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第2話 やってきました女の園で雑用係

 翌日、四月九日。通常授業が始まったが、虎太(こうた)は上の空だった。当然だろう、加賀千種(かがちぐさ)擁する文芸部の、活動初日なのだから。

 妄想は果てしなく広がる。実のところ虎太は、文芸部の何たるかをあまりわかっていなかった。多分……と、虎太は頭を回転させる。


 小説とか詩とか、そういうものを作るんだろう。普通はおそらく、頼まれもしないのに小説なんかを書いている人が入部するから問題ない。しかし虎太は違った。生まれてこの方、小説など書いたこと――いや待て、と、一度だけあったのを思い出す。

 あれは確か小五のとき、国語の授業で物語を書かされた。まあ、スターウォーズのエピソード1のあらすじを、登場人物の名前だけ変えて無理矢理方眼紙を埋めただけのものだけれど。まったくの未経験よりはマシではないか。

 気持ちが再び上向いてくる。このまま終礼まで突っ走りたいという虎太の願いは、めでたく聞き届けられた。


 いざ部活動開始という段になって、部室の場所を聞いていないという失態に気づいた。けれどもその問題は、通りすがりの上級生に尋ねることで事なきを得る。虎太は教えられたとおり、校舎四階の三年D組の教室へと向かった。


 やっぱり、部活初日といえば、登場シーンにも気を使いたい。そして好印象を残すのだ。扉にかけた手を戻し、シャツがズボンからはみ出ていないか確かめ、フケが落ちていては大変なので念のため両肩を払う。呼吸が整ったら、引き戸を勢いよく――なるべく爽やかに開けて一歩踏み出す。


「どうもー! 今日からお世話になります、牛島虎太です。よろしくお願いしまー……す?」


 机に向かっていた十五人くらいが、一斉に顔を上げて虎太を見た。それに怯んで立ちすくみながらも、知った顔を探し、それがないことに戸惑う。小林や大林、何より加賀千種の顔を忘れるはずがない。なのに、並んでいるのはすべて、見たことのない顔だった。


「牛島虎太? 聞いてないなあ。今年の新入部員は、全員女子だったはずだけど」

「えっ……でも昨日、確かに入部届出したんですけど」


 面倒くさそうに対応してくれた男子生徒は、後ろを振り返って「聞いてる?」と尋ねた。今度は一斉に、首が横に振られる。虎太にしてみても、この中の誰にも言った記憶がない。


「あの……加賀千種さんに」

「なんだ、アンブのほうか」名前を聞いたとたん、男子生徒はあからさまに非友好的な声になった。「それなら一階の第二理科室だよ」


 そう言いながら、さりげなく虎太を廊下に押しやろうとする。「アンブ?」と尋ねようとしが、答えてくれる気はなさそうだった。寄り切りで虎太を教室から排除した直後、即座に扉が閉じられる。中から「塩撒け、塩」と言っているのが聞こえてきて、虎太の不安は増した。


 二分後、虎太は第二理科室――自分の教室の廊下を挟んで反対側にいた。ヤバい部に入ってしまったなら、活動を始める前に退部の意志を表明したほうがいいのではないか――そんなことを考えつつ、そろそろと扉を開ける。


「あっ、コタくん! きたきたー」


 小林(こばやし)だけが反応して、うれしそうに駆け寄ってきた。大丈夫、歓迎されている。それに片手を上げて答えながら、ほかの上級生たちの様子をうかがった。「たち」と言っても、わずかに三人だったが。

 一見すると、普通に勉強しているように見えた。ノートを広げ、その傍らには山積みの本。どうも、本の内容の一部を書き出しているように思える。


「ねえ。ここ文芸部じゃなかったんだ。アンブって何?」

「ええっ! コタくん、勘違いで入部したの? わたしちゃんと言ったよー、文芸暗部って」


 手近な実験テーブルの一つに案内されながら、虎太と小林は声を低くして囁き合う。


「どうしよう……。コタくんが辞めちゃったら、おねえちゃんに殺されちゃうー」


 一生に一度の高校生活を棒に振るつもりはない――と、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。小林の哀れっぽい声と表情が、虎太が非情になるのを阻んだのだ。


