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4/12

 ユリと二人で旧校舎に自転車を乗りつけると、校門前には思いのほか人が集まっていた。聞いたら、一年の時のクラス全員がそろったらしい。

 タカが元学級委員らしく仕切って、男女ペアになるように指示を出していた。ユリが「もちろん、私がコタの面倒見るからね」と言うので、黙って従っておいた。オサルがおれの所に来て「女子とよりもお前と一緒に組みたい」と言ったが、ユリから「ホモってないで相手を見つけなさい」と軽く言われ、肩を落としていたので笑ってしまった。オサルはああ見えて、女子と話すのが少し苦手らしい。女子相手には、あの軽いノリで話せないのだ。ユリとはケンカばかりで口調もなめらかだけど、その他の女子としゃべる時は今にも敬語が飛び出しそうな勢いだ。結局、オサルは誰も女子に声をかけられず、最後まで残っていたサクラとペアを組む羽目になった。サクラはクラスで一番大人しくてあまりしゃべらない。しかもオサル的に一番苦手とする、小さくて、顔も行動も可愛いタイプだ。つつくとすぐ泣きそうだから、と以前言っていたっけ。オサルが覚悟を決めてしどろもどろに話しかけると、サクラは真っ赤になって一言二言返事をしているようだった。

 無事、十四組全部のペアが決まると、タカが作ってきたクジを引いて、回る順番を決めた。おれとユリは最後から二番目、オサルとサクラは一番最後だった。タカが順路の説明をし、皆がうなずく。一年間、毎日通った学校だ。簡単な説明でも迷うヤツなんかいない。

 まず、校舎東側にある体育館とをつなぐ渡り廊下の屋根に登り、本棟二階の窓から中に入る。次に東側階段を使って一階まで降りると、昇降口隣の保健室に行く。ここが第一のチェックポイント。次にそのまま廊下を進んで西側つきあたりにある職員室へ向かう。ここが第二のチェックポイント。それが終わると西側階段を使って二階へ上がる。二階の一番西側にある二年三組の教室が第三チェックポイント。そして廊下を東側最奥まで進み、おれ達が一年間過ごした一年一組の教室がゴールだ。

 タカからは、ルールとして決められている、以下のよっつだけ守るよう言い渡された。

 ひとつ目のルールは、奇数の出発組が、三ヶ所のチェックポイントに番号札を置いてくること。偶数の出発組がそれを回収してゴールまで行くこと。

 ふたつ目は、順路を守って、それ以外の教室や特別棟へは勝手に行かないこと。

 みっつ目は、ゴールに着いたら最終組が来るまでは、その場で待つこと。全員そろってからみんなで一緒に外に出て、それから解散するというのだ。

 よっつ目のルールをタカが発表した時、オサルは真っ赤な顔をして口をパクパクさせていた。ペアはゴールするまで手をつないで離れないこと、と言われたからだ。あちこちでみんながワーとかキャーとか言っているけれど、ユリは小さく鼻を鳴らしただけだった。

 タカが皆にそれらを確認し、とうとうひと組目が出発した。体育館との渡り廊下のトタン屋根に登るなんて、女子には難しいのじゃないかと思ったら、用意の良いタカはどこかからハシゴを調達してきていた。さすが、できるヤツは違う。

 三分後にふた組目が出発し、どんどんと本棟二階の窓から中に入っていくのを眺めていた。「十三組目なんて、ちょっと縁起が悪くて楽しいね」とワクワクした声でユリが言う。オサルが幽霊の話を力説していた時には散々バカにしていたのに、とは思ったけど言わなかった。そんなことを言ったら十倍になって返されるに決まっている。ユリの扱いは小さい頃から慣れていて、じゅうぶん身にしみているのだから。なので、ユリのいうことに同意して、オサルが挙動不審になっている姿を眺めながら大人しく順番を待ち続けていた。

