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魂の双子 中編

 5月1日


 ぼくと中村奏音は、初めて校外でともに過ごした。


 デート、とは言うまい。待ち合わせの瞬間から彼女の全身からぼくへの嫌悪感が漏れ出していて、会話のタイミングを見て『別れ話』に展開させるチャンスを虎視眈々と狙っており、それをぼくも理解していた。そんな食事をデートとは呼びたくない。ぼくだって恋愛に夢くらいあるんだ。


 彼女は愚かだけども馬鹿ではない。まがりなりにも自分から好意を伝えたのに、そこからすぐ別れ話にもっていくには流れが必要である。たとえばぼくの無神経な言動、ちょっと意外な趣味などを露見させなくてはならない。


「義孝くんは、彼女いたことあるの?」


 彼女からの質問に、ぼくは頭の中でフローチャートを描く。イエスと答えれば「すぐ白状するんだ? そういうのって隠すのがマナーじゃないの」。ノーと答えたら「えー17でゼロってドン引き」。まあきっとこうなる。


 ぼくが言葉を濁すと、「はっきりしないんだ。なんか不潔」といわれた。まずい。会話から自分が望む終着点へのリードは、彼女のほうがはるかに上手のようだった。


 ぼくは武器をだす必要がある。


 「いい感じになったことはあるんだけどね。ぼくがKANONのファンだってバレたら嫌がられてしまった」


 彼女の目が丸くなる。ぼくは慌てて言いつくろった。


 「あ、ごめん、いま呼び捨てにしたわけじゃなくて。ユーチューバーKANONのハンドルネームのことを」


 「ちょ……うそ! 何で知ってるの!」


 彼女が立ち上がり、その拍子にテーブルが大きく揺れた。まだ中身がたっぷり入っていたコーラが倒れ、ぼくのほうに黒い液体が流出する。


 「わ!」


 「あっごめん! ごめんなさい」


 彼女は素直に謝り、ぼくたちは二人がかりで大騒ぎしながらテーブル周りを掃除した。察した店員が駆けつけてくれ、素晴らしい手際でリセットされる。最初よりもかえってキレイになったテーブルに座りなおす。

改めて、彼女は身をかがめた。かなりの小声でささやいた。


 「……誰に聞いたのよ? 」


 「自分で見つけたんだよ。二年くらい前に」


 嘘、である。自分で見つけたのは本当だが、それは『一回目』の秋に、中村奏音とその友人の会話から漏れ聞こえたことを検索したのだ。


  ぼくは彼女に語った。二年前からKANONのファンだったこと。YouTubeでは顔は映していなかったが、学校で聞こえた声ですぐにわかったこと。もちろん歌声に惚れ込んだわけだがこんなに美人で驚いて、ファンでしたと声をかけることができなかった、と。


 一から十まで全て嘘を語り終えるころには、彼女は机に突っ伏してしまった。


「嘘……うそ、信じられない」


 それこそ彼女の嘘だ。信じていないなら、額から首まで紅潮させる理由がない。


「78件のイイネ! のうち、ひとつはぼくだよ」


 ぼくの言葉に、彼女は「うー」とか「ふえー」とか、潰された仔豚のような声を漏らした。

 ぼくは続けた。


 「教室で、君が本当はぼくに、なにかイタズラをしようとしたのはわかってる。でも、それが好意からじゃないことももちろんわかってるよ。そりゃそうだよ、君みたいな美人のアイドルがぼくなんか好きになるわけがないもの」


 「そ、そんな……アイドルなんかじゃ」


 彼女は真っ赤になって懊悩していた。そしてついに、ちゃんと白状した。


 「ごめんなさい。新入生の歓迎会で、あたしの歌であなたが居眠りしてるのをみて、許せなかったの。あたし本当に歌が好きで。……ごめん、なさい。本当にごめん」


 さすがに具体的な『中身』までは言えないようだったが、これで十分及第点だろう。ぼくはにっこり笑った。


 「気にしないで。というかむしろ、こちらこそごめん。失礼しました。プログラムを見てなくて、コーラス部が出るってことも知らなかったんだよ。知ってたらスマホ持ち込んで録音したのになあ! 」


