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第9話 文芸暗部の怪談狩り

 何が始まるのかと思いきや、各々時間を潰すようにというお達しが出て、虎太(こうた)は面食らった。

 加賀千種(かがちぐさ)は早くも次のネタを仕入れに、パソコンルームに行ってしまった。当然ついていくものとばかり思われた大林(おおばやし)は、外の弁当屋にカツ丼を買いに行って、二度目の昼食を堪能している。弁当臭漂う第二理科室では、翔子(しょうこ)が調理実習室から拝借してきたティーセットで、人数分のお茶を入れてくれていた。

 カツ丼と紅茶の匂いがせめぎ合いを始めた頃、小林(こばやし)が両手にコンビニの袋を下げて戻ってきた。


「みなさーん、おかし買ってきましたよーっ!」

「な……なんなんだ、この部活は……」


 そして本当に、二時間ほどをオヤツで費やした。メニューは梅昆布に酢昆布、するめ、干し貝柱、生せんべい。


「このチョイスはなに?」

「えー、普通じゃん。あ、コタくんは男子だから、ポテチとか食べたいんでしょー? でもダメだよ。部活中は気が散るから、音の出るおかしは禁止でーす」

「イカ臭くなるのはいいの? いや、そうじゃなくて。女子ならもっとかわいらしいオヤツ食べなよ。クッキーとかプリンとか、コンビニならいろいろあるじゃない」

「甘いものが食べたいの? この中だと、生せんべいが甘いかなー。噛みしめるたびにジワジワと染み出てくる、お米の甘みが……」

「いやいや、俺はいいんだ。でも翔子先輩とか……まぁ千種先輩も、スイーツとかさ――」


 虎太の背後でブボッという、率直に言って屁みたいな音がした。振り返ると、直後に大林の発作じみた笑い声が響き渡る。どうやらカツ丼を噴いたらしい。


「な、なに笑ってんですか……」

「うおぉ……鼻の穴に米入ったイテェ」喚きつつ一リットルパックのお茶で口の中の物を飲み込み、大林はニヤニヤしながら後輩男子を見つめた。「千種を気にするんだったら、スイーツって言わないほうがいいぞ」

「はぁ?」

「その言葉、嫌いなんだって」


 言いながら、あごをしゃくって理科室のドアを示している。虎太が釈然としないまま振り返ると、そこにはいつも以上に無表情な加賀千種が。


「パンツみたいで、なんだか嫌」

「パンツって……『ツ』で終わることしか共通点ないんじゃ……」

「『ツ』で終わる言葉の中で、一番一般的だと思うけれど。デザート食べるときにパンツ食べる想像、したくないでしょう?」


 そんな問いかけをされても、なんとも答えようがない。加賀千種に対する謎が増すばかりではないか。


「じゃあベンツはどうです? 先輩んち、お金持ちだから身近じゃないですか」

「ああ……」いつも伏し目がちな顔を、ほんの少しだけ上げて加賀家のご令嬢は我が家の車庫の様子を想像なさったようである。「うちは家族全員誰も運転免許を持っていないから、オーナードライバーの車はないわ」


 とにかく、虎太は今後一生「スイーツ」という単語を口に出すまいと固く誓った。


 その後、週番が巡回する最終下校時は、各自好きな場所に隠れてやり過ごすようにというアバウトな指示が、大林によって下された。

 虎太としては、もう掃除ロッカーはごめん被りたい。トイレや屋上などいくつか考えたなかで彼が隠れ場所として採用したのは、週番の背後だった。つまり、彼らから適度な距離を取りつつ、一緒に移動するのである。これなら、若干どころではなく閉所恐怖症になっていた虎太が、暗く狭い場所に身を潜める必要はない。


