ちえちゃんとザリガニ
娘の幼い日の出来事です。
ちえちゃんはお家の前の川で魚を探していました。
隣のお兄ちゃんが、大きなバケツの中に大きな魚を泳がしているのがうらやましかったからです。
こぉーんなに広い、こぉーんなに長い川なんだもの。きっとお兄ちゃんより大きな魚がとれるのに違いありません。
ちえちゃんはアミを川の中に入れてシャバシャバと動かしてみました。
「よぉーいしょっと。」
アミを土の上にあげてみます。
アミの中をのぞいて見ましたが何も入っていません。
「ざぁーんねーん。」
こんどはもっと深くグイグイグイグイとアミを入れてみました。
「よぉーいしょっと。」
またアミを土の上にあげてみます。
アミのはしっこに水草がついているだけでした。
「あらら、ざぁーんねーん。」
「お魚さんどこにいるのかしら。」
水の中にはいませんでした。
川の底にもいませんでした。
こぉーんなに広い、こぉーんなに長い川なのに、魚はいったいどこに行ったのでしょう。
ちえちゃんは考えました。頭をひねって考えました。
「あっそうだ。」
お父さんがいつか言っていた。岩の陰にいるのかもしれません。
ちえちゃんは岩の陰にアミをつっこんでみました。
エイエイエーイとつっこんで、重たくなったアミを力を入れて引き上げました。
「よぉーいしょっと。」
アミを土の上にあげてみます。
するとどうでしょう。
大きなハサミをふりまわし、かんかんに怒ったザリガニくんがちえちゃんのアミをチョキチョキと切っているではありませんか。
たいへんです。
ちえちゃんはザリガニくんに頼みました。
「ザリガニくん、ザリガニくん、わたしのアミを切らないで。」
「ぼくは眠っていたんだよ。プンチョキプン。」
「きゅうに起こして、ごめんなさい。でもせっかく会えたんだから私と一緒に遊ぼうよ。」
「いやだ。ぼくは川へ帰りたい。」
「どうして?バケツにもお水がいっぱいよ。ちょっとここに入ってみてよ。」
ザリガニくんは、チラリとバケツの水を見てしぶしぶバケツに入ってくれました。
ちえちゃんはバケツの中をのぞきます。
お兄ちゃんのお魚とは違いますが、りっぱなハサミを持った赤い大きなザリガニです。
ちえちゃんはニコニコうれしくなりました。
「そうだっ。お母さんにも見せてあげよう。」
お料理をしていたお母さんをこっちに来て!と連れてきます。
「あらあら、大きなザリガニをつかまえたのね。」
「うふふ。すごいでしょう。」
「すごいわ、ちえちゃん。でも遊んだあとは川に返してあげるのよ。」
「どうして? ずっとお家で飼えないの? 隣のお兄ちゃんはお魚を飼ってるよ。」
「お魚はお家に食べる物があるもの。ザリガニさんは川の中に食べる物があるのよ。」
「えっ!ザリガニくんはお弁当を持ってくるのを忘れたの?」
ちえちゃんは幼稚園に行く時は必ずお弁当を持って出かけるのです。
そう言えばザリガニくんは眠っていたと言っていました。
今日はまだお弁当を作っていなかったのかもしれません。
「ザリガニくん、お弁当を持って来てないの?」
ちえちゃんがザリガニくんに聞くと、ザリガニくんは赤いハサミを振り回しながら「うんうん。」とうなずきました。
「そっか。じゃあ今日はお家に返してあげるね。またお弁当を持って私のところへ遊びに来てね。」
ちえちゃんは「うんしょ、うんしょ。」とバケツを運びます。
川の側まで来るとお水と一緒にザッパァーンとバケツをひっくり返して、ザリガニくんを川に返してあげました。
「バイバーイ、ザリガニくん今度はお弁当を持って遊びに来てねー。」
ザリガニくんのハサミが水の中で「バイバイ、ちえちゃん。」と揺れました。
ちえちゃんの話はまだあります。