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4.獣未満

「頭目、このままで大丈夫っすか?」


 野盗たちが手こずっているらしい声が聞こえる。

 農場主であるケント殿がいない間を狙った、用意周到な奇襲のはずだったらしい。

 しかし、チェインズ農場の奴隷たちの動きは思いのほか良かった。これまでに襲ってきた農場や牛車とはまるで違うとの評価。


 今も強堅な圧搾場にこもって、散発的な反撃を続けている。

 火で燃やされそうだったが、その尽くは意思を持ったような濁流がかき消したらしい。某の頭に、半水妖精であるハープルーの姿が浮かんだ。

 小汚い格好をした下っ端の一人が、頭目らしき巨漢に弱音を吐くのも無理はない。


「まだマシだろ。あのわけ分かんねぇ水妖精モドキはもういない。この場所だってもう少しすれば制圧できる。いよいよとなれば、奥の手だってあるしな」


 対して、大柄な頭目は冷静な声で返した。

 見て聞きて嗅いで尋問して集めた情報によると、濁流を操っていたハープルーは、塩棒を応用した兵器と死角からの一斉射撃で無力化されてしまったらしい。

 奴隷たちを統率している炎鬼ダブロッドは、野盗たちにとって難敵ではある。

 しかし、だからこそ頭目自らが抑えに回っているのだろう。


「へぇ、でしたら奴隷どもはこのまま釘付けってことで」

「ああ、それでいい」


 この圧搾場に奴隷たちが押し込められている間にも、野盗の分隊によって屋敷の財産は強奪されている。

 目的は殺すことではなく奪うこと。

 制圧の仕方や装備品などからも考えて、かなり周到な計画であることが伺える。


 だが、某に賊連中の企図に付き合ってやる義理はない。


「しっかし、案外上手く行くもんで――バガッ!?」


 直後、下っ端の頭を破裂させた。

 某からの遠距離攻撃による光景は、場の空気を一瞬止める。


「ちっ、新手か! 野郎ども、いったん退くぞっ!」


 だが、すぐ次の瞬間に頭目は立ち直って撤退命令を下した。

 判断も早く的確。

 屋敷を略奪している分隊や、そもそもの主目的を考えれば、頭目の決断は間違っていない。


「つれないことを言うな。後は貴様らだけなんだ。某の仕事を完遂させるがいい」


 間違っていたのは、某という規格外な戦力への備え。

 先ほど、下っ端野盗の頭を爆ぜさせたスリングによる投石はまだ続ける。

 何万回繰り返したかも数えていない動作は、この戦場にあっても問題なく発揮できる。

 (つぶて)を野盗たちに命中させるのは、作業と言えるほど簡単な攻撃だ。


「ギャッ!?」

「ぴぎっ!」

「痛ってぇな!」


 ギリギリで対応できたのは、部下を盾にした頭目のみ。

 それすら、石がかすった二の腕は肉をえぐり血をボタボタと流させる。

 そして、場を仕切り直す余裕を与えるほど某は甘くない。

 即座に短刀を抜きつつ、頭目が小銃を撃つ前に低い姿勢から足首に斬りかかった。

 頭目には小銃のストックで短刀を受け止めさせてやる。


「うむ、大体読めた(・・・)。貴様は、誇りない獣未満なクズのようだな。屋敷の連中を始め、お前たち以外は既に制圧した。情報源として存在価値を示せば、我が主であるケント殿なら生かしてくれるかもな?」

