているとなれば、どう転べどもろくなことにはなるまい。
しかし、大金を払って、方々手を尽くして調べまわっているのだが、肝心の遺跡らしき文献はほとんど見当たらない。
それも当然と言えば当然だ。この国はかつての遺産を掘り起こしている――そういえば聞こえはいいが、その実体は腐肉ぐらいに近しい物だ。
いずれ尽きるとわかっている資源を、少しずつ、だが確実に切り崩して。外に行こうにも、魔法王朝の遺産で築き上げた今の家や町を捨てる事も出来ず、新しく遺跡が見つかるたびに群がって食いつぶす。そう言う国なのだ。だから、遺跡についての文献は硬い防護がなされている。外部の者へは特に強く、だ。外への情報流出は死活問題なのだろう。
だが収穫はあった。あって当然だ。今現在、絶賛浪費中のマーガレットにさえ眉を顰めさせる程度に、彼は大枚をはたいているのだから。ディロック自身も胃をキリキリと痛めながら、金貨を差し出す手を引っ込めたい、そんな思いを必死に抑えて情報をかき集めたのだから。
その結果、見えて来たものがある。それは、この国――もっと言えば、魔法王朝が滅んだ理由についてだ。
国外で聞く噂話では、作り出した怪物によって滅びたという程度の事しか分かっていなかった。その、より詳細な内容を見つけることに成功したのだ。
「――ドラゴン、かね」
ああ、と小さく返す。明確にドラゴンと言う表現があったわけではない。魔法王朝は魔法の時代、もっと言えば呪文の尊ばれた時代である。となれば、その素となる言語はより神聖視され、特に記録文書ともなればきわめて複雑化している。迂遠すぎて、どれの事を指しているのかさえ分からない事もある。
しかし、鱗を持って魔法の矢を跳ね返し、翼を持って空を飛び、火を噴きて鎧を溶かす。そんな描写が行われるほどの怪物ともなると、ディロックにはそれしか思いつかなかった。
ここまでは良い。まだ、竜を恐れるおとぎ話のようでもあり、実際にウルツの住民であればよく知る物語だ。キマイラであるとする異説もあるほどだ。
ところが、この竜の顛末となると、誰もが首を傾げた。何処かへ飛び去った。どこぞの英雄が倒した。神の手で地の底へ追いやられた。そんな噂とも言えないような、個人の感想、あるいは想像しか集まらなかったのである。
「……とはいえ、ご先祖がそんな、他人任せ、自然任せにするものでしょうか」
ロイエルがぽつりとこぼしたので、二人はそちらを見た。その視線に一瞬、たじろいだが、けれど青年は気を取り直して呟き続けた。半ばひとりごとのようでもあった。
「と、言うと?」
「あ、いえ、その……僕らのご先祖様方は、多くは立派な魔法使いだったわけでしょう? どうにかしようとしなかったとは思えなくて」
ふむ、と彼女は少し考えこんだ。確かに、消えたとか、英雄が倒しただとか、どこか運命に身を任せているようにも聞こえる結末だ。ざっくり言えば、嘘くさいのである。
加えて、魔法王朝は最も魔法の栄えた時代であり、たとえ最強たる竜だとて、"超越者"としてあぐらをかいている事は出来ないだろう。ましてそれらの、古の魔法使い達が、竜に対して戦いを挑まなかったとは思えない。彼らは強く、だが身勝手で傲慢だった。自分たちを脅かす存在を、黙って見ている筈がなかった。
結果がどうあれ、今の魔法王朝は砂の海に沈んだ訳だが、しかし竜はどうなったのか。その結末部分が欠落している。
「……こうして滅びている以上、相打ちに近い形で終わったのは確かなんだろうが……」
「ふむ……まぁ、今は良いだろう。それより、次の探索について話し合おうではないか」
「そう、ですね。もう少し広域を探索してみますか?」
話はそこで一旦終わり、三人はそれぞれに意見を出し合って、次の発掘について相談した。
だが、明るい展望を語り合っても、ディロックの脳裏にはやはり、不安がこびりついて離れなかった。