「辞めるかどうかは、もうちょっとしてから決めるよ。で、何する部なの?」

「文芸暗部は、怪談専門の文芸部なの。それも実話だけを厳選した」


 かいだん、階段……ああ、怪談か。虎太は、どうやら自分がかなりけったいな領域に足を踏み込んでしまったことを知った。


「怪談ってさ、怖い話だよね?」

「そうそう。コタくんも、なんかネタ持ってたりするのー? 話してあげたら、きっと先輩たち喜ぶよー」

「でも、実話じゃないとダメなんだよね?」

「体験談だったらベストだけどね。又聞きでも平気だよー。裏付け取ってから採用するから」

「それなら何個か知ってるけど……」

「じゃあ……にゅ、入部辞退なんて、言わないよねー?」


 そう言った小林のクリクリとした目は、あろうことか冗談じゃなく潤んでいた。これは反則だと虎太は仰け反る。小林とは昨日以降これといって絡みもないため、彼女が姉にお仕置きされようがされまいが、関係ないはずだった。だったが……。


 目線をずらして、奥で小難しげな本を呼んでいる加賀千種を盗み見た。彼女とお近づきになれるなら……。


「辞めないよ。せっかく縁あってこういうことになったんだからさ」

「よかったー! 先輩たちー、雑用係きましたよー」


 その声に、値踏みするようなまなざしが向けられたので、虎太は思いっきり引きつった顔を見られてしまった。


「でかした小林」


 小林の実姉、大林(おおばやし)が尊大にねぎらう声が遠くに聞こえる。


「それではさっそく、やってもらうことのリストを作りましたので――って、初対面でしたよね?」

「あ、はい……たぶん」


 加賀千種でも大林でも小林でもない、第四の女子生徒に微笑まれ、虎太はドギマギしながら頭を下げた。


「二年の、三寺翔子みてらしょうこです。よろしく、お願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」なぜかお辞儀までして返してから、虎太は翔子に尋ねた。「あのう、部員って、これで全員ですか?」

「そうですよ。少なくて、がっかりしましたか?」

「いえっ、そんなことないです、全然。少数精鋭ってやつですね」


 話しやすいメンバーがいて、まずは一安心だ。加賀千種は近寄りがたいし、大林は怖い。小林は、その大林とつながっている。だとすれば、こまごまとしたことを尋ねたり相談に乗ってもらったりするのは、翔子が最適に思われたのだ。彼女は人当たりがいい。


 何より虎太を喜ばせたのは、もしかしたらという淡い期待通り、彼を除くと全員女子だったこと。胸中でガッツポーズを三度に渡って繰り出したのはまったく正常な反応だろう。女所帯の中で力仕事が発生したら、唯一の男として頼られたりカッコいいところを見せられるはず。そう考えると、雑用係も悪いポジションではないように思われた。


「それで、俺は何をすればいいんですか? あ、もしかして」


 諸先輩方の前に積み上げられた、数々の本を見てピンときた。すべて、背表紙の下に区の図書館のシールが貼られていた。確かに、女の細腕でこの量の本を運ぶのは大変だろう。


「本を運ぶんですか? いいですよ、やりますやります」

「あ、本は大丈夫です。上條(かみじょう)さんが、運んでくださるので」

「あれ、部員はこれだけじゃなかったんですか?」

「そうですよ。上條さんは、加賀先輩の運転手さんです」


 英語で言えば、ドライバーか……と、どうでもいいことが頭に浮かぶ。ただ者ではないとわかっていたが、加賀先輩、さてはお嬢か。

 これはいいぞと、虎太は脳内でしたり顔をした。夏休みは加賀千種の家か別荘で合宿、というイベントフラグが立ったからだ。


「ああ、運転手ね。そう……じゃあ俺は何を?」

「はい、聞き込みです」


 セリフの内容と笑顔が合っていない。それは、刑事と書いてデカと読む人がすることだろうとツッコミたかったが、踏みとどまって彼女の言葉の続きを待つ。


「すでにお聞きおよびでしょうが、この部では、実話のみの怪談集を発行することを、活動目的としています。ですから、怪談の収集と、その裏付けが、とても重要なのですよ」

「あー、俺は小説書いたりとか、しなくていいんですね?」

「書けんの?」


 こんなトゲのある言い方をするのは大林だと、虎太はすでに学習している。しどろもどろになりつつも、例の小五のときの話をすると、大林は鼻で笑った。


「何それ、二次創作じゃない」

「いやあ……まあ、そうとも言いますね」


 小さくなっていると、助け船は思いもよらないところからやってきた。加賀千種だ。


「書きたい話に出会えたら、書けばいいでしょう。それまでは、できることをお願いしたいの」

「了解しましたっ!」


 敬礼までして見せてから、虎太は翔子から紙切れを受け取り、第二理科室を飛び出した。

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