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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百十八話 残骸都市

「……これが、件の」


 砂に囲まれた遺跡を前にして、マーガレットがぼそりと呟く。


 ひとまずの仮契約の条件を――といっても、他言無用程度の軽いものだが――詰め終わり、さっそくとばかりに三人で遺跡に向かった。砂に足を取られながら、どうにか向かった先で見たそれは、どうやら、寺院のような建築物のようであった。


 特徴的な半球型の屋根が、砂丘を突き破って見えている。しかし、肝心の建物部分は砂に埋もれてしまっているようで、それがどれほどの大きさなのかは分からない。だが、屋根の大きさを見るに、相当な大きさがあるはずだ、とディロックは睨んだ。


「しかし、この寺院だけかね?」

「いえ、遺跡はもっと広いはずです。村規模から都市規模ぐらいまで。下がどうなっているかは分かりませんが……」


 両手を広げて、都市の規模感を示そうとするロイエルに、ディロックの不安は少し増した。


 しかし、ここでグダグダしていても始まらないのだ。おそらく、半球に開いた穴は、おそらく元はバルコニーか何かだったのだろうが、もはや憩いの場の影は残って居ない。そこへ、躊躇なく踏み込んでいくのはディロックである。


 ロイエルも多少の心得はあるだろうが、戦士としての腕は断然彼の方が上だ。ろくな鎧もないとはいえ、彼には直感もあれば、風の精霊の忠告を聞くこともできる。頑丈さも折り紙付きだ。もっとも、それ以外の事はほとんど出来ないのだが。


 ともあれ踏み込んだディロックを待っていたのは、意外にも明るい広間であった。壁やら天上やらから、白い光が降りてきている。魔道具がまだ生きているらしかった。ドーム型の屋根内は、どうやら一つの部屋になっているようで、部屋の中央は、大きな吹き抜けとなっている。


 後ろを向いて手招きすれば、控えめに中をのぞき込んでいたロイエルとマーガレットが、そろりと足を踏み出した。


「まったく、よくもそれほど物怖じせずに踏み込めるね、君は」


 マーガレットが呆れた調子で言う。しかし、そう言われても彼としては頬を掻くばかりだ。自分の勘の鋭さなど、口に出しても自慢以上のものにはならないし、過信と呼ぶものも居るだろうから。


「凄く慣れてる様子ですけど……お二人は、こういう経験が結構あるんですか?」


 問い掛けに、ディロックはぐるりと目を回して言葉を練り、目線は彼女を捉えた。青紫の目が、愉快そうに揺れている。


「……まぁ、それなりには」


 実の所、マーガレットと二人で、という条件であれば二回程度しかないのだが、わざわざ"依頼人"に告げて不安がらせることも無い。マーガレットはくすくすと笑い、ロイエルは笑い始めた彼女を首を傾げ見ていた。


 下への階段は経年劣化で崩落してしまったのか見当たらず、仕方なく吹き抜けを降りていくことになった。ディロックは縄を柱に何度か巻き、強度を確かめると、それをゆっくり降ろしていくように二人へと頼んで吹き抜けへと身を躍らせた。


 カンテラの頼りない光が、わずかに寺院内を照らす。闇を見通せる金の眼には十分な明かりだった。


 壁には幾重にも繊細な彫刻が施されている。物語の無い、幾何学的な、けれど気迫さえ感じさせる緻密な模様。これはおそらく、魔法の全盛期とも名高き、エル=ガディム時代のものだろう。


 六百年近く前のかの時代において、魔法は戦争の武器として、大いに発展した。それまでは忌み嫌われ、世界の裏側にあった魔法技術だが、世界中で激化する戦いの中で新たな力を欲した国々によって研究されていったのである。


 だがそれは、結果として今の世に幾万の怪物やゴーレムを生み出し、最終的に魔法の産物によって滅びた。混沌の輩と同列に世界の敵として語られる怪物たちのほとんどは、あの時代に生まれたのである。


 マーガレットの興奮を予想しながら、ゆっくりと降りていくロープをしっかり握りしめる。


 硬い石の感触。外から侵入してきた砂が随分散らばってこそいたが、永い時を経ても尚、その頑強さは衰えていないようである。合図としてカンテラを掲げて振ると、マーガレットが縄を腰に巻き付けて恐る恐る降りて来た。


 途中、壁画を見て奇声を発し、無理やり近づこうとしたときは肝が冷えたものの、なんとか無事に降りた――というより、降ろした。そうでなければ、あまりの勢いに縄の方がちぎれそうだった。ロイエルはといえば、何事もなく降りた。動きの軽快さをみるに、戦士よりは斥候に寄っているのだろう。


 降りて来た広間を見渡すと、出入り口らしき穴がぽっかりと開いているのを見つけた。穴の向こう側は、まるで夜を切り取って来たかの様に真っ暗で、明かり一つ見出す事が出来なかった。カンテラを片手で掲げながら、一歩、前へ出る。それでようやく、彼の目にそれが映った。


 そこは町だ。かつて栄華を極めたであろう魔法都市、その慣れの果てが、砂漠の下にその身を横たえていた。


 ()()は半球状をしていて、それが砂だと気づくのに少し遅れた。『砂塵除け』、それの最も上位のものが、この町全てを覆っているのである。強すぎる結界に砂は入って来れず、けれど結界をもってしても弾き切れない砂が、天井のように街を隠していた。寺院はこの残骸都市の中でも背が高く、故に結界から少しばかりはみ出ていたのだろう。


 少しだけ、胸が興奮で疼く。それは久々に感じる、冒険心という類の、情熱であった。

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