表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

「……ユリ」

 見たものが信じられなくて、少し声がかすれた。

「ユリ、ちょっと外、見て」

 今度はもう少しまともな声が出た。

「え、なに」

「窓の外、校舎の屋上……見ろってばっ」

 ユリの顔を無理やり窓の外へと向ける。その向かい側、本棟校舎の屋上で、一年一組に集合するはずだったクラスメイト達が集まっていた。もちろん、タカの姿も見える。そして、そこには。

「タヌキせんせぇ……!」

 ユリが信じられないといったように声を上げた。

 そう、見間違えるはずがない。本棟の屋上に、クラスのみんなと田貫先生がいる。

「どうして、なんで!?」

 ユリはうろたえるが、ひとつだけ分かることがある。

 あそこまで行けば、おれ達は助かるんだ。

 だって、みんな笑ってる。

 話している内容まで聞こえそうなくらい、大声を出したら振り向いてもらえそうなくらい、すぐそこで。

 おれは窓に手をかけた。やっぱりどうしても開かない。この旧校舎は全ての窓がへそを曲げてしまっているのだ。

「おーい、タカ! こっち向いてくれ! こっちに気づいてくれ!」

「タヌキせんせぇ、気がついてー!」

 二人で叫んだけれど、誰もこちらに気づいてくれない。ただただ、そこにいる人達だけで笑い合っている。

 ふいに田貫先生がこちらに視線を向けた気がした。一瞬だけで、またすぐに向こうへ向いてしまったけれど。ユリが大声で友を呼びながら一生懸命手を振っているが、誰もこちらを見てくれないから気づいてもらえる様子はなかった。

「ちくしょう!」

 窓をドンと叩くがニブイ音がしただけだ。ガラスを叩いたような音ではない。もっと硬い、石のような何かだ、これは。

 そうか。ならば、開くはずがない。開けられない、こちらの声は届かない、こちらの姿を見てもらえるはずがない……そう、ふいに悟った。

 一度ギュッと目を閉じて、それからゆっくり開いていく。

「ユリ」

 大声で友達の名を呼びながら涙を流し続けているユリは、振り上げた両手をゆっくり下ろして振り向いた。

「ユリ、行こう、あそこへ」

 ユリの唇が震えている。

「おれがユリを連れて行く。必ず連れて行くから、だから」 

 おれの視線をひっしと受け止めているユリに向かって、おれは決意を口にする。

「おれが守るから。絶対」

「……うん。分かった。行こう、コタ」

 ユリが懸命に笑みを浮かべる。歯が鳴っているのは止められないようだけれど。おれはそんなユリの手をしっかりと握った。

「コタと一緒なら、怖くない」

 またユリの瞳から、ぽろりとひとつ、涙がこぼれ落ちた。

 小さい頃からずっと一緒に育ってきて、色んな表情(かお)をそばで見てきたその中で。

 一番サイコーに、可愛い笑顔だった。




** ** ** ** **




「覚悟はできてるな、ユリ」

 本棟校舎に続く渡り廊下の手前まで来た。ここを曲がれば渡り廊下。先ほどの、血の池があるはずの場所だ。

「うん、大丈夫」

 ユリの言葉にそっと渡り廊下の様子をうかがうと、さっき落とした懐中電灯の灯りがぼんやりと辺りを照らしていた。

「良いか、いちにのさん、で走り出すぞ。まず最初に懐中電灯を拾う。多分、さっきの記憶だとすぐそばに転がってると思うから拾えるはずだ。でも、なんかの手違いで遠くにあったら、あきらめてさっさと本棟に向かう。走り抜けて、そのまま西階段で上に上がるぞ。屋上に飛び出してみんなと合流するまではノンストップだ。いいな」

「ん、分かった。絶対止まらない。走り抜く」

「もうひとつ、約束して欲しい」

「なに?」

「絶対に、あきらめない」

「分かった、あきらめない、絶対。約束する」

 つないだ手を強く握った。

「ふたりで一緒に、みんなのところへ行くぞ」

 きつく握り返された。

「うん、一緒に、ね!」

 そして、見つめ合い、ふたりの呼吸を合わせる。

「んじゃ、行くぞ。いち、にの……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