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昇降機ロマンス  作者: 鳥居川礼二郎
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第一部

一週間前

エレベーターって僕は好きだな。なんだか、宇宙船に乗っているような心地がするし、階段の昇り降りをしないで済むからね。エレベーターは素晴らしいよ。

こんなことをつぶやくと部屋に遊びに来ていたカノジョに笑われた。

「君は時々真面目な顔をして、子どもみたいなことを言うね。」

ケタケタ笑いながら、カノジョはそう言った。

「エレベーターに好きとか嫌いとか言う人は変だ。」とカノジョは僕に指を指して言い放った。

「僕は真面目にエレベーターを愛してるんだ。なぜなら…」

僕はもっと反論したかったがカノジョが帰り支度を始めたのでこの話題はこれでお開きだった。

僕は彼女を駅まで送った。


六日前

職場に出勤すると朝一番に上司のデスクに呼び出された。またお小言か…

上司と対面すると、いつも通りの渋い面をしている。この人の笑っている所を見たことがない。

今日はどんなお小言を聞かされることやらと思っていると、上司は僕に一枚の紙切れを差し出した。

紙切れには大きな文字で辞令と印刷されている。異動だ。

自分の顔からみるみる血の気が引いていくのがわかる。

「この前の会議で、本社に新部署を設ける話が決まったのは君も知っているだろう。その設立メンバーの一員として君に白羽の矢が立った。来週からは本社勤務だ。よろしく。」

青白い顔をして立ち尽くしている僕に上司がくれた言葉はこれだけだった。

大変なことになった。


五日前

急な異動に僕はてんてこまいだった。来週から新たな部署は始動するという。つまり、僕は一週間で本社のあるМ市に引っ越さなくてはならないのだ。

やらなくてはいけないことは山積みだったけれど、先ずはじめに一番の難所を超えなくてはならなかった。

僕は携帯を取り出して、深呼吸するとカノジョの番号にかけた。

カノジョは2コール目で出た。

「もしもし、どうしたの?」スピーカーから聞き慣れた声が聞こえた。

僕はもう一度深呼吸すると、一気に本題を切り込んだ。

「昨日、辞令が出てさ。異動しなくちゃいけないんだ…」

心臓がバクバク言って、手から汗が滲んだ。カノジョは何というだろう?遠距離を受け入れてくれるだろうか?

「どこに?…М市?遠いね。」何でもない事みたいにカノジョは言った。

「別れよっか、私たち。」あっさりカノジョは言った。

え…何で?ねえ何で?!別に会えなくなるわけじゃないじゃん…?…なんで?

電話口で取り乱す僕をカノジョはスパッと斬り捨てた。

「別に君のことが嫌いになったわけじゃないよ。でも、私たちって大学の頃から惰性で付き合ってただけでしょ?君は社会人になって、私は院に通ってて、お互い全く違うリズムで生活しててさ、完全にすれ違ってるよ私たち。この前君の家に遊びに行った時、私たち会うの一か月ぶりだったよね?二人で会える時間は貴重なのわかってるくせに、君はどうでもいい話ばっかりしてるし。エレベーターに愛を表明する前に私に愛情表現することぐらいできないの?もう私に興味ないんじゃないの?こんな状態で遠距離恋愛なんて上手くいくわけないよ。私たちこれで終わりにしよう。」

「そんな…僕は君のことが好きだよ…」

「もういいよ、その言葉にもう意味を感じないよ。さよなら。」

通話はそこで途絶えた。僕らの関係もこの日完全に断たれてしまった。


四日前

今日は、一日メソメソして過ごした。何度カノジョに電話をかけようと思ったかわからない。


三日前

一日落ち込んでいると少し落ち着いた。

カノジョと過ごした大学時代は幸せだったけれど、それがいつまでも続くなんてことはありえないんだ。僕たちは遅かれ早かれ別れる定めだったんだ。そう考えることにした。

今日は出社して自分のデスクを片付けることになっていた。

会社に行ってみるとホワイトボードから僕の名前のマグネットは無くなっていた。

この職場に僕の居場所はもうないんだ、と突きつけられた気がした。

自分の今までの居場所に別れを告げるような心持でデスクを片付けた。

今日まで一緒に働いた同僚や先輩に挨拶して僕は退社した。


二日前

少しずつ部屋の荷物をまとめ始めた。クローゼットの中からカノジョからもらったマフラーが出てきた時は、目頭が熱くなった。カノジョのことを完全に忘れるためにはもう少し時間がかかりそうだ。


一日前

今日は引っ越し先を探すために一日中パソコンとにらめっこだ。細かい条件を指定して何度も物件を探す。

星の数ほどある物件の中から条件を満たす数件を選び抜いたころには、もう夜の帳が降りていた。

絞り込んだ物件の内見を申し込むとそのまま眠ってしまった。


眠気のせいでぼやけて溶けた意識がまた固まってくると、僕は見知らぬエレベーターに乗っていた。


事件

僕を乗せたエレベーターはさっきからずっと下り続けている。これは夢なのだろうか?明晰夢というやつなのだろうか?