「クッ、ソ……! テメェの言葉がどこまで信用できる!」


 ギリギリと拮抗する体勢の中で降伏を許可してやったが、どうやら頭目はハッタリと考えているようだ。

 この台詞は全面的な事実なのだが。


 某は状況を把握してから、野盗の討ち漏らしがないように殺害と拘束をしていった。

 すなわち、圧搾場の攻略に夢中な連中は後回しにして、手分けしてお宝探しに勤しんでいる下っ端を順番に刈り取るという各個撃破。


 緊急で駆けつけたために装備の類は貧弱だが、その程度では埋まらない差が某と野盗たちの間にはある。

 五感による索敵で必ず先手を取り、屋外での投石と屋内での短刀、ついでに鹵獲したいくつかの武器でそのほとんどを片付けた。

 ごく一部、情報源として確保した木っ端どもは、手足の健を切断した上で猿轡を噛ませてある。

 ケント殿の牛車はまだ戻らず、それだけの短時間で事は済んでしまった。


「こっ、の……犬っころがぁ!」

「ケント殿の忠犬になれるのであれば、それも悪くないさ」


 叫んだ頭目に、その体格と腕力で某の短刀を弾かせる。

 次いで、こいつは近距離ながらも身体にぶつからないよう小銃を器用に操り、正確に某の胴体を狙って発砲した。おまけに、蹴りで体勢の低い某の頭も狙うという、中々に気の利いたコンビネーション。

 いくらか正式な軍隊の流れを汲み、荒事にも慣れた戦闘方法。この野盗たちの中で、頭目の実力が図抜けていることは明らかだ。


「まあ、某にとっては誤差だがな」


 最初から感じていた嫌な臭いもあり、投降させるのも難しいと判断。

 これ以上生かしておくのも危険だと見切ると、某はあっさりと攻撃を避けつつ懐に入り、頭目の喉を裂いた。

 首から冗談のような量の血液がほとばしり、頭目の目から光が失われていく。


「かっ、ひゅ……」


 そうして、頭目だった死体はあまりにもあっけなく地面に倒れた。


「ウ、ウルヴァーン……? 大丈夫か!?」

「大事ない。ダブロッド、よくぞ踏ん張ってくれたな」


 戦闘音が聞こえなくなってから、圧搾場の中から声がした。

 奴隷たちをまとめあげ、必死に抵抗してくれていたダブロッドだ。

 事前に状況を把握していた某にとって、頭目たちの動きを制限して雑魚を狩る時間を与えてくれたこの炎鬼は、極めてありがたい存在だった。

 礼を尽くさねばなるまい。


「はぁー、本当に終わったのかよ。すっげぇな」


 圧搾場に元々あった手斧を持って、恐る恐るといったようにダブロッドがバリケードの隙間から身体を見せる。

 頑丈なはずの肌には傷がいくつも走り、所々に巻かれた血の滲んだ包帯が痛々しい。


「ダブロッド、貴様には謝罪をせねばな。火妖精の血を引いているからと辛くあたって。……貴様はケント様のために、こんなにも頑張ってくれているのに」

「いいんだよ。この農場を守るのがあたしの役目さ」


 微妙に噛み合わない気がするが、事は一段落した。場は柔らかな空気に包まれている。

 そう、今回の某は守ることができた。己の力で敵の暴虐を遠ざけ、同僚は生きていて、主命も果たせた。

 索敵した範囲で敵が残っていないことを確認し、やや緊張が抜けたまま後始末に向かう。

 某はしゃがんで、鼻に頼りながら頭目の胸元に手を突っ込んだ。


「あん? なにやってんだ?」

「いや、こいつの懐から濃厚な火薬の臭いがな。どんな奥の手に繋げるか分からなかった故、拘束せずにさっさと殺してしまったが。危険なモノなら処理せねば」

「いや、火薬って……おい、離れろ!」


 ダブロッドの注意と、某がモノの感触を確かめるのと、爆発はほぼ同時だった。

 辺りは轟音と閃光に包まれて、近くにある一切合切を吹き飛ばす。


 某は戦いの中で一合も武器を合わせれば、相手の力量や人物像を見抜くことができる。

 頭目に短刀を受け止めさせたのもそのためだ。そして、分かったことは幾つか。

 こいつは弱い者にしか暴力を振るえない。自己保身が一番な小心者の根性。扱う武器や作戦のリスクは可能な限り低くする。


 だが、果たして某の勘が鈍っていたのか。あるいは誰か別人の思惑があったのか。

 考えてもみなかった。自分の安全を第一に考える頭目が、手榴弾による自爆という殊勝なやり口を、奥の手としていたなど。

 殺気も敵意もない攻撃には反応できず、某は――。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 意識が戻った時、某は全身を焼く激痛に苛まれた。

