エリちゃんは入院中
二話目のお話のエリ視点です。
足が痛かったので片足を引きずって歩いてたら、お母さんに「オーバーねぇ。」って笑われた。
別にオーバーにしてたつもりはないんだけどな。でもその夜から熱が出て、近所のお医者さんの風邪薬でもよくならなかったので、大学病院に入院した。
熱の原因がわからなかったので、隔離病棟というところに入ったよ。
夜になってお母さんが帰ってしまうのを「帰っちゃやだぁー。」と泣いて引き止めたら、お母さんも泣きそうな顔をした。
「ごめんね。お父さんも単身赴任だから名古屋に行っちゃったし、お姉ちゃんとユリは一日中お母さんがいないのを辛抱してくれてるのよ。エリもちょっとだけ我慢して。寝るまで側についてるから。」
「明日も来る?」
「うん。絶対に明日の朝も来るからねっ。」
高い熱がお薬が効いてやっと微熱くらいになった時、感染しない熱だからってお部屋が三人部屋に変わったの。窓際は血の病気のカナちゃん、真ん中は腎臓の病気のチサちゃん。私は看護婦さんの部屋に一番近い廊下側のベッドだった。一緒の部屋の二人は私よりお姉さんだったから、威張ってる。でもチサちゃんはたまに看護婦さんのお部屋で夜に一緒に遊んでくれる。
「なかなか下がらないなぁ、熱。また薬を変えてみるかな。エリちゃん、お母さんが来たら看護婦さんに先生を呼んでって言ってもらってくれる?」
「うん、わかった。」
お母さんがイケメンだねって言っている林先生が朝の検診でそう言った。その後はまた採血だ。私は左の手を台の上に乗せると、右手で目を隠して顔を伏せた。
「最初はぎゃーぎゃー言ってたけど、エリちゃんも入院に慣れたわねぇ。」
と言いながら看護婦さんが血を取る注射をする。
慣れてないもん。やだもん。早く取ってよー。
いつもよりちょっと遅めに来たお母さんは腕に一杯の荷物を抱えていた。
「エリ、幼稚園の友田先生が本を持って来て下さったわよ。エリちゃんは本が好きだから面白い本を選びましたって言ってらしたの。見る?」
「うんっ。そっちの長いのは何?」
「これはねぇ、ふふふ、エリが欲しいって言ってたサリーちゃんの魔法の箒!おじいちゃんが買ってくれたのよ。」
「やったぁー。」
「包装紙を剥がしてここに立て掛けとくね。」
お母さんはガサガサと紙を取ってベッドの側に箒を置いてくれた。
「お母さん、林先生がまた薬を変えるから看護婦さんに呼び出ししてもらってくださいって言ってたよ。お話があるんじゃない?」
「・・・そう。今度のも効かなかったのね。わかった。詰め所に行ってくるね。」
サリーちゃんの箒をなでなでしてから友田先生がくれたピカピカの本を開く。
「お手伝いねこ? ふーん面白そう。」
本を読んでいるとお母さんと林先生がやってきた。
「おっ、こりゃあなんだ?」
林先生が魔法の箒を手に取る。そうして跨って空を飛ぶ格好をする。
「サリーちゃんの箒だよ。先生は大人だから飛べないのっ。」
「そうか。ごめんごめん。エリちゃんの箒で先生が飛んじゃダメだな。お薬の事、説明しておくね。こっちの小さい薬は強い薬だからこれ以上続けて飲んだらいけないんだ。だから数が多くて飲むのが大変だと思うけど、こっちの薬を五個飲むようにするからね。それで、注意することだけど・・。」
「わかってる。暴れて身体をぶつけたらダメなの。血管が切れるから。点滴の手は動かしちゃダメ。」
「よっし。よくわかってるな。じゃお母さん、面会の件は廊下で遠くからでお願いします。接触は控えて下さい。」
「わかりました。ありがとうございます。」
言う事だけを言うと、林先生は忙しそうに病室を出て行った。
「面会って、誰か来るの?」
「うん。お姉ちゃんとユリがエリの顔を見に来たいんだって。でも子どもはここの病棟に入れないでしょ。だから先生に相談したの。」
「ふぅーん。」
何か月もお姉ちゃんやユリに会ってない。どうしてるのかなー。王子様の役は誰がやってるんだろう。ユリはお姫様ごっこが好きだから、お姉ちゃんが付き合ってるんだろうか。
