第2章 作戦
大学一年生の春休みが終わる頃、ゼミの雑用でに呼び出され、嫌々学校に向かったのがきっかけだった。
校門に入学式と書かれた看板がかかっていた。今日だったのかと思うと同時に、1年前の自分の入学式を思い出し、懐かしさを感じた。
桜の花びらが満開で、ひらひらと宙に舞っていた。
綺麗な景色だったから、写真を撮ろうとカメラを桜に向けた。
そして、彼女が目に映った。
桜の花びらの中で、同じ桜色の髪をなびかせる女の子が、1人で立っていた。
ぼんやりと桜を眺めるその横顔に、澄んだ目に心をとられて、自然に写真を撮った。
我に返ると同時に、その子は髪をなびかせながら、歩いて行ってしまった。
夢のような一瞬に、虜になった。
そして後日、彼女の名前が「川島澄」だと知った。
「え........?終わり........?」
「そんな目で見るな!!」
北村の可哀想な人を見る目に、心が抉られる。散々話せと迫ってきて、仕方なく語った結果がこれだ。知ってた。
「いや、そんなにやば.....純愛とは思ってなくて」
「良くいえばいいってもんじゃねぇよ、心が死にそう........その笑顔やめろ!」
儚げな笑顔にグサグサ刺されながら、口にスパゲティを運ぶ。
羞恥で死にそうな俺の隣に、倉島が焼きそばパンを持ってきた。
「いやいや、1年も話しかけずに想ってんだぜ?本物の純愛だろ」
「倉島........!」
バリッと焼きそばパンを開けると同時に、爽やかな声が続いた。
「感動の童貞拗らせ物語だ」
「殺す」
倉島の顔面を掴んだところで、北村に仲裁された。
解放された倉島が、パンを食べながらニヤニヤ笑う。
「なんだよ、人がせっかくおまえの恋を応援してやろうと.......」
「パン詰まらせて死ね」
「ひどい!聞いたか北村。こいつは俺たちの友情に傷をつけたぞ」
「やっぱ焼肉B定食だな」
倉島を無視して、北村が漬物を齧りながら話す。
がやがやとした食堂の中で、急に倉島が声をひそめた。
「ところで長瀞くん。おまえに良い話を持ってきた」
「は?良い話?」
「良いAVでも見つかったんじゃないか?」
「そうそう女子高生....いやそうじゃなくてだな」
「なんだよ早く言えよ。JKは今度貸せ」
くるくるとスパゲティを巻きながら答えると、倉島はにやりと不敵に笑った。
「おまえ、澄ちゃんとお近付きになりたくないか?」
「は?」
フォークを回す手が止まった。黄色い目が更ににやりと細まった。
「実はさっきのハゲ教授が話してたの聞いちゃったんだけどさ。宗教委員が1人辞めちまったんだってよ」
宗教委員。って何だっけ。
という顔をしていると、北村が呆れたように続けた。
「おまえほんと授業聞いてねーな....ほら、さっきの授業の教授が最近作った委員会。宗教に興味持ってもらおー、とかいう目的で作られた変なやつ」
思い返せば、そんなことを言っていたような、きがする。
授業中ほとんど寝ていたので、覚えてるはずがなかった。
ていうか、なんだその胡散くさくて明らかに面倒くさそうな委員会は。
「まぁその委員会は、学園祭までの限定的なもんらしい。で、その委員会を一人辞めたために、人手が足りないらしい」
「ふーん」
「全然興味ねぇな」
頷きながらスパゲティを食べていると、食べかけの焼きそばパンをこちらに向けて、倉島が続けた。
「そしてその委員会に、澄ちゃんがいる 」
再び手が止まった。倉島を見ると、力強く頷かれた。
「倉島........おまえまさか」
「おう。教授に長瀞がやりたがってました!って言っといた」
素早く倉島の肩を掴んだ。咄嗟に北村が間に入る。
「落ち着け!!フォークは置け!!」
「えっ俺殺されるの........?」
思わず体が震える。絞り出すように、喉奥から掠れた声が出た。
「ありがとう..........!!」
今度は倉島にも引かれた。
食べ終わってすぐ、教授に挨拶に行くと、頑張り次第では授業の評価を改めてやっても良い、と告げられた。
すげえ良い人だいすき!と心で叫びながら、正式に宗教委員会とやらに加入した。
下心がなきゃ絶対入らない。全ては川島さんと話す為である。
貰った書類を読みながら、委員会がある場所へと歩く。
どうやら学園祭で、宗教についての展示や研究発表会を行い、来客者に色んな宗教に興味を持ってもらおう!という目的らしい。
絶対に人来ねぇよと、教授も思ったらしい。
だが、学園祭で出展する団体がほとんどいなかったために、適当に穴埋めとして作られた委員会らしい。
そういえばうちの学園祭って、毎年適当な出展だから来客数少ないもんな.....。
そんな状況で、宗教について出展するのかと思うと、なんだか虚しくなってきた。
だがしかし!俺と川島さんとお近付きになれる最高のチャンスである!!
ぐっと拳を握りしめ、この1年を思い返す。
あの日に撮った川島さんの写真。それを眺めてひたすら恋焦がれる日々よ、さようなら。
ちなみに、写真は倉島に知られて失笑された。
しかし俺にこんな蜘蛛の糸をくれたんだ。全て水に流そう。
晴れやかな気持ちで、意気揚々と目的地へと向かう。
委員会の場所は校門付近の教会だった。
小さな建物でなかなかに年季が入っている。
昔使われていたらしいが、今は大学見学の時にしか人が入らない。
十字架下に木製と扉がある。深く深呼吸をして、 心拍を落ち着ける。
この扉の向こうに、川島さんがいる。
どれだけこの日を待ったか。どれだけ話すのを夢見たか........!
万感の思いに打ち震えながら、扉に手をかけた。
その時ふと、桜の木が目に入った。
あの日満開だった桃色の桜は、今は葉もない。5月のいま、青々とした葉っぱが生い茂っていた。
あの場所から、ようやく1歩踏み出す時が来た。
ぐっと手に力を入れて、重い音を立てる扉を開けた。
少し埃っぽい木製の内装に、スタンドグラスの窓から、西日が射し込んでいた。
色鮮やかな光に照らされて、大きな十字架の近くに、彼女がいた。
両手を握りしめて、目を閉じている。
桃色の髪、透き通った肌色。
ゆっくりと、澄んだ瞳と目が合った。
久々〜!!
ちなみに1話のとろたちの名前表記が変わってるよ!要チェックだ!