 状況を確かめようとするが、目は薄光を捉えるだけ。鼻もほとんど利かない。辛うじて生きている触覚で、身体の様子を確かめる。

 そして……これは、右腕の肘から先が欠損してるな。

 周囲から感じる気配に声をかけようとするも、喉も火傷のような痛みに支配されている。一声を出すことにも力を振り絞らねばならない。


「だレ、か……」

「生き延びましたか、ウルヴァーン」


 某の助けに反応したのは、黒首輪であるスレイドルの落ち着いた声音だ。

 上手く見えないが、きっといつも通りの穏やかな笑みを浮かべているのだろう。

 同時に、何かしらの器具をいじっているような、カチャカチャという金属質な響きも聞こえる。


「アの、あト……」

「あなたは野盗の自爆に巻き込まれ、瀕死の重態になりました。ダブロッドがすぐにポーションを使う判断をしなければ、今頃は生きていなかったでしょう」


 合点がいった。

 至近距離での手榴弾に巻き込まれた結果だ。ポーションを使って、ようやくこの身体の状態なのだろう。

 むしろ、ポーションでも治せない部位欠損が右腕で済んだだけでも、望外の幸運か。


 ……いや。そういえばケント殿とチェインズ農場はどうなったのか。


「ケ――」

「あまり喋りませんように。それだけでも辛いのでしょう? ケント様はご無事です。今は農場の混乱を収集するために走り回っていますね」


 スレイドルの淡々とした口調に、二の句が告げなくなる。

 とりあえず、ケント殿は忙しくても危険ではなさそうだ。それを自覚すると同時に、罪悪感が心を支配する。


 情けない! これではケント殿に負担をかけてしまう!


 敵を見切ったと思いきや、最後っ屁として自爆に巻き込まれた。

 加えて、野盗との戦いで随分と失われただろう、備蓄分のポーションまでも使わせてしまった。

 慈悲深いケント殿であれば、奴隷たちにも分け隔てなく使ってくれるだろう。

 だとすると、スレイドルが用意しているらしき器具は、ポーションを使った患者への後処置のためか。


「ええ、あまり喋りませんように。あなたが何を言い残そうと無駄なのですから」

「ナ……に?」


 次の瞬間、某の喉に尖ったモノが突き刺された。


「――ヒュッ! ――――カッ!?」

「声帯と気管の切断に成功。とりあえず、これで助けは呼べないでしょう」


 某の頭を『何故』という言葉が埋め尽くす。

 さっきまで辛うじて発せていた声もなく、喉からは大気が擦過するような音が出てくるだけ。

 身体を動かそうにも、万全とは程遠い状態ではベッドの上で溺れたようにもがくしかない。

 そんな中、スレイドルが淡々とした口調のまま追い打ちをかける。


「嫉妬があなたの特権だと思いませんように。とりあえず、あなたにはあらゆる価値を失ってもらいます」


 次いで、尻尾の付け根に激痛が走った。

 無理やり意識を覚醒させられた中、やや明瞭になった視界に……その灰色の毛並みは!?


「尻尾の切除成功。ケモミミは火傷で見るも無残な状態ですし、ケモシッポも爆発のせいで(・・・・・・)千切れてしまいましたね」


 某の……某の尾が! やめろ、無造作に扱うな!

 まさか、貴様が用意していた器具はこのために!!


「かっ……ひゅっー……!」

「あがきますね、ウルヴァーン。しかし、あなたはもう詰んでいます。その身体で、これからどうやってケント様に愛していただくつもりでしょう?」


 決まっている、この武力でだ! 右腕と尾は失ったが、ここはチェインズ農場。ポーションには事欠かない!

 ほどほどに静養したら、欠損した部位を補って余りある鍛え方をしてやる!

 かつて同胞が焼かれた絶望に比べれば、この程度が何のことか!

 それに、お優しいケント殿が某を見捨てるはずもない!


