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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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百十四話 目的地

 じゃらり、と懐があでやかな音を立てて、ディロックの心を少し慰める。


 硬貨の音だ。それも、金に輝く音である。その音色に心躍らないものはそういない。大変な仕事ではあったが、働きに見合うだけの報酬があった、それは何よりもの報いである。


「ま、損害と比べると些細な額だと思うがね。……怪我の調子はどうだ?」


 隣を歩くマーガレットが、心配そうに彼の事を見た。なにせこの数週間の間だけで、彼は瀕死の傷を二度も負っているのだ。


 霊薬は確かに凄まじい効能を持ち、上質なものともなれば、即死でないなら大概の傷を癒し、生死の境にいるものを引き戻せる。だがその反面、霊薬を飲んだ物の体力を著しく消耗させる。霊薬を服用した後のディロックが倒れていたのは、それが原因であった。


 とはいえ、それだけのリスクを負っただけはあり、歩けるほどに怪我も治っている。もとより頑丈な体のディロックは、およそ健全と呼べる状態まで肉体を復元していた。


 ――まぁ、完治というには少し遠いか。疼くような熱を持つ傷を、そっと撫でた。




 あれから、カルロは内乱の終わりをつげ、尚も反抗を続ける現近衛たちの鎮圧をすますとすぐに戴冠式が行われた。今はディロック達への挨拶や感謝もほどほどに、既に行われていた略奪で乱れた国内を正して回っている最中である。


 致し方ない事とはいえ、兄から奪うことになった王冠は重いだろう。これから様々な苦労がある事は予想されるが、それを二人が目にすることはない。何せ、今日旅立つのだ。


 今回は珍しく、別れの挨拶もしっかりと告げた。報酬を受け取る手前、何も言わずに旅立つ、と言うことは難しい。それに、大きく関わってしまった以上、何もなかったことに、とはいかないのである。


 カルロは大きく驚くことなく、しかと頷いた。いずれ戻ってきてくださいと言って。その時までに、もっと良い国にして見せるので、と。


 フランソワは驚愕を隠せない様子だったが、最後には受け入れた。ありがとうと何度でも頭を下げる少女に、ディロックはばつが悪くなり、逃げるようにその場を去った。


 ゴーンは何も言わずとも頷き、握手だけした。言葉はなかった。あるいは初めから、ここにとどまらない事が分かっていたのだろうか。


 ともあれ挨拶を終えた二人は、その足でロザリアを出ていく事に決めた。報酬はそれなりに出たし、路銀は十二分だ。無論、使いに使った道具類の補充を考えると、到底十分とは言えないのだが、ひとまずはマーガレットを酷使することで代用するとした。彼女は顔をしかめたが、背に腹は代えられない。


「この国は、良い国になると思うかね?」


 黙々と歩いていた背中に、問いかけが投げられた。


 去り行く国の話をする、というのは初めてだ。なにせ、今までは行く時もさる時も一人だった。だから、彼は少し立ち止まって、振り返った。


 この国の者たちは強い。もとより名より実を重んじ、騎士たちもその思いに応えるべくして己を磨き、戦ってきた。幾度も外敵と戦い、それを打ち払ってきた。それは、建国神話にて、竜を打ち滅ぼした時代から変わらない。カルロも、フランソワも、確かに地に足をつけて戦っている。ゴーンでさえ、強くあろうとし続けているのだ。


 ふっと笑って、彼は再び前の方を向いた。


「なるさ。きっとな」

「……ふ。そうだな。そうなると信じよう」


 また戻ってくる日の為に、そうなると信じ、祈る。歩き始めたディロックは、もう振り返らない。マーガレットもそれに倣った。


「それで、次はどこへ向かうんだね」


 どこかわくわくした声。


「……最果ての地へ行こうと思っている」


 悩みながら、されど確かな言葉に、ほうとマーガレットが声をもらした


「東の海の果て、"全てが許される場所"か。心変わりでも?」

「まぁな。後々話すよ」


 時間はある。何せ、その為に生き延びたのだから。


 許してほしいなどと、気のいい事は言わない。だが、過去の面影を追いかけ、誰かに重ね合わせたところで、旅は終わらない。罪は追ってくる。けじめが必要だと考えたのだ――九年越しに、ようやく。きっと、この罪が肩から降りる事はない。だが、逃げ続けた所で、償いにはならない。いつか歯を食いしばって、自らの罪過と向き合う日が来るのだから。


 ならば向かおう、己の罪が待つ場所へ。全てを見通す瞳の前、すなわち、"最果ての地"へ。


「そうだ、そういえば君の鎧を見繕わねばな。幸い、仕立てるだけの金はある」

「ああ、確かにな。出来れば一瞬で着脱できる仕掛けなんかがあれば良いが」


 そんな事を話しながら、二人は道の先へと歩いていく。そのずっとずっと向こう側にある、ようやく定まった目的地へと。


 語らい、笑う。一人ではなくなった彼の背嚢に、もう兜は無い。罪と向き合うなら、目元を遮るそれは、きっと不要だったのだ。


 風が吹く。草花がつられてざわめいた。彼は、二人旅の中で、少しずつ変わり始めていた。

第三章、騎士の国ロザリア編、完結です。

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