第6話 アユムさん……なるほどわからん
ちょうど下駄箱の辺りで、虎太たちは身なりの良い小柄な老人――上條と合流し、加賀家の黒塗りの車に乗り込んだ。
虎太だけが助手席で、それ以外の三人……四人が後部座席に詰め込まれることとなったが、十分すぎるほど車内が広かったので、まったく問題はない。
目覚めた小林は、ひどく怯えていた。車内では一番右側に座っていたのだが、ドアにへばりつくようにして、誰も視界に入れないようにしている。それは虎太も同様だった。
アユムさんに三段階の波状攻撃を受けたのである。三回目に至っては、「二度あることは……」などと言いながら、まんまとはめられてしまった。彼が人間不信になったとして、一体誰が責められよう。
「いい加減、機嫌直して話を聞かせちゃもらえませんかねえ」
だんまりを決め込む二人にしびれを切らせ、車内の真ん中に陣取った大林が言った。助手席から窓の外を見つめながら、視線だけ後部座席に寄越すと、小林と目が合う。彼女も多分、自分と同じことを考えているのだろうと思った。
このまま思考停止していてはなにも始まらない。虎太は意を決し、かすれた声で言った。
「じゃあまず、予防線としてフラグを立てよう」
「フラグ?」
消え入りそうな声で問うてくる小林を落ち着かせるようにうなずいてから、続ける。
「そう。『こうだ』と思ったことは起こらない。思うだけじゃなくて、声に出せばより確実な気がする。うん、絶対大丈夫な気がしてきた」
「それって……」小林の声は、いよいよ小さい。「後ろ振り返ったら、全員が……あ、アユムさん化してる、とか?」
「そうそう、気が合うな。俺もそれが最大の懸念事項なんだ」
窓の外をゆっくり流れていく住宅街の景色を、眺めるともなしに眺めながらうなずく。
「おいコラ、牛島。心配して駆けつけてやったあたしたちを、何だと思ってんだ?」
「ちょ、ちょっと待ってください。心の準備が」
次にアユムさんが団体で出現したなら、確実に失禁する自信が虎太にはあった。けれども、考えれば考えるほど、そんなことはあり得ないと思えてくる。
そうさせるのは、加賀千種の存在だ。バケモノが彼女に取って代われるはずがない。百歩譲ってそれができたとしても、自分がバケモノと加賀千種を判別できないはずがない。直感のみを根拠とする確信が、虎太に行動を起こさせた。
顔をゆっくり正面に戻していくと、左ハンドルを握る上條が視界に入ってくる。大丈夫、ロマンスグレーの紳士は非アユムさん状態を維持している。さらに首を回し、後部座席の面々を一人ずつ確認していく。加賀千種、当然問題なし。大林、非アユムさんだが、顔が怖い。翔子、透けているのが気になるが、それ以外に異常は見あたらない。小林、おかっぱ。
「……よかったあ、今度こそ大丈夫ですね」
「あなたたちが落ち着いたところで、まずこちらの状況を説明するわ。その後、今度はあなたたちに起こったことを聞かせて」
「は、はい」
虎太と小林がうなずくと、大林が加賀千種のあとを引き継いだ。
「入部当初も言ったと思うけど、文芸暗部はマジモンの怪談のみを扱う部。だから、アユムさんの怪談を使用するに際し、検証が必要だったんだ。で、あんたたちに白羽の矢が立ったってわけ。二人にしたのは単なる保険。でも、実際はそれ以上の状況だったみたいだね。見てわかるとおり、翔子は幽霊さ。だから同じ幽霊相手ならガチでやり合えるし、いざというときは物理法則をちょっとアレしてあたしたちを呼べる。合計三重の保険をかけたつもりだったんだけれど……」
「アユムさんのがもう一枚上手だった?」
虎太に煽るつもりははかったが、大林は歯を剥いた。
「つーか、相手を間違えてたんだよ。吸血鬼を捕らえるのにべっこう飴持って行った――って言えばわかりやすいか?」
「よけい意味不明です」
「コタくん、吸血鬼の弱点は十字架。べっこう飴で気をそらせるのは、口裂け女だよー」
「アユムさんは」加賀千種の厳かな声音が、静寂を裂いた。「幽霊ではない」
「……でも……じゃあ、一体……?」
「それを調べんの。明後日」
「明日じゃないんですか?」
「文芸暗部、次の活動日は土曜よ」