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青空旅行記  作者: 秋月
三章 騎士の国ロザリア
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百四話 正念場

「そうか、王が……。分かった、詳しくは後で聞く。今は休むと良い」


 話を聞き終えると、公爵はそう言って疲れ切った様子の老臣を下がらせた。


 語られた言葉は重く、ふう、と小さくため息が吐かれた。横で聞いていた、完全な部外者であるディロックにも、その事態の重さがありありと伝わってきた。


 このままでは、全面戦争は免れない。


 それが何を意味するのか、分からない程馬鹿ではない。


 どうする、という無言の視線を、不躾に公爵へ送る。マーガレットが咳払いするが、この場は取り繕っても仕方ない。カルロもまた鷹揚にうなずくと、計画の変更が必要だと言った。


「あまり猶予はない。戦力は集まりつつある。本格的な衝突が始まる前に、決着をつける必要がありそうだ」


 そう言って彼は、机に備え付けてあった鈴を鳴らす。リン、と涼し気な音色が響いてから少し経ってから、こちらへと早足で来る足音を彼の耳が捉えた。


 扉を開けて入ってくるのは、公爵の側近数人である。彼らは迅速に壁際に並び、皆一様に緊張した面持ちでカルロ公爵の方を見ていた。


「急な呼び出しで済まない。国王から、全面戦争の宣言があった」


 ざわつきはない。だが微かな動きを見るに、静かな驚きが家臣たちの間を走った事は想像にたやすい。彼らは今にも問いかけを放ちたい顔をしながらも、次の言葉を待っている。


「短期決戦を狙わねばならない。お前たち、戦の準備の"ふり"をしておいてくれ。私たちは別途に準備を整える」


 ふり。その言葉の真意を測りかねたのか、一瞬、臣下たちは顔を見合わせた。しかしすぐに公爵の方へ向き直ると、御身のままにと答えて一斉に立ち去った。


 ばたん、と最後の一人が扉を閉めれば、残るのは公爵とその護衛、そして旅人二人。


「それで、どうするつもりかね、公爵閣下?」

「言った通り、短期決戦だ。戦力を別に集中させておいて、本丸だけを落とす」


 被害を抑えるにはそれしかない。頭を抱えながらも、彼はそう言いきった。マーガレットも頷き、ディロックでさえその意図は理解していた。


 正面衝突を起こせば、国も、民も、疲弊は免れない。それは、国家が死へ至る疲弊だ。簡単には治せない傷になるだろう。それでは、どちらが勝っても結末は同じだ。


 故の直接攻略――今回の騒動を束ねる、公爵の兄にして現国王、ジェイムズを討つほかない。


 良いのか、と彼は問いかけた。カルロは、首を縦に振った。悲痛な表情であった。


「私は公爵です。王が狂えば、その代わりを務める。決められていたことです」


 ――たとえ兄を討つ事になっても。


 悲壮な覚悟が、その顔からは見て取れた。


 良い兄だったのだろうか、とぼんやり考える。今の惨状を見ればそうは思えないが、しかし、ディロックの知っている王とかつての"王子"のイメージは随分かけ離れているように思えた。


 しかし、それは関係ないと首を振り、尋ねる。予定はかなり狂っているが、しかし短期決戦と言うのであれば策はあるはずだ。


「王宮と繋がる隠し通路が近くにある。これを通って、私が直接王を討つ。それより他にない」

「公爵が? それはいささか無謀ではないかね。」


 精鋭を指し向ければいい。マーガレットがそう言った、しかし彼は、そうもいかないと返してため息をついた。


 隠し通路は、王族と、それの許可した数人でしか入る事はできない。そのような魔法の封がかかっているのだという。


 たしかに、考えてみればそういった封があって当然である。万が一暗殺者がその道を通ってくる事などあれば、隠し通路の意味がない。


「マーガレット、解除できないか? 本丸同士をぶつけ合う事になるぞ」

「無茶を言うな! ああいった封印は古の(まじな)い。現代の『解呪(ディスペル)』など通じんよ」


 不安の残る話だ。噂を信じるならば、ジェイムズ王は、奇妙にもそれまで持っていなかったはずの強い力を持っている。実際に見たことはないが、しかしロザリアの騎士があっさりと討ち死にするほどの力である。


 隠し通路以外を通ればと思ったが、その思考はそれを考えたディロック自身が真っ先に首を振って潰した。駄目だ。


 彼が護衛中に常に感じていた視線は、おそらくは王の外法の一つだ。あの使い魔のようなものが存在する以上、外を行けば必ず見つかるだろう。外法とはえてして理不尽な物なのだ。


 考えれば考えるほど、公爵の案に乗る他ないように感じる。ディロックは唸った。それは、相当危険な賭けである。


 王との決戦がかなったとしても、それに勝利できるかはまた別だ。そして王宮の守りは、この国で最も強い騎士が固めているだろう。ただでさえ戦力が不明な王と、ディロックが勝てる保証もない正騎士。


 どちらも相手にするのは、あまりにも不安要素が多く感じられた。


 やるしかない。やるしかないのだ。不安が渦を巻く中、彼は剣の鞘を指でなぞった。


 勝てるか、と自らに問いかける。俺は正騎士に勝てるかと。


 その為の最善を尽くすつもりだ――だが、未だに自信はない。剣聖を、最も正しいと称えられる騎士を、乗り越える事が出来るだろうか。


 正念場だ。マーガレットか、カルロ公爵か、はたまた彼自身か。誰ともなく呟いた言葉が、緊迫した部屋の空気にしみこんでいった。

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