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第3話 話が違うじゃないですか! ハーレム進入禁止令!?

「あたしは見てないよ、三年の先輩に聞いたんだもん」

「じゃあさ、その先輩は……実際に体験したのかな?」

「先輩も、そのまた先輩に聞いたって言ってたかな。で、そんなこと聞き回ってどうすんの?」


 虎太こうたは頭を掻きながら、よれよれになったメモに目を落とした。


「部活動なんだ。この学校の怪談について調べてるんだよ」


 そう説明するのは何回目だろうか。あれから早くも一カ月が経過し、虎太はクラスの連中とも親しくなった。いつも終礼とともにマッハで教室を飛び出していく加藤佳子かとうよしこがようやく捕まった今日、ついにクラス全員の情報をコンプリートできたことになる。


「ふーん、何部だっけ? 新聞部?」

「違うよ、文芸部」と言ってから、ためらいがちに続ける。「暗部のほう」

「へー。まあ、この七不思議って結構古いみたいだからさ、先生とかに聞いたほうがいいんじゃない?」


 暗部についてスルーされたのが幸いなうえ、ありがたい提案までいただけるとは大収穫だ。虎太は加藤に礼を言ってから、今日は自分が教室をマッハで飛び出し、職員室へと向かった。


 自分以外全員女子という、世の男子垂涎の状況に甘んじながら、虎太はこのひと月、孤独を味わっていた。味わわされていた。

 加賀千種かがちぐさ大林おおばやしは資料書籍とにらめっこでウンでもなければスンでもないし、二年の祥子しょうこは半幽霊部員で、たまに現れたと思うと部のマネジメント業務で忙しそうにしている。小林こばやしも虎太と同じく聞き込み任務についていたが、二人組で行動などという非効率的なまねを大林が許してくれるはずもなく……挙げ句、収穫があるまで部室に入るなくらいの勢いで釘をさされていたので、彼の学生ライフは想像したものとは大違いの、寂しい日々が続いていた。


 しかし今、虎太は有力な情報――を持っていると思われる人の情報を入手したのだ。憧れのハーレム状態に突入するのも、もはや秒読み段階だろう。その思いが、彼の足を前へと駆り立てた。


「あのう、スミマセン。文芸部の調べ物で、ちょっとこの学校の昔話をききたいんですけど」

「はあ、ごくろうさん。で、何、昔話って?」


 職員室へ入るなり、一番年寄りっぽい教師をロックオンして声を掛けた。


「よくありますよね、学校の七不思議って。その一つに、『家庭科部のアユムさん』っていうのがあるんですが、知ってますか?」

「へえっ、アユム? 家庭科部の? いやあ、知らんね」


 そう返されるのは想定済みだった。だから虎太は、なるべくコンパクトにまとめた怪談の概要を用意していたのだ。


「昔、家庭科部に所属していたアユムさんという人がいじめを受け、裁縫で使う針を数百本まとめ飲みして自殺したんだそうです。それ以来、家庭科室には口から血を流した女子生徒の幽霊が出るようになったって話なんですけど」

「うちの学校でいじめなんかないよ。ましてや自殺した生徒なんか、いるわけない。少なくとも私が在籍している三十年はね」

「怪談の細部で、なにか気づいたことはないですか? 自分が聞いた話とはここが違うとか、後日談や前日段でも、なんでもいいんですけど」


 もともと、初対面の教師がノリノリで話してくれるとは期待していなかったが、いじめと自殺発言は彼の感情を大きく逆なでしてしまったようだ。虎太はここらで切り上げることにする。


「そういえば、家庭科部ってのは懐かしいな。それこそ二十五年かそこら前に、裁縫部と料理研究部に別れたからなあ」


 これはもしかして、収穫といっていいのではないだろうか。虎太は教師に礼を述べ、第二理科室へと駆けだした。


「これ、二十五年も前から語り継がれてきた怪談ですよ!」


 ドアを開けざま、虎太は意気揚々そう言い放った。もしかして褒められてしまうのではないかと、期待に胸を膨らませて。

 だが彼ももうすぐ十六歳、人生は甘くないと学ぶには遅くない年齢だった。


「それなら、今度はその当時に生徒だった人に聞き込み。それくらいは自主的に動くのが普通」

「あー……、ハイ」


 大林は資料の本から顔も上げずにそう言った。

 虎太の胸中に切なさがこみ上げてくる。


「アユムさん、今でも現役バリバリだそうですーっ!」


 第二理科室に飛び込んできたもう一人が、息せききってそう叫んだ。虎太の「お仲間」の小林である。

 彼女も有力情報を得るまでは第二理科室の敷居をまたがせてもらえなかったのだろう。子どもっぽい顔を紅潮させて、さらに続ける。


「始業式の翌日に早速登場して、か弱い一年の男子を病院送りに。次はその二週間後、自称霊感少女の一年女子が遭遇し、知っている限りの除霊方法を試したけど消えず、階段から落とされる。最近では、先週の土曜、不良少年の三年男子が遭遇。彼は今週まだ登校してきてないそうですっ!」