 「それって校則違反だよ」


 中村奏音はクスクス笑った。目を細めるとあまりに豊かな睫毛に黒目が同化する。紅潮が収まりきっていないのか、まだ目元が少し赤い。全体的に桃色になった彼女に、ぼくは素早く距離を開けた。ヒトクチ齧っただけのハンバーガーを包み直し、鞄に押し入れる。


 「じゃあ、ぼくはこれで。こんなところに男子といて彼氏と間違われたら、中村さんは大損だよ。今日はありがとう」


 「えっ? そんな、別に」


 「だめ。中村さんは有名人なんだから。ぼく以外にもファンがいっぱいいるんだよ」


 彼女はいよいよ頬を紅潮させた。困ったような笑ったような表情で、素直にうなずく。そしてぼくが最後に行こうとした言葉は、彼女自身から提案された。


 「あの、よかったらメルアド教えて。歌の話、もっとおしゃべりしたいの」


 僕はもちろん快諾した。



 7月10日



 二駅先の小さな喫茶店で、ぼくは奏音と待ち合わせた。


 「実はね、いまはカラオケをアップしてるだけだけど、自分で作った歌もやってみたいなあって思ってるんだ」


 「楽器ひけるの? 」


 「ううん。詩のほうだけ」


 そう言って彼女は自分のノートをテーブルに広げた。もともと自意識過剰であけっぴろげ、物怖じをしない少女である。さらにこの一か月、ぼくたちは何度も好きな歌の歌詞や曲、メッセージについてネット上で意見交換しており、愚痴とポエムの混在する匿名ブログも教えられている。なおかつぼくはそのすべてを肯定してきた。彼女はぼくに対し、そういったことで恥じいることはない。悶絶するほどの黒歴史で世界中から指さして笑われてしかるべきの糞みたいな自慰行為を晒すことに、もはや何の抵抗もなくなっているのだ。


 ノートを読んでみる。


 田舎町で旅人に小さな恋をした少女を生まれたばかりの雛鳥にたとえ、切ない失恋を嘆く歌。だけどもいずれ成長してあのひとの町まで飛んでいくわ、という内容である。


 ぼくは拍手喝采。なんて素敵な歌だと絶賛した。当然だという顔で微笑む彼女に、そのノートをすこしだけ預からせてほしいと頼み、承諾を得た。 



 8月12日



 夏期講習の帰りのバスで、ぼくのスマホからデータを再生し、彼女はイヤフォンに添えた手をわななかせた。


 「え! なに、これ、すごい。ウソ。ウソでしょ」


 大粒の瞳が潤む。それを慌てて袖で拭って、彼女は何か言おうとしたが、言葉にならずただ口をパクパクさせた。


 「これ、どうしたの? そんな……義孝君が曲を作ったの? あたしの歌に――」


 「まさか、ぼくにそんな才能は無いよ」


 ここは正直に言った。まったくの素人の個人制作であっても、代金さえ払えば曲を作ってくれる業者というものがある。クオリティはピンキリらしく、ゼロから三日で作りますなんていうのから最低限のメロディがあってこそ発注できるというものまであった。ぼくには音楽の知識も感性もないのでよくわからなくて、その成果もやっぱりよくわからないのだけど、素人目に「リッパ」なものになったと自負できる。


 有償であることを理解するとさすがの彼女も落ち着きを失くしたが、「あたしのあんな歌詞ごときに」に類する謙遜および恐縮が一切なかったのは、実に彼女らしい。まあ金額は言わなくても、数万円できかないことは予想できるだろう。ありがたがってもらいたいわけじゃないのだ。


