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「……ユリ」
見たものが信じられなくて、少し声がかすれた。
「ユリ、ちょっと外、見て」
今度はもう少しまともな声が出た。
「え、なに」
「窓の外、校舎の屋上……見ろってばっ」
ユリの顔を無理やり窓の外へと向ける。その向かい側、本棟校舎の屋上で、一年一組に集合するはずだったクラスメイト達が集まっていた。もちろん、タカの姿も見える。そして、そこには。
「タヌキせんせぇ……!」
ユリが信じられないといったように声を上げた。
そう、見間違えるはずがない。本棟の屋上に、クラスのみんなと田貫先生がいる。
「どうして、なんで!?」
ユリはうろたえるが、ひとつだけ分かることがある。
あそこまで行けば、おれ達は助かるんだ。
だって、みんな笑ってる。
話している内容まで聞こえそうなくらい、大声を出したら振り向いてもらえそうなくらい、すぐそこで。
おれは窓に手をかけた。やっぱりどうしても開かない。この旧校舎は全ての窓がへそを曲げてしまっているのだ。
「おーい、タカ! こっち向いてくれ! こっちに気づいてくれ!」
「タヌキせんせぇ、気がついてー!」
二人で叫んだけれど、誰もこちらに気づいてくれない。ただただ、そこにいる人達だけで笑い合っている。
ふいに田貫先生がこちらに視線を向けた気がした。一瞬だけで、またすぐに向こうへ向いてしまったけれど。ユリが大声で友を呼びながら一生懸命手を振っているが、誰もこちらを見てくれないから気づいてもらえる様子はなかった。
「ちくしょう!」
窓をドンと叩くがニブイ音がしただけだ。ガラスを叩いたような音ではない。もっと硬い、石のような何かだ、これは。
そうか。ならば、開くはずがない。開けられない、こちらの声は届かない、こちらの姿を見てもらえるはずがない……そう、ふいに悟った。
一度ギュッと目を閉じて、それからゆっくり開いていく。
「ユリ」
大声で友達の名を呼びながら涙を流し続けているユリは、振り上げた両手をゆっくり下ろして振り向いた。
「ユリ、行こう、あそこへ」
ユリの唇が震えている。
「おれがユリを連れて行く。必ず連れて行くから、だから」
おれの視線をひっしと受け止めているユリに向かって、おれは決意を口にする。
「おれが守るから。絶対」
「……うん。分かった。行こう、コタ」
ユリが懸命に笑みを浮かべる。歯が鳴っているのは止められないようだけれど。おれはそんなユリの手をしっかりと握った。
「コタと一緒なら、怖くない」
またユリの瞳から、ぽろりとひとつ、涙がこぼれ落ちた。
小さい頃からずっと一緒に育ってきて、色んな表情をそばで見てきたその中で。
一番サイコーに、可愛い笑顔だった。
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「覚悟はできてるな、ユリ」
本棟校舎に続く渡り廊下の手前まで来た。ここを曲がれば渡り廊下。先ほどの、血の池があるはずの場所だ。
「うん、大丈夫」
ユリの言葉にそっと渡り廊下の様子をうかがうと、さっき落とした懐中電灯の灯りがぼんやりと辺りを照らしていた。
「良いか、いちにのさん、で走り出すぞ。まず最初に懐中電灯を拾う。多分、さっきの記憶だとすぐそばに転がってると思うから拾えるはずだ。でも、なんかの手違いで遠くにあったら、あきらめてさっさと本棟に向かう。走り抜けて、そのまま西階段で上に上がるぞ。屋上に飛び出してみんなと合流するまではノンストップだ。いいな」
「ん、分かった。絶対止まらない。走り抜く」
「もうひとつ、約束して欲しい」
「なに?」
「絶対に、あきらめない」
「分かった、あきらめない、絶対。約束する」
つないだ手を強く握った。
「ふたりで一緒に、みんなのところへ行くぞ」
きつく握り返された。
「うん、一緒に、ね!」
そして、見つめ合い、ふたりの呼吸を合わせる。
「んじゃ、行くぞ。いち、にの……」