多分そうだろう。このエレベーターは普通ではあり得ない構造をしている。ボタンが一つしかないのだ。

エレベーターの中には4Fと書かれたボタンが一つだけぽつんと設置されている。こんなエレベーターは夢の中以外に存在するはずがない。

これが夢ならば、このボタンを押せばどうなるのだろう?4階には何があるのだろう?

その答えを知る方法は、ボタンを押すこと以外思いつかなかった。

僕は結局悪魔的な好奇心に負けて、おずおずとボタンを押す。

ポーンと間延びした音がした。下り続けていたエレベーターは止まり、ドアが開いた。

階数表示を見るとそこは6階だった。この建物には4階以外も存在するのか、と思っていると、

白いワンピースを着た髪の長い女性が足音も立てずにエレベーターに乗り込んできた。

息が止まりそうになるほどぎょっとした。怪談の世界から飛び出してきたようなその女性に僕は完全にビビってしまって、後ずさりしてしまった。

その女性は僕に会釈すると、僕に背を向けてしまう。ガタンという音がして再びエレベーターは下り始めた。

白いワンピースの女性がエレベーターに乗り込んできてからどれだけ短く見積もっても10分は経過していた。六階と四階の間隔としてはいくらなんでも長すぎる。4Fのボタンは点灯したままだった。

白いワンピースの女性は相変わらず棒立ちで、一言も発せずただただエレベーターのドアを凝視している。

僕は思い切って彼女に声をかけた。

「4階にはいつ着くんですか?」

「さぁ?」彼女は振り返りもせず答えた。その声は僕の予想よりも明るく、可愛らしかった。

「4階には何があるんですか?」

「行けば分るよ。」そう言って彼女は振り向き、ニヤッと笑った。

ポーンと間延びした音が聞こえる。

階数表示は四階を示している。ドアが開く。

その刹那に白いワンピースの女性は、僕の手を引いて四階に飛び出した。

彼女に手を引かれて四階に一歩足を踏み入れた瞬間、僕の視界は光に包まれた。


一日目

眩しい。目も開けていられない。反射的に目を閉じ、そして開く。僕の目に飛び込んできたのは、謎の建物の四階ではなく見慣れた自室の天井だ。

昨日はカーテンも閉めずに眠ってしまったから、朝日が顔に当たって目が覚めたらしい。思えば、不思議な夢だった。あの白衣の女性はどこの誰?あの建物は何?疑問はいくらでも湧いてくるが、それよりも腹が減った。僕はトーストを一枚焼いて、コーヒーを淹れた。

朝食をテーブルに並べ、何気なくテレビをつける。

朝のニュースでは、最近就任した某国の大統領の過激な姿勢に言及するニュースばかりだった。

連日の報道で彼のニュースに食傷気味だった僕は、別のニュースをやってる朝番組を探してチャンネルをコロコロ変えた。やっと、見つけた番組では速報で今日未明に起きたニュースを伝えていた。

М市在住の二十代の女性が自宅のあるマンションで死亡している所を発見されたらしい。

死因は突発的な心不全らしい。これだけであれば、ニュース番組に取り上げられたりはしなかっただろう。

注目されたのは、彼女が現在売り出し中の新進気鋭の女優だったという点だ。SNSなどでも彼女が死亡したというニュースは一瞬で広まり、波紋が広がるようにそのニュースは伝播していった。

ネットの掲示板にも彼女に関するスレッドがいくつも立っていた。

そのうちのいくつかに目を通していると、彼女の第一発見者を名乗る人間が立てたスレッドを見つけた。

なんとなく、興味がわいて画面をスクロールすると、

彼女はエレベーターの中で倒れていた。その場で救急車を呼んだが手遅れだった。という書き込みがあった。明らかにうさん臭く、眉唾な話だが、僕はこの書き込みがなんだか気になった。

もっと掲示板を漁りたかったが、そろそろ内見に向かわなくてはいけない。

僕は急いで支度して駅に向かった。

М市までは新幹線で二時間ほどなので、昼前ぐらいにМ市に着くことが出来た。

相変わらず人の多い街だな。そんなことを考えながら街を往く。

目当ての不動産屋には大きな看板が出ていたので、すぐに見つかった。

店内に入って名前を告げると、変に色黒で小柄な男が対応してくれた。

「お待ちしておりました。早速こちらの物件から内見に向かいましょう。」

僕は色黒な店員と一緒に歩いて、一件目の物件に向かった。

「こちらになります。」

店員の示した物件は、僕の提示した条件を全て満たしていたけれど、どうしても気に入らなかった。なんだか、陰気な感じがする。まあ、斜向かいが霊園では陰気にもなるだろう。とりあえず、この物件はやめにして、次の物件を見せてもらうことにした。

