第5話 わかった、俺の学校はガチでヤバい
微風を感じて目を開けると、目の前に小林がしゃがみ込んでいて、理科かなんかの教科書で扇いでくれていた。
「あー、よかった。コタくん、気がついた?」
「えーと、まあ。小林、その……パンツ見えてる」
「ええええ!」
小林はバフッと音を立てて両足の間にスカートのバリケードを築きパンツは隠したが、立ち上がるつもりはないようだった。薄暗くて見えないが、きっと顔は真っ赤になってるだろう。
明かりといえば廊下の端にある非常灯だけという暗がりの中、虎太がいつまでも黙っていると、扇ぐのをやめて小林が尋ねてくる。
「コタくん、どうしたのー? もしかして気分悪い?」
「いや、もう平気だよ。ねえ、俺どうしてた?」
「呼びに来てくれるのをずっと待ってたんだけど来ないから、探しに来たんだよー。掃除ロッカー開けたら、足がビローンって出てきて、寝てるのかなーと思って声かけたら反応なくって、焦ったー。とりあえず頑張って引きずり出して扇いだの。だから背中汚れてるかもー?」
「ああ、いいよ。ありがとう」
そうは行ったものの、虎太に笑顔はない。なぜなら、二度あることは三度あるからだ。
「で、きみ……ほんとに小林?」
「え、いや、どちらかというとホントは大林だけど……?」
「よかった。いいんだ、大丈夫」
「コタくん、それで」小林が声を潜め、顔を近づけてくる。「なんでわかったのおおぉクチャクチャクチャクチャクチャ」
小林の口に、無数の針がびっしりと。頬の内側に至るまで。
「これは、やばいかねえ」
「どうしましょう。きゅ、救急車を、呼ばれたほうがいいのでは……」
「丑寅は平気。小林さんが心配」
ノビている虎太と小林を、三者が取り囲んで話している。加賀千種、大林、翔子の三名。しかし、翔子の姿のみ、心なしか薄い。二人はそれを気にしていない様子だ。
「珠貴は、小林さんを連れて先に車へ向かって。そのついでに上條を呼んできてもらえる?」
「まかしとき!」
大林は小林をお姫さまダッコし、猛然と教室を飛び出していった。普段の発言もアレだが、腕力も相当なものらしい。
そして、虎太を加賀千種と半透明翔子が見下ろす構図となる。
「なかなかやるわね、アユムさん」
「はい。それにしても、わたしが気づけないなんて、申し訳ありません……」
「むしろ、あなたが気づけなかったというところがポイントかもしれない」
「……と、おっしゃいますと?」
加賀千種は無表情で立ち上がると、虎太の両方の手首をつかんで引きずり出した。そのまま教室を出る。虎太のカバンは、彼の腹の上だ。
「アユムさんは、幽霊ではない」
そう断言する加賀千種の横で、滑るように――足を動かさずに床上三センチ上を平行移動する翔子は首を傾げる。大八車のように引かれていく虎太は、まだ目覚めない。
「幽霊ではない、とすると、コタさんと小林さんは、何を見て気絶されたのでしょうか?」
「小林さんは昔から、恐ろしい形相の老婆や苦痛にうめく男性の幽霊を見慣れているの。だとすると、それ以上のものが出たと考えるべき」
「目撃者の皆さんが、心に傷を負われたり、階段から転げ落ちてしまわれたりするのも、無理のないことなのかもしれませんね」
「いずれにせよ、暗部の出番ね」
そんな話をしているとき、引きずり回されている虎太が目を覚ました。もうちょっとどうかすると誰かのスカートの中が見えてしまいそうな状況で、その「誰か」が加賀千種だという事実が判明し、怯えた声を出さざるを得なかった。
加賀千種はようやく引き回しの刑を中断した。
「怪我その他、ないわね?」
「な、なな、ないです」
「私たちは、少しアユムさんを甘く見ていた。危険な目に遭わせて申し訳ない」
「や、そんな。いいんです、これくらい。それより小林は?」
「廊下で、同じく気を失っていたわ。一足先に車に行っている」
虎太は真っ赤になって恐縮した。廊下が非常灯だけの薄明かりで心底ありがたいと思う。かっこよくアユムさん事件の真相を報告して、株の一つも上げたいところだったのに、これでは合わせる顔がない。
「家まで送るわ。道中、話を聞かせて」