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昇降機ロマンス  作者: 鳥居川礼二郎
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第二部

二日目

目覚まし時計が鳴っている。

昨日もまた夢を見ていた、白いワンピースの女性と一緒にエレベーターに乗る夢。

疲れているのだろうか?それとも昨日不動産屋の店員から聞いた話が尾を引いているのか?

僕の頭の中で無数の憶測が飛び交った。

例えば、夢に出てくるあの女性は、エレベーターの中で死んだというあの女優なんじゃないか。

こんな風な突飛な考えはいくつも出てくるが、どれもなんの根拠もなかった。考えることに疲れた僕は、朝食を食べることにした。

バターロールをもそもそ食べながら、携帯をいじる。ネットの掲示板を覘くと、気になるスレッドがまた立っている。

そのスレッドの主の書き込みをよく読んでみるとこういうことらしい。

スレッドを立てたのは、М市で酒屋を経営している男だった。男の店は二十四時間営業の店らしいのだが、

今朝男が店に出勤すると、夜勤のバイトの姿が見えない。

バイトがスタッフルームでさぼっていると思った男は、スタッフルームを探してみたけれどそこにもいない。

店内の思いつく場所をほとんど探してしまっても、バイトは見つからない。バックレたのか、と諦めて、男は仕事を始めた。しかし、バイトはその後ほどなくして見つかった。

仕入れ先から新しい酒が届いたので男は搬入用のエレベーターを呼んだらしい。エレベーターの扉が開く。

エレベーターの中には、白目をむき冷たくなったバイトが一人。

男はここでパニックになって、とりあえず警察に連絡して呆然としていたらしい。

警察が来て、遺体を引き取って行き、少し気持ちが落ち着いてからこのスレッドを立てたらしい。

死因はまだ不明らしい。

問題は、また人がエレベーターの中で死んでいたということだ。

スレッドのレスポンスの中にも、昨日の女優が亡くなったニュースと関連付けて考えているコメントが散見した。

僕自身、偶然だろうと考えようとする一方で、うすら寒い予感が背筋を撫でたことは否定できない。

どうしてエレベーターなんかで人が死ぬ?考えてみても答えは出なかった。

「まぁ、いいか。」とつぶやいて、

僕はバターロールの残りを口の中に押し込むと、引っ越しの準備を始めた。

明日には引っ越し屋に来てもらわなくちゃ。

使わなくなった家具をリサイクルセンターに持って行ったり、本棚の本を段ボールに詰めることに一日費やした。

夜、寝る時になって、僕はまたあの夢を見るかもしれないと少し怯えていた。

けれど、この日僕はあの夢を見なかった。見たのは、付き合っていたころのカノジョの夢。

夢の中でも僕は駄目だしされて凹んでいて、少し面白かった。


三日目

今日は、午前中から引っ越し作業だ。業者の人が朝からうちまで来て、家財の搬出作業だ。

大学に通っていたころから住んでいた家なわけだから、結構長く住んでいたわけだ。

ぼくの持ち物が全て運び出されがらんどうな部屋を見渡して、しみじみと思った。

このアパートもこの町も今にして思えば、悪くなかった。愛着がないと言えば嘘になる。けれど、今日僕はこのアパートと、この町と、この町に住むカノジョと決別するんだ。

僕はカバンを背負うと、部屋を後にした。


出会い

新幹線がМ市に着いたのは夜になってからだった。М市の夜は電飾が燦然と輝くまばゆい夜だった。

これから僕はこの街の夜を過ごすのかと思うと、なんだか気分が高揚して少しお酒が欲しくなった。

僕は一人でも入れそうなバーを見つけると、ついつい入ってしまった。

僕はカウンターに腰かけ、電気ブランのソーダ割りを頼んだ。

グラスに注がれた琥珀色の液体を喉に流し込む度に、段々楽しい気分になっていった。

結局、バーでしこたま酒を飲んだ僕は、おぼつかない足取りで新居に向かって歩を進めた。

この前来た時の二倍以上の時間がかかったが、酔った状態でもなんとか新居のマンションにたどり着くことが出来た。あともう少しだ、と自分を励ましながらエントランスを横切り、エレベーターを呼んだ。

この時には、もう壁にもたれないと立っていられないほどにアルコールが体を回っていた。

ポーンと間延びした音がしてエレベーターの扉が開いた。

僕はなだれ込むように、エレベーターに乗り込むと9階のボタンを押した。

ゴウンと機械的な音がして、エレベーターは上昇を始める。

エレベーターに乗っている僕は、明日から本社に出勤しなくちゃとか、ご近所の人に挨拶しといた方がいいのかな、といった、些末なことに気を取られていた。

ポーンと間延びした音がして、エレベーターの扉が開く。

扉の向こうには誰かが立っている。ご近所さんかと思って、目を凝らした瞬間……

「ぎゃっ!!」僕は叫んでしまった。

そこに立っていたのは僕の夢に出てきた白いワンピースの女性だった。

「そんな化け物を見たみたいに叫ばなくても……。」そう言って、彼女は眉をひそめた。

そのままエレベーターに乗り込んでくる。エレベーターはまた動き出す。

ありえない。ありえないありえないありえない。彼女は夢の中でしか存在することのない人物のはずだ。

だとすれば、幻覚だろうか?引っ越しの疲れが溜まっている所に、アルコールが悪い方に働いているのだとすれば、ありえない話ではないだろう。でも、やっぱりありえない。

頭の中を駆け巡る無数のありえないに困惑する僕に、彼女は構わず声をかける。

「君が考えていることはわかるよ。私がここにいる意味がわかんないんでしょ?」

僕はこくりと頷く。

「だろうね。今の君には理解できなくても仕方ないよ。今、君が考えてる推測も全部間違いなく間違ってるよ。」そう言って彼女は笑う。

こうして聞く彼女の声も笑い方も、完全に僕の夢の中の彼女と一致してしまう。

「それでも、信じられないよ!会ったことのない人間が夢に出てくるなんてまるで予知夢だ。

大体、君は誰なんだ。」

「私はこのエレベーターの乗客よ。」

「ふざけたことを言う。それなら僕もこのエレベーターの乗客じゃないか!」

「いいえ。まだよ、まだあなたは違うの。」

「どういう意味だ!」

「前にも言ったでしょう?全ての物事に意味を求めてはダメ。ただ、楽しむだけで良いの。」

彼女がそう言った瞬間、ポーンと間延びした音が響き、エレベーターの扉が開く。

彼女は、開いた扉に吸い込まれるように軽やかにエレベーターを降りて行った。

扉が閉まる時、彼女はこちらを向いて手を振っている。

僕はあの女が何階に住んでいるのかだけでも確かめてやろうと、エレベーター脇の壁に掛けられている階数表示のプレートを見た。

そのプレートには、赤い文字で4と書かれている。

この文字が目に飛び込んで来てから後の僕の記憶は定かではない。







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