けれど、二件目も三件目、四件目もどうしても気に入らなかった。

ついに、僕の絞り込んだ最後の物件になってしまった。

その物件は街中に建つ八階建てのマンションで、築浅で外装も華やかだった。第一印象は悪くない。

空いている部屋は八階らしいので、エレベーターを呼んだ。

「お客さん、今朝のニュース見ましたか?」深刻そうな顔で店員は僕に訊ねる

「大統領が過激な発言を繰り返してるってやつですか?」

「そうじゃなくてですね。今日の日付が変わるころに女優さんが遺体で発見されたってやつですよ。あの女優さん…このマンションに住んでたらしいですよ…」

「からかってるんですか?」僕は少しムッとして言った。

「本気なんです。もちろん、彼女を発見したのは私じゃありませんよ。でも、このマンションは当店で全戸管理させていただいているので、私どもはこのマンションにどういった方が住んでいるか把握させていただいているのです。そして、彼女がこのマンションに入居なさるときに担当させていただいたのも私なのです。ですから、彼女は間違いなくこのマンションに住んでいて、このエレベーターの中で遺体となって発見されたのです。」店員は、額に汗をかきながら訴えた。

彼の目は真剣そのものだ。からかっているわけではないらしい。

「それが本当だとして、どうして僕に教えるのですか?僕がそんなことを聞けば、部屋を借りる気も失せてしまうかもしれませんよ。」

「はい。そうかもしれませんね。でも、現代においても心霊現象のようなオカルトなものが絡んだトラブルは後を絶ちません。このマンションで人が死んだということを隠して後でトラブルなどがございますと、私共の外聞というものが損なわれます。ですから、あらかじめ知ったいただいた上で、入居するかどうか判断していただこうかと。」

「そうですか…」

ポーンと間延びした音がして、エレベーターのドアが開く。

エレベーターを降りる時、奇妙なことに気付いた。このマンションは八階建てのはずなのに、壁のプレートには9と大きく書かれている。何故だろう?店員に訊ねてみようと思ったけれど、店員は先々と行ってしまった。店員の後を追って、物件の中に入った。

「こちらのお部屋になります。いかがでしょう?」

「いいですね。」僕はうっとりして答えた。

その部屋は、まさに理想的だった。ワンルームの物件だが、一辺の壁が全て窓になっているので、広々としているように感じる。ユニットバスは清潔にしてあるし、収納も十分だった。

僕は今日見たどの部屋よりもこの部屋が気に入った。

もちろん、先ほどの店員の話を忘れたわけではなかった。そのことを加味して考えても、この部屋にしたいという気持ちが強い。そもそも、僕は信心深いほうではないし、少し気味悪いが、特に問題もないだろうとも思っていた。

「この部屋にしようと思います。」そう店員に告げた。

「ありがとうございます。では、契約などに関しては後程店舗の方で説明させていただきます。では、戻りましょうか?」

「そうですね。」

僕らは部屋を出た。僕はエレベーターを待つ間に先ほどの疑問を店員にぶつけた。

「ここって八階ですよね?どうしてここのプレートには9って書いてあるんですか?」

「ああ、それはですね、このマンションを建てた家主さんが4の数字は縁起が悪いからと、四階を省いた設計にしたからですよ。このマンションは三階の上が五階なのです。だから、このフロアは正確には八階ですが、数字の上では9階なのです。」

「なるほど。そういう事情が…」

ここでエレベーターがついた、エレベーターに乗って操作盤を見るとご丁寧にここでも四階は省かれている。そういえば、夢の中で僕が降りたのは四階だったな。

降下するエレベーターの中でぼんやりそんなことを考えていると、一瞬エレベーターの羽目殺しのガラス窓越しに白い服を着た女性が見えた気がする。

昨晩見た夢のせいでハッとしたが、よくよく考えれば世の中に白い服を着た女性なんてのは数限りなく存在するのだから、さっき見た女性もそのうちの一人だろう。

深く考えることをやめて、店員と二人で不動産屋の店舗に戻った。

その後、急いで引っ越すために即日契約手続きを済ますと、新幹線に乗って帰った。

ひどく疲れた僕は、家に着くなり着替えもせずに布団に倒れこんで目をつぶった。

すぐに意識がとろけ始める。また夢の再生が始まる。



「また、会ったね。」そう言って白いワンピースの女性が笑った。

気づけば、僕は例の四階のボタンしかないエレベーターに乗っていて、白いワンピースの女性は目の前に立っていた。この夢は昨日の夢と全く同じもので構成されているらしい。

「あなたは誰なんですか?」と、僕は尋ねる。

「教えてあげてもいいけど、君はどうせ信じないよ?」と、彼女は答える。

「それでもいいから、教えてくださいよ。」食い下がってみる。

「だめだよ、結果ばかり求めちゃ。過程を楽しむことだね。」意地悪そうに彼女は僕を見つめる。

この夜の夢はここでおしまいだった。







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