百二話 争いの風
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大変申し訳ございません。
これから更新速度が戻って行くと思いますので、
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翌日の朝になり、ディロックはマーガレットの案内のままに、シェンドラ公爵と再び対面することとなった。
応接用の部屋には今、ディロック、マーガレット、そして公爵とその護衛数人しかいない。ゴーンもフランソワも、血生臭い話をするには幼すぎる。
対面した公爵は難しい顔をしていたが、以前のような威厳ようなものは幾分か薄まっているように彼には感じられた。
誰もが喋らない、しんとした空間で、公爵の口が重々しく開かれる。
「それで。結論を聞きたい……君は受けるのか、受けないのか」
「受ける」
彼はハッキリと、迷わずに断言した。一瞬、公爵がぴくりと眉を動かして、思わず何故と問いかけた。
それは至極まっとうな質問である。確かに決断の猶予として一日は与えたが、しかしそれでどうにかなる問題ではない。
彼は負傷しており、またロザリアの住民と言う訳でもない。路銀の問題も護衛の報酬で充分賄える程度であり、彼がこの国の内乱に手を貸す必要はほとんどないのである。
ディロックは短く目を泳がせると、疲れた風に吐き出した。
「見捨てたくないからだ。見捨てれば、苦しい。ずっと目を逸らすことになる」
彼の経験から導き出された、シンプルな答えだ。もう後悔で苦しむのも、自分の罪から目を逸らし続ける事も、嫌だったのである。マーガレットが小さくくすと笑った声が聞こえた気がした。
だが、と語気を強め、彼は一つだけ付け加えた。条件があると。本来はどちらかと言えば弱い立場にある、被依頼者の彼が条件を足す。そのことに公爵は首を傾げたが、小さく頷いて、条件を言うよう促した。
「ローラインを出すな。――正騎士は、俺が倒す」
「なっ!? ……失礼。しかしあなたは、一度正騎士に敗れているでしょう」
契約不履行は困る、と無言の視線が彼を貫いたが、それを務めて無視し、彼は告げた。あの時とは状況が違うと。
正騎士に敗北した時、彼は重荷を背負ったような状態であった。逃走の要であるマーガレットが動けない以上、彼は黒騎士の襲撃を警戒しながら、国一番の戦士と戦わなければならなかったのだ。
しかし彼単独、あるいはマーガレットと二人で挑むのであれば、話は違ってくる。彼は周囲に気を配らなくて済み、最悪の場合でも、一騎打ちにこだわらないのであれば、彼女に魔法を撃ってもらえばいいのだ。
それでも一筋縄では行かないかもしれないが、二対一で持久戦に持ち込めば勝てるという確信があったし、何より彼には一つの策があった。
あまりにも自信ありげに語って見せる彼の姿に、公爵は頭を抱えた。
公爵の祖母ローラインは、間違いなくこの国で最強の剣士である。当代正騎士たるローガンと戦って確実に勝利を手にできるのは、まず間違いなく彼女以外いないだろう。
だが、その切り札を出さない事が、彼を雇う条件なのだ。公爵は恨めし気に目頭をもみながら、唸るように言った。
「聞いてもいいだろうか。何故、私の祖母を気遣ってくれる?」
「俺は、自分が苦しむのは嫌いだ。だが、他人が苦しむのは、もっと嫌いだ」
――家族と話したいだけ話し、穏やかに死ぬべきだ。
それだけだと言って、彼は深く頭を下げた。
無茶を言っているのは百も承知だ。この窮地に、切り札を禁じるなどと。それに、確かな本音を伝える為とは言え、およそ貴族に対する礼儀はまったくなかった。
貴族の名誉だのなんだの、複雑な事は知らない。だが、もし無礼だと感じたのなら、首を落とすと決断されても否を言うつもりはなかった。彼にとって
深いお辞儀は、それを示す為の行為でもある。
頭を下げ続ける彼をどう思ったのか、公爵は何分か考えこんだ後に、顔を上げてくれと頼んだ。
「……あなたを信じます。ですが、もしあなたが再び敗北した時は」
顔を上げたディロックもそれには頷いた。自分が死んだあともわがままに付き合ってもらう必要はない。
契約成立であった。報酬は金貨が百と少し、それから罪と向き合う機会。十二分だ、と彼は笑って見せる。
そこでようやく、マーガレットが口を開く。仕事のこまごまとした部分を詰めようというのである。なにやら難解な会話を始めた二人を後目に、こまかな調整は彼女に任せ、彼はほっと息をついた。
その時――扉が、バタンと大きな音を立てて開け放たれた。鋭くそちらに視線を向ければ、そこには優美な服装を泥と傷だらけにした男が一人立っていた。
公爵がハッとして立ち上がると、男がふらりと倒れそうになり、慌てて支える。息も絶え絶えな男は、それでも公爵の方を見て言った。
「カルロ公爵閣下、ご無礼をお許しください。急ぎ伝えねばならぬ事があるのです!」
「お前は、大臣か? 無礼を許そう、何があったか述べよ」
椅子が用意され、大臣はそこに降ろされた。そうして荒い息を整えながら、悲壮な声で語った。驚くべき報告に、マーガレットも、公爵も、そしてディロックも目を見開いた。
「閣下、国王陛下はご乱心です。――公爵家に、全面戦争の通告を出されました!」