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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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百八話 狂王ジェームズ

 激しくぶつかりあう二振りの剣。王に捧げられた刃と、名も知れぬさまよう剣は、されど互いに一歩も譲る事なく打ち合わされる。


 その横を、マーガレットとカルロは駆け抜けた。無論、ロザリア最強の騎士にして王の剣たる正騎士がそれを許そうとするはずもないが、その足をディロックが阻んだ。無数の斬撃が彼を襲ってその場にとどめ、それに目を止める事なく二人は駆け抜けた。


「……あの人は勝てるでしょうか?」

「さてね。まぁおとなしく負ける男ではないさ」


 それに、気にしている暇もなさそうだ。そう言って彼女が指さした方向から、騒ぎを聞きつけてか衛兵がこちらに向かってきているのが見えた。


 だが数は多くない。それに、ロザリア王国近衛兵元来の強さを彼らは持ち合わせてはいなかった。それは、王に媚び、称賛しただけの騎士だからだ。本来であればいかなる理由も考慮されず、ただ実力のみによって選ばれるはずの近衛兵は、しかし今、一般騎士と同等かそれ以下の者ばかりである。


「『連鎖する電撃(チェインライトニング)』! そら、押しとおるぞ。走りたまえ!」


 開戦を告げる雷が大勢の騎士たちの間を突き抜けて焦げ付く。人の焼ける嫌な臭いを振り払いながら、わずかに空いた戦列の隙間に飛び込んだ。


 カルロが剣を抜き、先鋒を務める。その首を嬉々として狙いに来る破落戸(ごろつき)同然な騎士たちの剣を次々と受け流し、その腕を断ち、首を撥ね飛ばした。


 彼とて、騎士の国ロザリアの王族だ。剣術の鍛錬を欠かした日は一度と手なく、正騎士にこそかなわずとも、たかだか一般騎士程度にやられる技量ではない。そして、掛ける情けも持ち合わせていなかった。


 自分が死ねば、次は妹、その次は家臣が、さらには民が――彼にとって大切な全てが、自らの兄によって壊される事がわかっていたからだ。


 門の前の衛兵が槍をブンと突き出す。近衛にのみ与えられる上等な槍だが、担い手が並みでは使いこなせはしない。この相手より優れた槍の使い手など、以前の王宮にはいくらでもいたはずだ。


 突きこまれた槍を地面へといなして踏みつけ、その手を剣で切りつける。金属の鎧がそれを阻んでも、痛みと衝撃を消しきることはできず、近衛はたまらずたたらをふんで槍を落とす。その顔面に、後ろから魔法の矢が突き立った。


 正騎士と打ち合える剣士に加え、凄腕の魔法使いを雇えた事は果てしない幸運と言っていい。


 金属の鎧に強い雷を十全に扱える上、これだけ鋭い『力矢(マジックアロー)』を――それも、二十本近い数――放てるものはそういない。いくらかいた近衛も、あちこちに矢が突き立ってすでに動かない。うめき声ばかりが門前に響いていた。


 ふうと息を吐いて額の汗を拭うマーガレットは、敵影がないことを確認する。


「壁の類は立てられませんか?」

「すまないが、攻撃魔法の方が得手でね。床を崩すぐらいなら出来るんだが」


 本来ならここで、『障壁』の呪文でも使えればいいのだが、彼女は自他ともに認める"攻撃的な魔法使い"である。


 無論、補助魔法の類はいくつも習得しており、一部防御用の魔法――『矢避け』なども使えなくはないのだが、やはり得手とするのは『雷撃』や『力矢』といった、攻撃に偏った魔法だった。


「我々が入った後で扉に『封鎖(ロック)』でもかけるかね?」

「……そうですね、兄――ジェームズ王の力量が未知数ですので、増援は避けたい」


 小さくうなずく魔法使いを横目に、彼はぐいと玉座の間へとつながる扉を押した。




 玉座の間には、人の気配というものがほとんどなかった。本来控えているはずの家臣も、並んでいるべき近衛も。ただ、王のみがそこに座っていた。


 それは、一国の王としては、あまりにみすぼらしい姿だった。


 服装は豪華絢爛を示すような、色とりどりに輝く宝石がちりばめられていて、頭にはその権威の象徴たる王冠が輝いている。けれど、着付けは雑で、使用人が居ないのは見て取れた。王冠が登頂からややずれていても、王がそれを意に介する事もない。


 いで立ちが豪華であればこそ、そのみすぼらしさは酷く目につく。カルロは思わず足を止め、茫然としたように呟いた。


「兄上」


 そこでようやく、王はカルロの方を見る。その目に、およそ生気と言えるものは宿っていない。いっそ大木の(うろ)の方が、まだしも人間味を帯びているように思えた。


 もう一度、呼びかける。けれど、王の眼が真に彼を見据える事はない。ジェームズ王が虚ろな瞳でにらんでいるのは、彼ではなく、彼の姿と重なって見える劣等感の方だった。


「……兄上」

「……カルロ」


 互いを呼ぶ声に、情はない。


 ただ、殺意だけがある。


「この国の明日のため――お命、頂戴する」


 剥き身の剣が玉座に、そして王へと向けられる。そうして王も、ようやくその座から離れ、立てかけてあった剣を手に取り、抜き放った。


 鈍く銀色の光を放っていたはずの、竜を討ったその刃は、いまや混沌の――死んだはずの邪竜の残滓に貪られ、黒い刀身をさらしている。それを天に掲げるように構えて、王は言う。


「俺の安息のために――死ね、カルロ」

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