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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百十九話 探検

 カンテラが辺りを照らす。儚くちらちら揺れるろうそくの火が、砂で覆われた一面真っ暗闇の世界をわずかに切り開いて、その光景を三人の目に見せる。


 空気は昼日中とは思えないほど冷え込んでおり、吐息は白く、彼は思わず手を強く握りしめる。


 足音、何かを蹴り転がす音、吐息の音。その全てが反響せず、どこかへ吸い込まれるように消えて行く。生き物の気配はまるでなく、それは歩く彼らに、ここが死んだ町である事を否応なしに告げていた。


 寒いな、とマーガレットが呟いた。何かこぼさずにはいられなかったのだろう、それ程にここは冷たい。温度ではない、何か心の芯まで冷えるような、死の気配がするのだ。死体の類が一切見られないからこそ、それは強調されているように思えた。ああとか、うんとか、適当な返事がむなしく落ちる。


 ほう、と大きなため息を継いて、辺りを見渡す。二人にはほとんど分からないだろうが、夜を見通せる金の眼ならば、かなりの範囲を見渡せる。


 街の状態は思ったよりもきれいだった。おそらくは何らかの魔法が掛けられているのだろう。今でこそ、建築物を対象とした加呪(エンチャント)であれ、魔法第一主義を掲げる国が群雄割拠していたかの時代においてはさほどのものではなかったのだ。


 むしろ、敵の魔法攻撃を耐える為には、建物一つ一つに強固な守りを施す必要があったので、ほとんどの建物には魔法による強化がなされている。


 とはいえ、と足元の瓦礫を蹴り転がす。どこかの屋根からこぼれ落ちて来たのだろう。どれだけ強固な加呪であっても、時の流れには逆らえない。もとより一時に限って輝き、まばたきのうちに過ぎ去るが魔法の本質だ。永遠の時を生きる事は不可能だった。


 あちこちの店に入っては、残骸になった魔法の品を見つける。魔法の品も、建物と同じく劣化が激しい。本来そういった品は、魔力の影響もあり、人が一代や二代移り変わろうとびくともしないものだ。ある意味、貴重な光景だった。


 それでも中には、その力を未だに宿した物が残って居る。逆に、こうしてさびれている場所の方が、探索者としては美味しい場所なのだとロイエルは語った。努めて、明るい口調で。少しでも、これ以上は暗くなるまいとする様子がうかがえる。


「力の強いものになればなるほど、形として残ります。なので、ゴミとそうでない物をハッキリ分ける事ができるんですよ」

「そういうものか」


 そう言いながら、妙な形をした置物を台に戻す。品揃えを見るに、雑貨屋だったのだろうか。日用品らしき品々がいくつも見受けられた。


 こういう時力になりそうなマーガレットはと見てみれば、魔法の品には目もくれず、皿や壁を熱心に眺めている。古代文化を専攻していた彼女にとって、ここは天国のようなものだ。彼女の周りだけ、随分明るくなっているように感じるのは、その情熱ゆえなのか、はたまた興奮で魔力が溢れだしているのか。


「程ほどで仕事に戻ってくれよ?」

「……ん、ああ。もちろんさ……ふむ」


 もう少しすれば気もおさまるだろう。そんな事を考えながら、魔力の気配のない物とある物に分けて、一つ一つ袋に詰めていく。呪われた品でもなければ、大した選別は必要ないだろう。物の価値の有無を決めるのは商人の仕事だ。


 ディロックも、彼女には到底及ばないが、いくらか魔法を扱える。純戦士であれば、こうした品など全て一緒くたに骨董品としてひとまとめだったろうが、彼はある程度の目利きが出来た。


 反対に、ロイエルの手際が良いのは、おそらく慣れからくるものだ。気配からして魔法使いと言った感じではなく、旅人二人と比べれば戦闘経験は雲泥の差があるが、遺跡の探索経験は二人よりもずっと上だ。


 そうして二人で、とどまりたがるマーガレットを引きずるようにあちこち回って、ひとまず持ってきた麻袋いっぱいに適当な品を詰め込んだあたりで、ふと気づく。


 パラパラと空から――すなわち、砂の天井から、砂塵が降ってきたのだ。誰かが上を歩いているとか、そんな量ではない。それに、かなり大きな振動が、何度か連続して起こった。さすがの彼女も警戒して杖を掲げ、『光明(ライト)』を打ち上げる。それに追随して、ディロックとロイエルも屋根の上に登って辺りを見回した。


 さびれた街の全貌が浮かぶが、振動源は見当たらない。


「……ふむ。この振動、相当大きな物が動いていると見たが」

「だな。人間十数人程度でこうはならん。ロイエル、心当たりはあるか」

「わ、分かりません。あ、いや、でも……もしかすると」


 しばらくして、心当たりを探っていたロイエルが、ハッとしたように顔を上げて鋭く叫んだ。


「散開してください! ()から来ます!」


 その言葉とほぼ同時。天井が裂けて、巨大な何かが降って来た。


 素早くその場から飛び出したディロックは、先ほどまでたっていた場所を踏みつぶしたそれを、確かに見た。


 それは、一言でいうのであればイモムシだ。だが、その太さは小さな家一つ丸ごと呑み込めるであろうもので、長さに至っては家三つ分に到達しようという巨大さであった。


城食い虫(キャッスルキラー)の幼虫です、気を付けて! 見た目に反して動きが早いですよ!」

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