「当然、それだけで帰ってきたわけじゃないだろうね」

「も、もちろんっ! 霊感少女だけは復帰していたんで、話聞いてきましたー。アユムさんの怪談を聞きつけて、本物かどうか確かめるために時間を潰し――彼女は帰宅部だそうです――週番と宿直教師の見回りをかいくぐって午後五時過ぎまで校内に潜伏、それから家庭科室のある四階から、全階の廊下を通って一階まで来たところ、そこでアユムさんと遭遇したとのこと」


 圧倒的に報告し慣れている小林の横で、虎太は小さくなって聞いていた。かなりのドヤ顔で第二理科室に入ってきた己が恥ずかしい。


「アユムさんは、口から大量の血を流していたようです。で、アウアウ言いながら接近してきたので、霊感少女は身の危険を感じ、お経を唱えたところ――」

「待った。お経なんて知ってるかな、普通。俺らとタメの女子なんでしょ?」


 思わず口を挟んだ虎太に、ゆったりと答える声があった。


「霊感少女のたしなみですね。ほかにも九字とか、祝詞とかを覚えてる場合がありますし、お塩や御札なんかも、標準装備ではないかしら」


 翔子の説明は、虎太の霊感少女に対する謎を深めるだけだったが、彼を置き去りにしたまま小林の報告は続く。


「お経は効果がなく、後ずさりながら知っている限りの除霊方法をためしたものの、やっぱり効かない。で、いつの間にか地下への階段まで追いつめられてて、霊感少女、落っこちちゃったそうです。そのときに足をひねったみたいだけど、大事にはならなかったとのこと。以上!」


 勿論、虎太はホラだと判断した。どこかで七不思議を聞きつけた霊感少女が、注目を集めるために悪霊とバトルするという筋書きを思いついたのだろう。百歩譲って、学校への居残りが事実だとしても、足を捻ったというのは演技だ。「くだらない」――そう言おうとした。


「か弱い一年男子の話も聞いてみたいところね。病院送りということは、今も入院中?」

「はい。宿直教師が騒ぎに気づいた理由が、錯乱状態に陥った本人の叫び声だったということで。大事を取って入院して、まだ退院してないそうです」

「不良はどうなった?」

「それ以来登校してません。あの……これは噂なんですが」

「もったいぶらないで言いな」

「それが……恐怖のあまりチビっちゃったとかで、不良のメンツも丸潰れだし、転校だか退学だかするらしいです」

「それは確かに……俺でも転校したくなるかも」


 加賀千種も大林も、しばらく無言で何かを考えているようだった。翔子は、いつも通りの温かな笑みでそれを見守っている。虎太と小林は、息を詰めて次の言葉を待った。


「彼らに検証をお願いするわ」

「聞いたね、あんたたち」加賀千種の言葉を、これ以上は不可能とさえ思えるタイミングで大林が引き取る。「コタ、小林、さっそく今日の放課後、最終下校時刻が過ぎるのを待って、校内を一周してきな。潜伏の手段は問わない。アユムさんとやらが実在するのかどうか、確かめるんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「何か」


 大林の声が余りにも冷たかったため、虎太は冗談抜きに寒気を感じて身を震わせた。けれども、横で小林に今にも泣きそうな顔をされては、ひとこともの申さずにはいられなかった。


「何かじゃないです。いたいけな一年生の俺たちに、入学一カ月目にして早くも校則違反をさせる来ですか?」

丑寅うしとら

「は……はい」


 加賀千種に名前を呼ばれた。彼女が明確に自分に向かって話しかけていると考えると、全身の血液が沸騰したように暑く――否、熱くなる。舌が上あごに貼りついて、うまく声が出せない。


「今回のアユムさんの件は、まさに私たち暗部向きの話だと思う。人には、動くべきときがあるの。大丈夫、翔子がいるから」

「――……はい?」


 要領を得ないとはまさにこのことだと虎太は思った。今の発言は、詩かなんかだろうか。それぞれの文脈につながりが感じられない。せめて接続詞を使ってほしいと思う。

 救いを求めるように翔子を見た。こういうときに縋るべきは、翔子以外にいないと実体験で確信している。大林ではないのだ、絶対に。


「はい、大丈夫ですよ」


 期待に違わぬ癒しの微笑み。単純な話だが、それで虎太の覚悟は決まった。翔子の笑みに免じて――それより先に、加賀千種の命令に抗うことなど不可能なのだが――校則を破り、アユムさんとやらの真偽を確かめてやろうじゃないか、と。

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