一時半の面会時間が来ると、お母さんが「迎えに行ってくるね。」と言っておばあちゃんたちを呼びに行った。しばらくして、「エリ、ちょっと廊下に来て。」と言われたので、ユリたちに見せてあげようと思ってもらったプレゼントを両手に抱えて廊下に出て行った。
小児病棟の外れの廊下におじいちゃんとおばあちゃん、そして久しぶりのお姉ちゃんとユリが固まって立っていた。「ここでストップ。」と言われてお母さんと立ち止まったのは、ユリたちの声がやっと聞こえる所だった。
「エリ、気分はどう?まだ熱があるの?」
おばあちゃんは心配そうだ。なんだか一回り身体が縮んだように見える。
「「エリィ~。」」
お姉ちゃんとユリが手を振るので、サリーちゃんの箒を落としそうになりながらぎこちなく手を振った。お母さんが慌てて私から箒を取り上げて持ってくれた。
「元気だよ。お熱はあるけど歩けるようになった。おじいちゃん、サリーちゃんの箒ありがとう。」
「ああ、大事にするんだぞ。」
「うん。」
するとユリが、「いいなぁー、エリだけプレゼントもらって。」とぶつぶつ言い始めた。あっ、私だけもらったんだ。私は手に持っていた友田先生がくれた本をそっと後に隠した。お母さんが「それじゃあ、エリが疲れるといけないからこれで。お義父さんお義母さん、後で変わります。」と言うと、ユリとお姉ちゃんは「「じゃあねー、エリ。がんばってねー。」」と手を振って帰って行った。
いいなぁ、お家。エリも一緒に帰りたい。
その後、変わり交代でおじいちゃんとおばあちゃんがベッドの側まで来てくれた。大人は入れるのだ。子どもはどんな菌を持っているかわからないし、病室の中の病気の菌がうつるかもしれないからお姉ちゃんとユリとは握手できない。
みんなが帰って、お母さんも下まで送って行ったので一人ぼっちになった。
「・・・さみしい。」
私が泣きそうになっていると、カナちゃんが吐き捨てるように言った。
「家族が来るだけいいじゃない。」
・・・そう言えばカナちゃんのお母さんは、カナちゃんと同じ病気で亡くなったんだ。お父さんと叔母さんという人が仕事の帰りに一週間に一度ぐらい来るだけだ。二人が来た時も甘えているカナちゃんを見たことがない。静かに一言二言話しているだけだ。長い入院生活。カナちゃんはどんなに寂しいだろう。私はこぼれそうになった涙をぐっと堪えた。
そんな私達の空気を知ってか知らずか、賑やかな先生がやって来た。カナちゃんの主治医の佐藤先生だ。「こんちはー、みんな気分はどうかな? あっ、エリちゃんそれは何だ?ちょっとまたがらしてっ。」
佐藤先生もサリーちゃんの箒に跨る。どうして先生はみんなこれに跨ろうとするのだろう。・・・この後チサちゃんの主治医の藤堂先生もこの箒に跨った時に、私は確信を持った。お医者さんは全員サリーちゃんの箒が好きなんだ。
その日の夜、看護婦さんの夜回りが済んで皆が寝静まったのを見計らって、エリはベッドの上に起き上がった。枕元に立て掛けてあった魔法の箒を手にすると、それに初めて跨った。
ファ~ン。
箒はエリを乗せてゆっくりと上昇する。
「マハリクマハリタッ。」エリが小声で呪文を唱えると、病室の窓がスッと消えて風が部屋の中に吹き込んでくる。夜空の星がチカチカ光って道案内をしてくれるようだ。
「飛べっ!」
箒はエリを乗せて勢いよく夜空に飛び出していく。十四階の小児病棟からは空がとっても近い。エリは滑るように空を飛んで行った。風がびゅんびゅん顔にあたる。
「しっかり箒を握ってなきゃね。落ちたら血管が破れて先生が心配しちゃう。」
その時エリは空を飛んで家まで帰って来ていたのかもしれません。
次の日、病院にやって来たお母さんに「洗濯物を入れるのを忘れてたよ。だめじゃない、おかあさん。」
と言えたのですから・・・。
この後しばらくしておばあちゃんが入院したので、お母さんがエリを無理矢理お家に連れて帰ったのでした。(苦笑)