妹の入院
前回は幼稚園でしたが、今回は小学校の低学年向きに書きました。
ちえちゃんがお外で遊んでいた時でした。お母さんとお父さんがエリを連れてお家から出てきました。
「ちえちゃん、エリのお熱が下がらないの。お父さんと一緒に病院に連れて行ってくるからお家でユリと遊んでいてね。おばあちゃんにお留守番を頼んだから、お手伝いしてね。」
お母さんはそう言って、エリを車に乗せて抱っこしました。エリの顔は熱のせいで赤くて目はうつろです。
「お姉ちゃん、いってきましゅ。」
か細い声でそう言うと、エリがバイバイと手を振ります。
お父さんが車のドアを閉めて、ちえちゃんの頭をポンポンと叩きます。
「お姉ちゃん、頼んだよ。」
「うんっ。行ってらっしゃい、お父さん。」
これは大変です。エリは風邪をひいたのでしょうか。
寝てる時にちゃんとお布団をかけないからだよ。エリは寝相が悪いからなぁ。
それよりお家に帰らなくてはなりません。ユリが悪さをしておばあちゃんが困っているかもしれないからです。
エリとユリは双子です。見た目はエリのほうが元気でユリのほうが大人しく見えるのですが、本当はユリのほうが悪さをするのです。ちょっと目を離すと危ないことをしでかします。足の悪いおばあちゃんだけのお守りでは、おばあちゃんが大変でしょう。
ちえちゃんはお家に駆けて帰りました。茶の間にはユリがポツンと座っています。
「おばあちゃんは?」
「職場におじいちゃんを呼びに行った。」
ちえちゃんの家は家族で畳を織っています。おばあちゃんが夕食の支度をする時のユリのお守りに手伝いを頼みに行ったのでしょう。私が守りをするから、おじいちゃんの手伝いはいらないんだけどな。
◇◇◇
その日から何日経っても何週間経っても、エリは帰って来ません。エリは風邪ではありませんでした。でもお熱の原因がわからなくて入院してお医者さんに調べてもらっているのです。
お母さんは毎日病院に行って夕食の時間まで帰らないので、ユリが寂しくてぶつぶつ言います。
「エリはいいなぁ。毎日一日中お母さんと一緒なんだよ。私も病気になればよかったなぁ。」
「そんなことを言わないの。エリは毎日注射で血を取られてるんだって。ユリもそうしてもらいたいの?」
「いやだ。注射は嫌い。」
「そうでしょう? じゃあ文句を言わずにお姉ちゃんと一緒に遊ぼうよ。」
ちえちゃんとユリは家の前の川に入ってメダカを追いかけることにしました。
バケツの中にたくさんのメダカをすくって入れていると、さっちゃんのお母さんが大慌てでやってきました。
「ちえちゃん!おばあちゃんはお家にいるの?亀がっ、亀が来ているのよっ。今、ちえちゃんのお家の方に来ているわっ。」
カメ? カメはたまに川にいます。なにをそんなに慌てているのでしょう。さっちゃんの家は川の上流にあります。そこでカメが川を下っているのを見たのだそうです。
そこから大人たちは大騒ぎでした。職場にいたおじいちゃんやお父さんまでが網を持ってカメを捕まえるために川の側までやってきました。
「来たっ、来たぞー。亀さまだ。」
「あー、ありがたやありがたや。」
おばあちゃんはカメを拝んでいます。おじいちゃんは、手にマジックとお皿に入ったお酒を持っています。
お父さんが家の前でカメを川からすくいあげました。大きな立派なカメでした。
「亀様、我が家の厄災を知って来て頂いてありがとうございました。エリの病気を持って帰ってもらいたいのです。」
「失礼して背中に名前を書かせていただきます。お礼に歓待いたします。たっぷりとお酒を飲んでお帰り下さい。」
おばあちゃんとおじいちゃんはそう言って、カメの背中にエリの名前をマジックで書くとカメさまにたっぷりとお酒をふるまいました。
さっちゃんのお母さんも嬉しそうです。
カメさまは顔を赤くするまでお酒を飲んで、よっこらよっこらとヨロヨロしながら川に帰って行きました。
その日から何日か経ってエリはお家に帰って来ました。
おばあちゃんは亀様のお陰があったと、仏壇でチンチンしてご先祖様に報告しました。
「どうして何か月も経って急に熱が下がったのかわからないとお医者様は仰ってたわ。」
お母さんがそう言うのも無理はありません。お母さんは病院に行っていてカメさまのことを知らないのです。
ちえちゃんは知っています。
カメさまが川に帰る時にちえちゃんにウィンクしたのです。カメさまはお願いを聞いてくれるんだな。ちえちゃんはその事を確信しました。
だから帰ってきたエリにそのことを教えてあげました。
エリは嬉しそうに笑って、川の中に向かって言いました。
「ありがとうございました。おかげさまで元気になれました。」
川の水たちがキラキラと光ってエリの言葉を運んでいきました。
カメさま、ありがとうございます。おかげさまでエリは大きくなって結婚も出来ました。