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「それでは皆さん、おそろいですね」

 にこやかな笑顔でタカが前に進み出た。

「今日の肝試しはいかがでしたか? 楽しんでいただけましたでしょうか。今日の企画運営は僕、そしてアシスタントは田貫先生です! 先生、こちらへどうぞ!」

 田貫先生がみんなから背中を押されて前に出てきた。おれはポカンと口を開ける。

 これが、本当に肝試し? 種も仕掛けもある、ただの遊びだったのか?

 そんな馬鹿な、と服に付いた血のりを見ると、全てただの泥汚れだった。目の錯覚だったのか。いや、でも、あの恐怖はハンパなかった。ユリがどれだけ泣いたと思ってるんだ。からかっただけなら、タダじゃおかない。

 そう思ってタカをにらみつけていると、タカが笑顔でななめ上に手を差し伸べた。

「そして、彼女の協力がなければこの企画は成り立ちませんでした! アヤメさんです! どうぞ!」

 すると、空中に差し出されたタカの手のひらにそっと手を置く者がいて、何もない空間からするりと現れた少女がいた。

 長い黒髪に、白いワンピース。さっき、おれが何体も蹴りを食らわせた、あの女か!

「……アヤメです。今日は皆さん、一緒に遊んでくださってありがとうございました」

 空中に浮いたまま、綺麗なおじぎをするアヤメさんに、おれとオサルは口を開けた。事態についていけない。ユリがおれのそばに寄ってきて、戸惑いがちに腕をからめてきた。おれはあっけに取られて声も出せない。周囲のヤツラは皆この状況に納得できているようなのに、おれ達四人だけがちっとも理解できていなかった。

 タカがちょっと申し訳なさそうにおれ達に向かって笑みを浮かべる。

「ごめん、他のみんなには、ここに到着した順番に種明かしをしちゃったんだよ。まだなんにも事情を知らないのはキミ達だけなんだ。今から説明するからカンベンして」

 タカは一度アヤメさんの方を振り返ってにっこりと微笑むと、おれ達四人に最初から話をしてくれた。




** ** ** ** **




 アヤメさんは、いわゆる地縛霊らしい。この旧校舎に長年居続けて、すでにここから移動することができないそうだ。そしてもうずっと長い間、この学校でたくさんの生徒たちが、勉強したり遊んだり行事をがむしゃらに頑張ったりするのを眺めて、一緒に笑って楽しんでいたらしい。

 でも、ある時急に、学校から誰もいなくなった。ある日突然、生徒も先生も、巡回警備員すらこの場所を訪れなくなったのだ。校門は太い鎖で施錠され、生徒たちが転げまわって走っていたグランドにも草が生い茂ってしまった。

 今年の三月。学校は移転したのだ。

 アヤメさんは、飛んで、飛んで、誰かを探し続けた。屋上から登下校路の坂道を眺めて、明るくにぎやかでノーテンキな生徒達が登校して来るのを待ち続けた。

 でも、学校は再開されなかった。生徒達は登校しない。それはもう、仕方のないことだった。

 タカは実は、元々こうした人ならざる者が見えてしまう体質だったらしい。入学した時から、この学校にアヤメさんがいるのに気がついていた。三月の修了式の日、タカは校門から校舎を見上げた。そこに彼女の姿は見えなかったけど、異変を感じて戸惑い震えるアヤメさんの気配を感じたらしい。校門の前にはマイクロバスがいて、先生方が昇降口から出てくるのを待っていた。これから合併先の学校の先生方との交流会(という名の飲み会)があるようで、先生方は次々とバスに乗り込んで行った。最後に校長先生と教頭先生と、田貫先生が出てきた。校長先生が門を閉じると、教頭先生が太い鎖をかけ、そこに校長先生が大きなカギを取り付けた。

 タカはそれらの様子をぼんやり認識しながら、視線は校舎の奥へと向けていた。震えながら彼女が縦横無尽に校舎周辺を飛び続けていたのだ。上から下へ、右から左へ、奥から前へ……アヤメさんは何が起きているのか分からず、どうして、どうして、と泣き叫びながら高速で飛んでいたらしい。その時、ふいにタカは肩をつかまれた。

「鷹志、お前、まさか……」

 田貫先生とタカは、お互いに黙ったまま……何も言葉にできなかった。アレが見えるのか、という、それだけのことを互いに問えなかった。

 そして、校長先生から声がかかって、田貫先生はバスに乗り込んだ。タカはガラス越しに田貫先生と視線を合わせた。先生が校舎の方に目を向けたので、タカも同じようにそちらを見た。

『校舎が泣いている――』

 マイクロバスは走り去った。ここにはもう、誰もいない。タカと、それから彼女だけ。

 タカは大きく息を吸い、校門から彼女に別れを告げた。「もう二度と会えないけれど」と。そして振り向かないと決めて、必死に坂を走って下りた。遠くでアヤメさんの泣く声が聞こえたらしい。その響きは、いつまでもいつまでも頭に残ってしまう、悲しみをたたえた声だった。




** ** ** ** **




「そしたらね、ある日、タカシが来てくれたの! 嬉しかった! ほんとに嬉しかったんだよ、ありがとう、タカシ!」

 アヤメさんが明るい声で笑いながら、タカの周囲をふぅわりと飛んだ。

「だって……アヤメの泣き声が、いつまで経っても頭の中から消えてくれなかったんだ。仕方ないでしょ」

 微笑んでアヤメさんに腕を伸ばすタカ。その腕にちょこんととまるように腰を掛け、アヤメさんはクスクスと笑っていた。

「あたしね、本当にみんなのことが大好きだったの。もうどのくらい前かはちっとも覚えてないけど、あたし、死んじゃったんだよね。でも学校が大好きだったから、だからきっとここに居ついちゃったんだと思うの。もうどこにも動けないけど、でもあたし、ここにいられて幸せだった! たくさんの生徒たちが入学しては卒業していくのを、毎年毎年、飽きもせずに見ていたの。一緒にお勉強もしたよ。運動会では大声で応援もした。障害物競走が特に好きだったな。みんなが給食を食べてるのを見るのも好きだった。好き嫌いばっかり言ってた子が、卒業するまでにみんなと同じように食べられるようになったの見て感動したり、一番人気のメニューが出て、学校全体がわっと喜びに沸いたのを見るのも好きだった。一緒に歌も歌ったし、行事のたびに家族がたくさん来て学校中に人があふれるのもすっごく好きだった。休み時間にプロレスばっかりしてて、いっつも先生に怒られてる子達を見るのも楽しかった」

 おれとオサルは顔を見合わせ、ちょっと赤くなって体に力が入った。それで思わず、腕にからんでいたユリの手の感触をさらに味わうことになってしまい、もっと赤くなっちゃったんだけど。

「タカシのことは前から知ってたの。いっつも図書室で静かに本を読んでいる子だったから。『何を読んでるの?』とのぞき込んだら、いつも突然読む姿勢を変えて、本を立てて背表紙の題名が見えるようにしてくれたのを覚えてる。まさかあたしのこと、見えてるとは思ってなかったから、自然にあたしに都合の良いようにしてくれる人だと思って、嬉しくってよくつきまとってたの。そしたら……ふふふ、最初から、全部見えてたし、声も聞こえてたって言うじゃない? すっごく嬉しくって、たくさんたくさんおしゃべりしちゃった! タカシのこと、大好きになっちゃったの!」

 くすくすと軽やかに笑うアヤメさんに、タカはとても優しい瞳を向けた。

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