ちえちゃんとスズメのえさ
幼稚園の年長組、後半向けです。
幼稚園のまつ組さんは今、議論の真っ最中でした。
みんなが心をこめて用意していた餌をスズメが食べに来ないのです。
「まつ組さんたち、どうしたらスズメさんたちが餌を食べに来てくれるのかみんなで考えてみてくれる? 先生も困っているのよね。教えてくれたら嬉しいわ。」
しっかり者の白神先生が困っています。
みんなで先生を助けてあげなければいけません。
手を挙げて発表するのが大好きなさっちゃんが一番にハイハイハーイと手を挙げます。
「はい、さっちゃん。何かいい考えがあるかしら。」
「はぁい。餌を置く場所を変えたらいいと思います。」
「どうしてそう思うのかしら。」
「・・・えーとっ、今置いてるとこは男の子たちが乱暴に走り回ってるから、スズメさんは怖くて近寄れないんじゃないかしら。」
さすがさっちゃんです。まつ組さんたちは感心して、みんなほぉーと聞いています。
「なるほどね。それじゃあどこに置いたらいいかしら。」
みんなは我先にと思いついた場所を叫びました。
「ブランコ!」
「ダメだよ、ぶらぶらゆれて餌がこぼれるじゃないかっ。」
「ジャングルジムっ。」
「僕たちが登れなくなるよ。」
「裏の畑っ。」
「へー、いいんじない。」
「でも葉っぱも食べられたらどうすんだよっ。」
「葉っぱの所から離れた所に置けば?」
「ふんふん、それだったら大丈夫かも。」
こうして餌置き場を裏の畑に置くことが決まりました。
先生は発表をしなかった子にも意見を聞いていきます。
「ひろくんは、どう思う?」
「・・・それでいいと思う。」
「れいちゃんはどうかな?」
「・・えーとぉ、えーとぉ、裏の畑だけだったらさみしがりのスズメさんが困らないかな。」
うわぁ、いつも大人しいれいちゃんがりっぱな意見を言いました。みんな感心しています。
先生はうんうん頷いています。
「そうねぇ。れいちゃんはいい意見を言ってくれたわ。餌置き場を増やしてもいいかもしれないわね。」
「そんなら、まつ組さんの部屋の前っ。」
「バカねぇ。そこにスズメさんが来ないからみんなで考えたんでしょ。」
「だって、だってさ。裏の畑なんかに置いたらスズメが来てるのか来てないのか誰もわからないじゃんか。」
「けいくんにさぁーんせい。」
「ぼくもっ。」
「あのー、下に置かないで屋根の近くにぶらさげたらいいんじゃないかなぁ。だってスズメは空を飛んでるもん。高い所のほうが手が届くよ。」
「ばぁーか。スズメに手はありませんーっ。」
「バカっていう奴がバカっ!」
「お前がおかしなことを言うからだろっ。」
男の子たちがもめ始めました。
「はいはい、そこまでよ。こうちゃん、・・こういう時はどう言うのかなっ。」
白神先生の目でじっと見られるのは怖いのです。
「・・・ごめんなさい。バカって言ったらいけませんでした。・・でも手ないもん・・。」
「そうね。スズメは手が無くて何があるんだったかしら?」
「羽ッ!」
「羽がある。」
「なるほど、だからけんちゃんは屋根の近くに置くのを勧めてくれたのねぇ。いい考えだわ。」
白神先生も感心しています。けんちゃんはよく図鑑を見ているので頭がいいんだな。
「でもどうやって餌台を置こうかしら・・・。」
「先生、ぶらさげたら?風鈴みたいにぶらさげたらいいんじゃないかな?」
「まぁ! フミちゃんは風鈴を知ってるの? すごいわねぇ。」
先生に褒められてフミちゃんが照れています。でもなんだか嬉しそう。
こうしてまつ組さんの部屋の前の軒下に餌籠がぶら下げられることになりました。
「これだけで大丈夫かしら?ちえちゃんはどう思う?」
何も言ってなかったちえちゃんは困りました。
本当は、ちえちゃんも考えていたことがあるんです。
でもみんなが次々に意見を言っていたのでお話をする暇がありませんでした。
先生に聞いてもらったので、おずおずと立ち上がって勇気を出して言ってみました。
「・・・あのぅ、スズメは自分の餌だってわからなかったから食べなかったんじゃないかな。だから、だから・・・餌の所に『スズメのえさ』って書いといてあげたら食べてもいいとわかると思います。」
白神先生はびっくりしたような顔をして、それから感心していいました。
「まぁ、それは先生も思いつかなかったわ。とってもいい考えね。じゃあ、ちえちゃんその札を書いてくれる?今度、雨が降っても消えないマジックを用意しておくからね。」
ちえちゃんは先生にそう言ってもらって誇らしい気分になりました。
「はい。書きます。」
大人しいちえちゃんでしたが字を書くのは得意なのです。おばあちゃんは左利きのちえちゃんを心配していますが、お母さんは器用に字も書けるし絵も上手だからこれでいいと言います。
お家でも先生ごっこをしてエリとユリに教えているのです。
ちえちゃんは二枚の札に字を書きました。
『すずめのえさ』
今日もまつ組さんの部屋の前の軒下で、その札が風鈴の下にぶらさがっている紙のように風に吹かれてくるくると揺れています。
スズメたちはその札を時たま覗き込んで不思議そうに首を傾げているのでした。
白神先生はとても力のある先生でした。いまでもこの時の対応を感謝しています。