「ひゅふ! ひぃん……ひぃぃん……!」


 そう意気を叩きつけたいのに、喉からは空っ風が漏れるだけでマトモな言葉にならない。

 目に映るスレイドルは、一緒に白湯を飲んだ時のように穏やかな笑みを浮かべたままだ。


「『戦いで挽回してみせる』とでも言いたげな顔ですね。ええ、ケント様は使えるモノは使う主義なので、その考えは間違っていません」


 この金髪黒首輪は他者の思考が読めるのか?

 以前は嫉妬する程にずっとケント殿の側にいて、見慣れていたはずの顔。

 その奥底に、戦闘での強敵とは違う得体の知れなさを感じて背筋が凍る。


「そして、あなたなら復帰して見事に達成してしまうかも知れない。だからこそ、今ここでトドメを刺すことに意義があります」


 ……いや、この女は少しばかり生の感情をさらけ出し過ぎたな。

 『嫉妬があなたの特権だと思いませんように』か。


 かつて、ダブロッドを始めとした……愛妾たちに突っかかっていた某なら分かる。

 つまり、こいつは正攻法で……ケント殿の寵愛を、独り占めにする……自信がないのだ。

 だから……こそ、某のような……ケント殿に、近しい者を排除しようと……する。ああ、これだと……ダブロッドや、ハープルーも……危険なのが……心残り、だが。

 呼吸ができず、そろそろ……頭に(モヤ)がかかってきた。惨め、ではあるが……せめて……この、暗い優越感を胸に、死に……行くと、しよう。

 何せ、ケント殿は月狼を……某を――。


「付け加えれば、ケント様はあなたのことなど愛していません」


 ――それは。それだけは聞き捨てならない台詞だった。

 月の女神に召される寸前の頭が定かになる。

 この女は、負け惜しみでも言っているのか?


「ケント様が愛しているのは、月狼……もっと言えば毛皮のある獣人という種族そのものですよ。その中でも、あなたは分かりやすい性格と能力を持っていたからハーレム要員に選ばれたに過ぎません」


 な……に、を?

 ケント殿は月狼が好きだったはずだ。某だって月狼だ。だからこそ、出会った時には惜しみなくポーションを使って傷を癒してくれたではないか。そんな浅はかな嘘が通じるものか。今だって、月狼たちのことを保護してくれている。『君のことが個人的に気に入った』とまで言われた。種族違いなのに幾度も抱いてもらった。某の牙の跡を突いて思い出して貰うのは愛情の証で……何故。


「ひゅっ……ヒクッ……」


 何故、某はこんなにも不安になっている?


「ケント様の節操のなさにも困ったものです。獣人を囲うためだけに、どれだけのカネと手間を使うのか」


 根拠のない話だ。

 某を絶望のままに死なせようとする魂胆だ。

 耳を貸してはいけない。

 だというのに。


「ああ、しかし。あなたの毛皮はもうズタズタですね。耳も焼けてしまっています。尻尾は千切れてしまいました。それこそ、ポーションでも回復しないほどに」


 その言葉は、圧倒的な重みを持って某を押し潰そうとする。

 ケント殿にとって最も近い位置に一番長くいて、おそらくは様々な機密も知っているであろう女の台詞だ。

 無視を許さない異様な雰囲気がある。


「ねえ、ウルヴァーン。獣人たるあなたにケント様が求めていた役割。それは戦闘力とその毛皮。どちらも失った獣未満のあなたに、生きている価値はあるのですか?」

「…………ぁ」


 某の価値。

 もうすぐ命を失い、仲間を守ることもできなくなる。

 焼けただれた身体を見て、ケント殿は愛してくれるのか。

 この信仰は……ケント殿への崇敬は何だったのか。


「ケント様は獣耳も尻尾も愛しています。ただ、それだけを愛しています」


 意思が霧散し、命の灯が消える実感がある中。その言葉だけが某の心にストンと落ちた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 野盗どもの後処理の合間に、時間を作ってウルヴァーンの見舞いに来た。

