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 さん、で飛び出した。

 懐中電灯は先ほどの記憶どおりの場所に転がっていて、辺りの床面を赤々と照らし出していた。

 ぬめる液体に足を取られそうになりながら、走った勢いのままかがんで懐中電灯を拾う。そしてそのまま約二十メートルの渡り廊下を駆け抜けようとしたのだが。

 懐中電灯を拾った瞬間、足元の液体が激しく波打ちだした。まるで下から噴き出るようにぼこん、ぼこんと大きな泡が出てきて破裂して、たくさんのそれらが干渉しあって波が押し寄せてきた。

「…………!」

 ユリが声にならない悲鳴を上げる。足を取られて速度が落ちているユリの手を無理やり引っ張り、スピードを上げた。

 すぐそこの泡が大きく、ぼこん、と破裂して、中からズルズルと髪を乱れさせた顔が、目の辺りまで出てきた。床で波打つ血の海に髪が広がり、それ自体が意思を持って動いているようにうねうねとくねる。ユリが思わず足を止めそうになったので、引っ張って斜めに進んだ。すると今度は進行方向の廊下の隅から顔が出てくる。今度はあごまで一気にズルリと出て、長い髪をこちらに伸ばしてきた。

「くそっ!」

 それを避けるように、またもやユリの方に方向転換し、少し足をもつれさせながら斜めに走っていく。

「きゃああぁぁぁっ!」

 今度はユリの目の前に顔が現れた。ずしゃあ……と胸まで勢いよく出て、片手をこちらに伸ばしてくる。

「いやあぁぁぁぁぁ!」

 止まってしまったユリを無理やり引っ張り、方向転換して走っていった。

「ユリ、あきらめないって約束したぞ!」

「うん、した……した、けど」

 本当にここは、たった二十メートルの渡り廊下なのか。もう百メートル以上走っている気がする。ユリが歯をガチガチと鳴らしながら、それでも必死に足を動かしているのに励まされ、おれも間一髪で湧き出る女をかわし続けていた。もう既に一体ずつではなく、あちこちで次々に湧いて出ている。上半身まで出てズルリズルリと下半身をも出そうとしている者、両手をこちらに差し伸べてつかみかかろうと腕をふらふらさせている者、髪をズズッとこちらに伸ばしてからみつこうとさせる者、それをよけたりかわしたりして、懸命に走り続ける。

 ああ、もう息がもたない。

 これ以上、口をいくら開けても肺に酸素を入れられない。

 心臓が悲鳴をあげている。

 もう、無理。

 でも……ユリが。

 ユリがいる。

 ユリを助けると、必ず無事に家へ帰すと決めたんだ。

 そうだ。

 ふたり一緒に助かるって、約束したんだ。

 あきらめちゃダメだ。

「ちくしょー! お前ら、ジャマだあぁぁぁぁぁ!」

 目の前の女に、跳び蹴りを入れた。綺麗に決まった。もちろんだとも。美術室の扉を壊したのも、ほうきの柄で壁に穴を開けたのも、どっちもオサルだったけど、一緒にプロレスをしていたのは、いつもいつもおれだった。おれらは毎日、休み時間のたびにプロレスをしていた。もちろん、新校舎に移ってからも。

「なめんな、ンのヤローーーーーっ!」

「ドロップキーック!」

「ローリング・ソバーーット!」

「サマーソルト・キーーーーック!」

 次々と女に蹴りを決めて、突っ込んだ勢いでまた走り出す。

 そして、とうとう。

 渡り廊下の端まできた。

 柱に手をかけ、遠心力でユリを振り回し、階段部分に突入する。

「にぎゃああぁぁぁ……」

 ユリがとうてい女子らしくない奇声を発したが、それにも構わず階段を上へ上へと駆け上った。興奮したまま屋上へ続く扉をバタンと開け、外に飛び出て雄たけびを上げる。

「コタ、コタ! 正気に戻って! ゴールだから! もう大丈夫、終わったから!」

 周囲の男子に止められて、ようやく吠えるのをやめたとたん、女子の大声が耳に入った。

「ユリ、大丈夫!?」

「ねぇ、ユリ、しっかり!」


 はっ!

 ユリ!

 ユリは!


「ユリッ! 大丈夫か!?」

「はぁ、はぁ……だ、だい……じょ、ぶ……」

「どっか怪我してないか!? ああ、もう! 血だらけで怪我してるかどうか分かんねぇー!」

「だ……から、だいじょうぶ、だってば……」

 荒い息をしながらも、ユリはぺったりと座り込んでこちらに笑顔を向けてくれた。

「良かった、ほんとに良かった……ユリ、おれら、助かったぞ!」

「うん、うん……! ありがと、コタ……!」

 感極まって手を握り合うおれとユリ。

 その時、階下からの叫び声がここまで聞こえてきた。

「シャイニング・ウィザーーーーード!」

 オサルだ。

 あいつも結局、おれと同じように駆け抜けて来たんだな。

 さすが親友。

 行動が同じだ。

 すると、周囲がどっと笑いに包まれた。

「やっぱり、一番派手なのはオサルとコタだったねーっ」

「やらかしてくれると思ってた!」

「うん、期待してたよな!」

「ああ、期待どおりだった!」

 笑い転げるクラスメイト達の中に、走り続けたオサルがドカンと飛び込んで来て、またもやみんながどっと笑った。

「え、なに、どうしたの!?」

 オサルはうろたえて腕にギュッと力を込めた。

 キョロキョロと周囲を見渡すオサルのたくましい腕の中には、姫抱きにされたサクラがちょこんと収まっていて、その白くて細い腕がオサルの首に巻き付いていたのだった。

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