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その日、君と別れた後、家に帰った。

君に言われたことを実践してみようと思う。

まあ、いきなり会話をするのは僕も、家族も無理だと思う。

挨拶だけしてみようと思う。

どんな反応をするだろう。

 

家に着き、玄関を開ける。

恐る恐る声をかけてみたが、反応がない。

聞こえてないのだろうか。

もう一度、普通の大きさで話してみた。

しかし、反応がない。

家に上がり、リビングに行くと誰もいない。

どうやら早く帰りすぎたようだ。

仕方がないので自分の部屋に行く。

ドアを開け、カバンを置く。

机の上に置いといた読みかけの本を漁る。

ベットに横たわり仰向けで本を読む。

この本は初めて読むんだっけ。

話が全然進まなくて途中で読み飽きた。

けど、全部読まなきゃ気が済まないので、意地でも読んでやる。

しばらく無心で読んでいた。ふと、ある一節が目に入る。

あれ? この文章どっかで見たぞ。

どこだっけ。

まあ、似たような文章なんていっぱいあるしな。

どうでもいいか。

…それにしても帰ってくんの遅いな。

…なんだか眠くなってきた。頭をいっぱい使ったからか。

だめだ、耐えないと。続きが気になるのに。

ああ、でも、眠い、けど、起きなければ、だめだ、瞼が落ちる。

目を、開けなきゃ。

意識が遠のく。

どこか遠くで自分の名前を呼ばれた気がしたが、眠気には逆らえない、眠りの海にのまれた。


   ***


「やっぱり、家族と話すことはできなかったよ。

家に帰っても誰もいなくてさ、待ってる間に寝ちゃって次に目が覚めたときには昼になっていたよ。」

そう僕が笑いながら話すと、君はどら焼きを食べる手を止めて、ホッとしたような表情になった。

しかし、すぐに焦った顔になった。

「ダメだよ! 今すぐ話さなきゃ! 後悔することになるよ!」

そう君が体を乗り出しながら言った。

僕は君の切羽詰まった態度に驚き、同時に何か不安を覚えた。

「…君はいつも僕のことを気にしているよね。」

「え? うん、まあ。」

「何か、隠しているのか?」

君の顔がさあっと青くなった。

青ざめた顔を俯かせたまま君は黙っていた。

やっぱり何か隠してた。

多分、僕をからかっていたとか。

その様子を友達とかに話して、きもいとか罵っていたとかだろう。

しかし、素直に話すかな。いや、話すわけない。

僕はカマをかけることにした。

「…大方僕をからかっていたんだろ?

一人でいる僕をからかって、内心笑っていたんだろ。」

小さい声で、ぼそりと君が何か呟く。

「なに?」

少し苛立った僕が声を低くして尋ねる。

「違う!からかってなんかいない!」

君が急に大きな声で叫んだ。

その目には涙が溢れていた。

「私は本当に君のことが心配で…。

いつか、知らない内に君が…!消えてしまいそうで…。」

必死に声を絞り出し、垂れ目からポロポロと涙を落としながらで僕を見つめる。

な、泣いてしまった。

どうしよう。そんなに僕、怒ってたように見えたかな。

ていうか僕何も悪いことしてないだろ!

むしろそっちが何か隠してたから聞いただけだろ。

もう、訳わからん。

なんで泣いたんだ?

そんなことより、この状況はまずい。

女の子を泣かすなんて!

しかも、もう大学生だっていうのに!

小学生ならまだ許されるけど!

泣きやまさなければ。

くそう、こんなの初めてだ。

「えっと…。ごめん…よ。僕が悪かった。

えっと、少し、きつく言い過ぎた。ごめんよ。」

僕は優しく言う。

君は少し落ち着いたみたいで、鼻をすすって俯いている。

全く、急に泣き出すなんて女の子はわけわかんない。

というよりも、僕のことが心配だなんて物好きだなこの子も。

…もう大丈夫だろうか。

「落ち着いた? 紅茶でも飲む? 」

「…うん。」

コクリと君が頷く。

僕は、君が持ってきた水筒を開け、コップに紅茶を注ぐ。

コップを渡し、君が飲む。一口飲み、ほう、と息をつく。

「ごめんね…。急に泣き出して。」

申し訳なさそうに、赤く腫れた垂れた目を上目遣いで僕を見つめる。

やめてくれ、そんな顔されたら、何も言えないじゃないか。反則だ。

「…もう、いいよ。」

「…本当に?」

「なんかどうでもよくなった。」

頭を抱えながらため息をつく。

君がクスリと小さく笑う。

顔を上げ君を見つめる。

君はいつも通り、甘くふわりとした顔で笑っている。

僕もつられて甘い気持ちになる。

「でも、でもね…。本当に早めに家族と会っておいたほうがいいと思うの。

ちゃんと話をしなきゃダメなんだ。」

君は重く暗い表情をし、僕の顔を見つめ言い放った。

「そうじゃないと、取り返しのつかないことになっちゃう。」

「…。なんでそう思うの。」

君は少し考え込み口を開いた。

「あのね。これは私がそう思うだけなんだけど。

君みたいな他人に縛られてない人間って、ものすごく過去に囚われてると思うの。

多分君は、気づいたときには一人ぼっちで、誰も信用できなくて、仕方ないから一人でいいやという状況だったと思うんだ。

けどね、そうなる前の君は周りと同じで、いろんなものに興味を持って、行動して、活発な子だったと思うんだ。

けど、あることがきっかけで心を閉ざした。

そのきっかけがなんなのかは私はわからないけど。

それからはもう今の状態と変わらない。

周りの意見に流され、自分を持たず、生きる意味を見つけられなくてさまよっている。

たぶんね、自分を持たないっていうのは過去に後悔を死ぬほどしているってことなんだよ。

けど、そのことすら忘れている。

余計にその忘れたことすら重りになって、さらに過去に縛られる。

心残りが、後悔があるなら取り払わなきゃ。

嫌な記憶は向き合わないといつまでたっても前に進めないよ。

別にそれでもいいと思うかもしれないけど、そんなのじゃつまんないよ。

だって、世界にはキラキラしたものがいっぱいあるんだから。」

君は真っ直ぐに僕の目を見て話す。

いつでも君は真剣な目で僕の目を覗く。

だからだろうか。

君が発した言葉全て僕の心に優しく溶ける。

やめてくれ、どうして、君はいつも、僕が欲しかった言葉をくれるんだ。

そんなこと言われたら、僕は。

「…僕は、前を向いて見るしかないじゃないか。」

「それでいいんだよ。誰も君を責めないよ。」

僕はその言葉で全てが解放されたような気がした。

なんだ、いいんだ。

自分を許しても。

「…そうだね。家族と話をするよ。ちゃんと向き合って。」

「その意気だよ!」

グッと親指を突き立てる。

「これで、もっと悪くなったら君のせいにするからな。」

「ええ! ひどい!」

「冗談だよ。

…でも、本当にそうなったら、君が話を聞いてくれるかい?」

「もちろん。どんとこい!」

君が胸を張る。

その様子がなんだか似合わなくおかしくて、つい笑ってしまった。

君がむくれる。僕が笑う。

つられて君も笑う。

その時だけ穏やかな時が流れていた。


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