 それを話すと、小林が虎太をベタ褒めした挙げ句、並々ならぬ熱意で同行を申し出てきた。


「コタくん、あったまいーい! 天さーい! だから……わたしコタくんについて行きたいよーっ! 一緒に行っていいよね? いいよね?」

「小林は、おっかないお姉様と一緒にいればいいんじゃないの? あの人なら、アユムさんの首くらい、余裕でへし折るでしょ」

「あっまーい! コタくんねえ、わたしが千種先輩とおねーちゃんの間に入ってごらんなさいよ。アユムさんの首が折れる前に、わたしの前歯が全部なくなっちゃうよー」


 虎太の脳裏には、大林のストレートを食らい、前歯をまき散らしながら吹き飛ぶ小林の姿が浮かんでしまった――あまりにも鮮明に。


「……わかった。じゃあ一緒に来ていいけど、絶対に物音立てるなよ」

「わーい、ありがとう! コタくん、やっさしーい!」


 そして……週番を回避するというミッションは、めでたくコンプリートできた。途中、小林が笑いを堪えきれずに「ぶほ」という――姉妹そろってなんなんだ――屁みたいな音を出したりもしたが、週番の生徒とて好きで準かいしているわけではなく、さっさと終わらせて帰ることしか考えていないのだ。ゆえに小林の鼻息はスルーされ、次は他の部員との合流を待つことになる。

 集合場所は二階の水飲み場だ。


 真っ先に出現したのは、二年生の翔子だ。誰かに乗り移るということはなく、普通に幽霊として現地で消えていただけなのだから、現れるのも早い。なかなか便利だし、結構楽しそうでもあるので、死ぬのも案外怖くないのかもしれない……などと思う虎太である。


「ツートップはどこに隠れたんでしょうね?」

「秘密、なんだそうですよ」

「ずるいよねーっ、おねーちゃんたちばっか安全なとこに隠れてさーっ」


 おかっぱ頭で頬を膨らませると、もはや子どもにしか見えない小林がむくれている。ついでに言うと「ずるい」などという言葉は、電車やバスに小児料金で乗れなくなったら普通、使わない。


 そうこうしているうちに、密やかな話し声とともに話題の二人が階段を下りてきた。


「あーら、待たせちゃったかしら、ごめんあそばせ」


 非常灯の明かりのみが妖しく周囲を照らすなか、文芸暗部の面子がそろう。各自懐中電灯代わりの携帯電話を手に持って、一階へ続く階段を下った。

 基本的に非常灯は、廊下の両端にしかない。だから階段の踊り場は、かなりの暗さだ。霊感少女が足を踏み外して転落したというのも頷ける。虎太は部活のために、今後は懐中電灯を携帯しようと思った。


 一階。虎太と小林が自信を持って断言できるアユムさん出現ポイントは、廊下の中程にある。ついでに言うなら、さっきまで一同が菓子や惰眠を貪っていた第二理科室前でもある。非常灯の明かりはほぼ期待できず、闇に包まれていた。


「それで、どうやってアユムさんを呼び出したわけ?」

「いや、呼んでませんよ。頼まれもしないのに、急に出てきたんです」

「ほーん。二十五年も前のオナゴのわりには、奥ゆかしさが足りないね。千種のがよっぽど」ここで「ぽ」に恐ろしく力を込めて「大和撫子じゃない」


 のっぽの大林が掲げる携帯電話の明かりが、加賀千種の頬に長いまつげの影を落としている。虎太がうっとり盗み見ていると、すぐに邪魔が入った。


「ハイそこ、千種を二秒以上連続で見つめない」

「言いがかりはやめてください」

「言いがかりとかいう被害妄想はやめてください」

「じゃあ一秒間隔でチラチラ見るのはいいんですか? はっきり言ってキモいですよ、そっちのほうが」

「なにアンタ、キモいものを千種に見せて平気なの? うわあ、独りよがり。愛がない。よって千種に接近する権利を失するものとする」


 横で翔子が取りなしてくれてはいるが、いかんせん霊体では存在感が薄い。小林はというと、小学生の女子みたいにひたすら「やーめーてー」を繰り返すばかりで役に立たない。部長である加賀千種は、いまだ沈黙を守ったままだ。


 そのとき。なにをきっかけにしたのか自覚はなかったが、虎太と大林が言い争うのをやめた。翔子が諦め、小林が疲れたようなため息をついた。

 完全な静寂が、生まれた。

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