 今回のダメージは大きい。施設はことごとく荒らされている上に、奴隷たちも少なくない数が殺された。通常作業に戻るまで、どれだけの時間と手間とカネがかかることか。

 不幸中の幸いなのは、賊をウルヴァーンが殲滅してくれたくらい。

 しかし、あいつは最後に頭目の自爆に巻き込まれて瀕死の重態らしい。


「馬鹿が……」


 ウルヴァーンの戦闘や索敵は極めて貴重な能力だし、ケモミミとケモシッポというだけで俺のハーレム入りには十分だ。

 それを、つまんねぇ罠に引っかかって台無しにするとは。

 考えを巡らせながら歩く内に、医務室の前に着いた。善人の仮面を被り、ノックをしてからドアを開ける。


「邪魔をするよ」


 種々様々なポーションの臭いがツンと鼻をつく。これは月狼のウルヴァーンじゃなくてもキツイだろう。

 そして、< ステータス看破 >を持つ左目で室内を見渡すが……生き物の反応は、俺を除いて一つしかない。


「申し訳ありません、ケント様。ウルヴァーンに峠を超えさせることができませんでした」


 答えたのはスレイドルだった。

 その手や服は血とポーションに塗れていて、いつもは結い上げている金髪は散々に乱れている。

 ベッドにはボロ雑巾のような灰色が置かれていた。おそらくは、これがウルヴァーンの成れの果てだろう。


「いや、ダブロッドからも話は聞いている。半死半生だったってな」


 そして、ウルヴァーンは死んじまう方を引き当てた。

 左目で見たが、スレイドルの言葉に嘘はない。こいつも必死に看護をしてくれたのだろうが、運がなかった。


「それで、ケント様。この遺体はいかがいたしましょうか?」

「あー……一応は弔ってやるか。農場を守って奮戦した挙句、名誉の殉死だからな」


 ウルヴァーンの活躍は見聞きしていた奴隷も多いはず。

 ここで扱いを疎かにすると、後々の士気に関わるだろう。


「かしこまりました。ケント様ご自身が何かなさることは?」

「ない。ケモミミやケモシッポから毛皮まで、何もかも台無しになってんじゃねぇか」


 多少なりとも原型を留めているなら愛着があったかも知れない。

 だが、左目で見ても反応がないということは、もはや単なる物になってるってことだ。

 となれば、後はどうやってこの死体を活用するかだけ考える。


「葬儀の手配は月狼式に。保護区の連中にも伝えて、参列を許してやれ。そこで新しいケモミミ枠も見つけるかね」

「承知しました」


 指示は出した。農場の後始末に戻らないと……と、思いきや。

 いつのまにか、スレイドルがこちらへ寄って来ていて、おもむろに俺の肩を揉み始めた。


「……? 何を?」

「お疲れでしょうから、マッサージを。ポーションも塗りこんでおきますので」


 そう言いつつ、俺の襟の辺りから手を入れて、首や肩まわりの素肌をギュムギュムと圧迫する。

 粘度がある軟膏状のポーションを使っているようで、しばらくマッサージされていると効能が出始めた。

 火照っていた頭や疲れていた目も少し落ち着き、冷静に後処理ができそうだ。


「ありがとうな、ちと焦ってたわ。こういう時こそ体調管理しねぇと」

「ええ。ケント様のお力になれて、わたくしも嬉しく思います。他に疲労や怪我などはございませんか?」

「んー……」


 首を振り、腕を回し、屈伸や伸脚で体調を確かめてみる。普通に動いた。

 後で専門医に診てもらう必要はあるだろうが、動悸も息切れもない。


「うん、問題ないな。少なくとも見える範囲では、上から下まで傷の一つもない」

「大変喜ばしいことです。ケント様のお体は、何にも代え難いものなのですから。どうか、傷など付けられませんよう」

「そりゃ無理だ。傷くらい、異種族とヤってりゃ数え切れないくらいあったろ。またポーションで治すさ」


 引っかかれたり噛み付かれたりは序の口。

 酸みたいなもんで表面火傷をしたこともあったか。

 その程度、いちいち覚えてられねぇよ。


「ともあれ、そろそろ俺は仕事に戻る。広場に顔出して演説と指示出しをするから、スレイドルは葬儀の手配や事務関係をよろしく」

「承知しました」


 スレイドルはそう言って、表情が見えないほどに深く頭を下げた。

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