百二十三話 職人
「どうしたんです、こんな所で?」
「ロイエルか。なに、少し観光にな。店を冷かして歩いていたところだ」
実際、適当に歩いていたのは事実だ。風の向くままに――文字通りだ――旅を続けてきた彼にとって、何処か良い場所を調べて行くより、適当に練り歩いていい場所を見つけた方が楽しいという考えがあった。それで酷い飯を出された事もあったし、逆に絶品にありつけた事もあった。そんなものだ。
しかし、この箱をどうしたものか。彼はふと思案した。オルゴールそのものは掌より少し大きい程度だが、懐に入れられる大きさではない。かといって背嚢は今、宿の中だ。となると手に持つしかないのだが、そうなると少し邪魔である。
「ん、ディロックさん、それ……オルゴールですか?」
「ああ、さっきそこで買った。壊れているようだがな」
ひょいと投げ渡すと、ロイエルはそれをしげしげと眺めた。側面から底面までじっくりと見て、中身をちらと覗き、表面に手を這わせ、細工に指を添える。それは職人の目だ。目の前の品に対して、真摯に向き合おうという姿勢である。
この状況だけを切り取ってみれば、きっと冒険者には見えまい。どこかで小さな店に努める若い丁稚といった風貌だ。
ややあって眺め終わり、満足したように息をもらして、彼は言った。
「ドワーフの品ですね。それもかなり古い……エル=ガディム時代の最初期のものかと」
小さく感心の声をもらす。やはり、この青年の見識は専門的で、しかもかなり深い。趣味、と言う言葉だけでは表せまい。おそらく、生業はもともとそっちで、冒険者である事が異常なのだ。そう考えてみれば、風貌の頼りなさや独特の間の抜けよう、そして仕事の時の集中力などうなずける。特に集中力については、この頃の青年が普通に持ち合わせているような能力ではない。
「この頃のドワーフたちは魔法に拘らず、からくり細工を好み、また過度な装飾を嫌ったそうです」
「そういう事に詳しいのか?」
「え? あ、はい。実家がからくり職人をやっていまして……」
そう言って躊躇いがちにほほ笑むロイエルだが、手の内のオルゴールの観察はまだ続けている。いくらか不明瞭な言葉を呟いてから、青年はようやく手元から目を離した。
「あの、すいません。これを少しの間預けてもらえませんか? もしかしたら、直せるかも」
これにディロックは、ほう、と言って少し驚いた。
からくり――とくに古い時代のからくりと言うのは、酷く繊細で、おまけに複雑だ。
それを直すというのは、幾重にも絡まった糸をちぎらずに解くような行為で、非常に困難を極める。ましてエル=ガディム時代の品の修復ともなれば、街で店を構えた職人でも、出来ない者は多いだろう。
「なら、預けよう」
ロイエルはにっかりと笑って、小さく頭を下げた。
「へえ。そんな芸当が出来るのかね、君は?」
ラクダの上に乗ったマーガレットが、どこか楽しそうに問い掛けた。
今はまた、遺跡に向かっている最中だ。前回使った道具類の補填も済み、もう一度行こうという話になったのである。というのも、あの虫の体液の匂いを動物の類は特に嫌うらしく、今なら何にも邪魔されず向かう事が出来るという事が、マーガレットの調べで判明したのである。
「あ、あはは……まあその、昔とった杵柄と言うやつで」
となれば稼ぎ時だ。のんびり休む気でいたロイエルを担ぎ出して、いざ探索へ、という訳である。
ディロックはと言えばあの後、マーガレットが調査を終えるまで、高く売れる品について調べていた。魔法の品というのはピンキリだ。朝、露店で見たような、ゴミ同然で使い道がない魔方の品は、骨董品としての価格を鑑みてもかなり安い。適当に拾ってきたは良いが、蓋を開けてみればゴミばかりで赤字、というのは悲惨だ。
そうならないよう、価格の安い品、高い品の見分け方を多少なり学んできたのである。
幸い、エル=ガディム時代の品というのは、大半が手作りではなく大量生産品だ。エル=ガディム時代の生産方法は、発達した魔法を使って複製したり、あるいは鋳型などを使うことが多かったため、形や性能の同じ品が大量に作られたのである。
もちろんその大量生産品の中には、需要が多いために高く売れる品と言うのがある。たとえば、映した者の肌をしばらく健康に保つ鏡などは、貴族婦人や貴族令嬢がこぞって買い求めに来るのだという。
また、使い捨ての代わりに簡単な障壁を貼れる護符なども、大きさの割に単価が高い。これは手軽に手に入る上に同様の品と比べれば安価なため、もしもの備えとして冒険者から貴族、果ては一般市民にまで広く求められる品だ。
もちろん、ディロックは専門ではない。ならばしごく当然なことに目利きなど出来ないが、幸い知恵者は二人もいる。魔法的知識から言えばマーガレット、物品的知識から言えばロイエルだ。後は、探索できる範囲を片っ端から漁って行けばいい。
「ぼちぼち荒稼ぎと行こう」
「うむ」
「がんばります……」




