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青空旅行記  作者: 秋月
四章 見捨てられた国ウルツ
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百十六話 勧誘

 酒場を出た二人は、迷うことなく冒険者互助組合(ギルド)へ足を向けた。


 何を始めるにせよ、ウルツには伝手がない。となれば自然、募集が出されている仕事を受けるほかなく、そうなれば最も信頼できるのは互助組合だった。


 互助組合は、依頼人へ依頼と報酬相応の冒険者を派遣する。そして反対に、冒険者に相応の依頼を持ちかける。そうすることで互いの利益を守りつつ、手数料やらなにやらを取って成り立っているのだ。


 それは特に、二人の旅人のように、何の伝手も持ち合わせない者たちの味方である。ある程度冒険者の腕が見抜ける者が係として常駐し、実力相応の依頼を提示してくれる。そういった類をこなしていけば、自然と伝手はできていく。


 ひゅうと風が吹いて、わずかな砂粒を運んでくる。道行く人はそうした物を吸い込まないために、口元を布で覆っているものが多い。ターバンの類だ。質素なものもあれば豪華なものもあり、道行く人を見ているだけでも案外楽しいものだ。


 反対に口元を覆わない者たちはと言えば、ディロックたちのような旅人か、あるいはまた別の手段をもって砂塵を防いでいる者たちだ。持前の魔法で弾いたり、出土した魔法の品で防いだり。とくに後者は、店を経営する者がつけている場合が多い。そうすることで利便性の宣伝になるからだ。


 そんな通りを歩いて、冒険者互助組合へ向かった二人は――しかし、入口で足を止めた。


 普段なら鍵などかかっていないスイングドアには、いかにも厳重といった施錠と一緒に張り紙が貼ってある。呆然としながらも、ディロックが読み上げた。


「"ただいま一大業務中につき、ギルド閉鎖中"?」

「……なんと、(まこと)かね」


 マーガレットもディロックの肩越しに張り紙を見る。そこには、彼が読み上げた通りの言葉が、一文字と違わずに記されている。彼女は驚きながら、その下の小さい文字を読み始めた。


 普段であれば、組合が閉鎖中などありえない。冒険者の中から大罪人でも出なければ、不測の事態に備えて、朝から晩まで開いているのが普通なのだ。しかし現実に、組合の扉は硬く閉ざされている。思案していると、マーガレットが頭を上げた。文字を読み終えたのだ。


「大型の遺跡が発見されたらしい。それの遠征に冒険者を根こそぎ連れて行ったようだな」

「それで業務停止? 馬鹿げた話だが……」


 そこまで口にして、いや、とディロックは思い直した。この国がどういう場所か、思い出したのだ。


 ウルツは古代遺跡の遺産をすする形で成り立っている国だ。国土のほとんどを砂漠に覆われ、"見捨てられた国"とまで呼ばれるウルツにとって、新たな遺跡、新たな魔法の品々というのは、国の生命線をより太くする為に必要な物なのである。


 となれば、国として全力を注ぐだろう。あるいはそこまでいかずとも、出来る限りの支援を冒険者互助組合に行うはずだ。組合としては、国からの仕事を断るのは難しい。労働者、すなわち冒険者からしてみれば、受けるだけで金が舞い込んでくる上に、多く掘れば掘るほど報酬が増えていく割のいい仕事であり、断る理由などない。


 結果として、組合の動きを止めざるを得ない程冒険者の人口が減った。そういう事なら、決してありえないとは言えないだろう。


 ううむ、と二人して唸る。組合が業務停止状態ということは、今から遠征に参加するのは難しい。まして、二人はよそ者だ。冒険者は自由な気風あってこそと言えど、やはりある程度の隔たりはある。


 そうしてしばし悩み、ともあれ宿まで戻ろうと踵を返した二人の前に、一人の男が立っていた。


 茶褐色の肌を見るに、ウルツの出なのだろう。黒い髪の、優し気な緑の目をした青年であった。顔つきはどことなく幼いが、腰に帯びた剣や纏う鎧はそれなりに使い込まれている。立ち姿も中々堂に入ったものだ。冒険者か、と口には出さず思う。


「すまん、邪魔だったか。だが組合は閉まっているようだぞ」

「ああいや、閉鎖してるのは知っています。あなたたちと仕事の話がしたいんです」

「……私たちに、かね?」


 顔を見合わせる。突然に持ってこられた"話"というのは、大概ろくなことがない。おまけに、ウルツにおいて二人の顔は一切売れていない。故に、信頼あっての依頼ではない――すなわち、依頼人にも信を置くことが難しい。おまけに、組合を通さないと来た。


 ディロックはまだしも、冒険者として組合に名を連ねるマーガレットとしては、より不信感は強い。


 とはいえ、今は藁にもすがりたい気持ちの旅人たちである。このまま組合が長期間閉鎖を続けるのであれば二人は干上がらざるを得ない。人足やらをして食いつなぐにしても、下手をすれば明日の飯さえ危ぶまれる身なのだ。路銀を集めに来てこれでは笑えない。結局、マーガレットが渋々口を開いた。


「我々も仕事を探しているがね。一体、何をさせようというのだ?」


 青年は少しニヤリと笑って、小さく手招きした。それに従って耳を近づけると、彼は辺りの誰にも聞こえないような小声で言った。


「公式ではまだ未発見の遺跡があるんです。そこを、一緒に探索しませんか」

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