 本題を提案する。


 「これで、君の歌としてきちんとアップしようよ。カラオケボイスじゃなくて、KANONという、歌手の卵としてネット配信するんだ」


 「そ、そりゃ……いつかはメジャーデビューしたいって、夢だったけど」


 「うん、歌手やアイドル募集の広告はたくさんあるし、中村さんならきっと審査に通ると思うよ。だけど、あの手の広告には詐欺がすごく多いんだ。それに、事務所に所属したらすぐに専属契約に縛られて、さらには高額のレッスンを受けなきゃいけない。事務所がとった仕事の現場に呼ばれるまで人前に出られないし、振り回される。学校だって辞めて上京しないといけないと思うよ」


 「そんな。あたしそこまで、本気で……」


 ぼくの長セリフに、彼女は初めて腰が引けたようだった。弱音のようなものを口にする。


 「おとうさんもそんなの許してくれないだろうし。一緒の大学いこうってマドカとも約束してるし。当たればデカイっていって、すごい苦労するって聞くし……別にあたし、ただ」


 『あたしの歌を褒めてチヤホヤしてくれたらいい、なんの苦労もしないで、適当に楽な人生を歩みたい』それが彼女の人生観である。

 ぼくにはわかっていた。だって、そうじゃなかったら、18歳の今までこの女がYOUTUBEなんかで満足し田舎に引っ込んでいるわけがないのだ。自己主張は強いが必要以上に目立ちたい欲は無い。


 ぼくはその気持ちを100パーセント優しく受け止めた。


 「うん。だから、いまの生活や大事なものはなにも失わないで、でも、その歌声をもっともっと多くの人に聴いてもらおうよ。今までやってたことにもう少しだけ力を入れたら、中村さんならすぐに再生トップになれる。小遣い稼ぎもできるかもね。ぼくが保証する」


 「力を入れるって、たとえば、どうすればいいの? 」


 彼女の言葉に、ぼくは力強くうなずいた。


 そこからの展開は高速だ。週末、下調べしておいたスタジオへ彼女を引っ張っていき、録音。作曲依頼したときと同じように、個人制作向けのビデオクリップを撮影、完成させる。さらにはその方面に強い友人や学校の映研やPC部の連中に手間賃を払い、作品アップにむけて着々と作業をしていった。


 「お金、どのくらいかかってるの? 」


 と聞く、彼女の言葉にはヒトカケラも「あたしも負担する」という意思はない。その可能性すら脳裏にもないだろう。さすがに真実を言えば彼女は怪しむだろうな、とぼくは考えた。


 ぼくが生まれた時から親が貯めていてくれたお年玉、大学進学、将来の結婚式までも想定した貯金をつぎ込んでいるのだから。


 聞けば絶対に不気味だし、いくらなんでも不自然である。もとよりぼくだって、一回死んでいなければこんな無茶な使い込みなど出来なかっただろう。ほんの半年前まで、齢70か80か、適当に長生きするつもりでいたのだから。


 彼女に負担の大きさを悟られて、「そこまでしないで! 」と避けられてしまっては台無しなのだ。だからぼくは努めて軽快に言った。


 「ぼくは、ほんとうに君の歌が好きなんだよ」


 このときの、彼女の反応は、ぼくの予想外だった。


 中村奏音の丸い瞳が、いつもよりもなお漆黒になった。そのくせきらきらと輝いている。昴ようだ、とぼくは思った。


 みとれて、一瞬意識が飛んでいたらしい。

 

 桃色の頬と産毛が視界いっぱいに広がって――彼女の唇がぼくの口をふさいだことに気が付くまで、すこしの時間を要した。



 10月3日



 完成したミュージックビデオをニコニコ動画とYOUTUBEにあげると、KANONはたちまち話題になった。主たるコメントは「気合入れすぎ」。次いで、KANONの容姿への賛辞である。


 そう、中村奏音はこの動画で初めて素顔を晒した。しかも現役女子高生と紹介している。真偽は不明、クオリティの高い動画と容姿、それでいてインディーズで活動もしていないとあって、その正体を探って炎上していた。


 事実、KANON――中村奏音は、可愛いのだ。ぼくがざっとみた「配信主」のなかでは群を抜いている。修正と演出が重ねられた動画では、そのままアイドルのプロモーションと比べても遜色ない。まあそれはつまり、アイドルとしてメジャーデビューしてしまったら二流に埋もれてしまうということなのだけども。


 そして、ネット住人たちはそのマナーも悪い。彼女の容姿や歌詞はもちろん、プロに作ってもらった曲や動画への批判コメントが続々と投稿された。そこに向けて嫉妬はやめろよと批判するコメント、それをまた批判する応酬。投稿された原本をコラージュして、全く別の卑猥な歌を当てたものを他人が投稿する。2ちゃんねるでスレッドをあげ、ささやかに更新されていた個人ブログのアドレスがさらされ、炎上する。


 ギリギリ個人特定には至っていないが、時間の問題だろう。


 ぼくはそれらの騒動は口に出さず、「本家」のアクセスとコメント数だけを彼女に見せて共に喜んだ。不思議なもので、そういったことは「知る人ぞ知る」という枠からはみ出すまでに、かなりの時間を要する。パソコンを持たず、インターネットの暗部には出入りしたこともない本人は、「批判もまた好評の証だよ」というぼくの言葉以上にその深部と知らないままだった。大学受験がいよいよ深刻になってきた時期、彼女はそういった遊びの時間をとれなくなっていたのも大きい。あの動画をきっかけにこれまでのカラオケも再生が伸び、顔写真つきブログはどんどんコメントが増えていった。その返信ゴーストライターや更新は、ぼくが行っていた。あのビデオはもうどちらの作品とはいえないものである。奏音としても意識が低くなっていたらしい、代行を提案すると簡単に受け入れられた。


 「すごい、いつのまに、こんなに再生が」


 彼女の部屋。ぼくのタブレットで自分名義のマイリストを確認し、無邪気に喜ぶ奏音。愛らしい横顔に、ぼくはまったくの無意識に手を伸ばした。指先の気配に、彼女は振り返る。だけど逃げることはない。そのまま、子猫のように頬を摺り寄せてきた。頬を、耳を、髪をゆっくりと撫でる。彼女の身体は、どこもが熱くやわらかかった。



 12月20日



 ぼくは1回目の人生で知りえなかったことを、この日、知ることが出来た。

 本人も知らないことだろうけど……中村奏音は、寝言で歌う。



 年が明け、3年生のほとんどは受験生として灰色の生活を送っていた。

 ぼくだけはそこからひっそりとドロップアウトし、まったく別のことで忙しくしていた。教師には親戚に就職が決まっており大学進学をしないので放置してくれといい、親には偽造した成績表を渡しておいた。もちろんこんなもの、いよいよ時がくればすべてが崩れ去る、薄っぺらい嘘である。もうすぐすれば、大学進学のための手段をなにもかも放棄し、学費まで使い込んだことがばれるだろう。親はきっとこう言うに違いない。「あんた、それで人生どうする気? 」と。


 ぼくはギリギリの危ういところで、騙し騙し、月日がたつのを待った。それまでは持たさなくてはならなかった。


 なにより、KANONのプロデュースに時間と神経を割かれていた。彼女の個人情報、特定に至るギリギリを狙って、いくつものアカウントを駆使し、自分一人で批判と賛辞を討論させる。最初の内は人を雇ったりもしていたが、学校に受験用の公休が増えてくると、親の留守には1日中籠って作業を続けていた。


 寝ても覚めても、KANONが、ぼくの目と耳を侵している。


 夢の中で彼女の歌声が聞こえる。さらさらと音が聞こえてきそうな髪、白い額に桃色の頬、星屑の浮かぶ黒い瞳。空色のワンピースから伸びる華奢な手足。


 「好き、好き。ずっと好き。あなたがいる、これが夢でもあたしは幸せ」


 その歌詞を、中村奏音はぼくの耳元で囁いた。メロディーはあったりなかったりした。


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