 四十分ほどじりじりしながら待ち続け、そしてとうとう十二組目が窓から入って行ったので、ユリを先にハシゴへとうながした。ユリが登っている間、ハシゴを押さえ、ユリが屋根にきちんと上ったのを確認しておれも上がった。しばらくそこで待って、十二組目が入ってから三分経った時、おれとユリは興奮を顔に浮かべて窓の中へと侵入したのだ。




** ** ** ** **




 真夏の夜は暑い。それがまだ八時だというならなおさらだ。昼間のうだるような暑さが風に流されて涼しさを取り戻してくるのは、たいてい真夜中を過ぎてからと決まっている。

 ところが旧校舎の中に入ったとたん、気温がスッと下がった気がした。おれが先に窓から入り、次にユリに手を貸して中に引きいれる。ユリは戸惑いながら薄青いタイルの床に足を下ろした。

「男子トイレに入るなんて、ちょっと緊張する」

 ユリは辺りをきょろっと見渡した後、自然におれの手を握り、そっと隣に寄り添ってきた。

 おれは懐中電灯を廊下に向けて、つながれた手をギュッと握り「行こう」と廊下にうながした。


 今いる場所は、本棟二階東側、トイレ前の廊下。目の前には一年二組の教室。その左奥はゴール地点の一年一組だ。

 ユリがそちらを見てつぶやく。

「誰の声も聞こえないね……もうとっくにゴールしちゃった人がたくさんいるはずなのに」

 おれは懐中電灯をそちらに向ける。中に人の気配が感じられない。扉のガラス部分には中からカーテンが引かれていて、中の様子をうかがい見ることができなかった。

「これから出発する人のために、静かにしていてくれてんじゃね?」

 自分でもふに落ちていないことを言ってみる。

「う……ん、そっか」

 ユリがあいまいにうなずいた。

「行くぞ」

 ユリの手を引いて歩きだす。ユリはまだ一組の教室を気にするように、振り返りながらも黙ってついてきた。

 ポケットの中には三枚の番号札。『十三』と書かれたその札を、これから行く予定の、保健室、職員室、二年三組に置いて、ゴール地点の一年一組の教室まで行くのだ。一年一組はおれ達のクラスだった。懐かしさに早く行って中を見たいとワクワクしていた……さっきまでは。

 でも今は、別の意味で早くたどり着きたい。

 なんだか嫌な予感がする。

 よく分からないけど、異様な雰囲気がするのだ、校舎の中が。

「は、はじめは保健室よね。まず一階に下りないと」

 ユリが言うのにうなずいて、校舎東側の階段を降りた。

 踊り場で靴がキュッと鳴る。

 その程度でびくついている自分をおかしいと思い、表情に出ないよう必死で自身を叱っていた。

 懐中電灯の小さな灯りが頼りない。

 流行りの明るい白色の電灯ではなく、昔懐かしい豆電球の方を持ってきてしまったことを後悔した。ぼんやり光る黄色い灯りを前に向け、ゆっくり進んで行く。

真っ暗な校舎内。外灯もなく、非常灯も点いていない中でのたったひとつの懐中電灯は心もとなく、ついついあちこちへ光を向けて、暗い中に浮かぶ物たちを確かめてしまった。

 灯りの届かない場所の闇がより一層深い気がして……次々と光をそちらに向け続けることを止められなかったのだ。

 ユリがおれの腕に自分のそれをからませてきて、彼女も目に見えない何かを感じているのだと分かってしまい、相乗効果でおれもなおさら恐ろしくなってしまっていた。それでもユリの存在に助けられ、おれは一階の廊下を西に歩いて行った。

「あそこが保健室だよな」

 分かりきったことをわざわざ声に出して、ユリの返事を聞くことで安心しようとする。

「うん、そうだね」

 ユリもおれの声で少しは安心できているのかな。できていると良い、と考えながら保健室のドアを開ける。

 懐中電灯の黄色い灯りが、保健室の中をどんより照らす。ここにはベッドや棚が残されていた。合併したもうひとつの学校から保健室の備品は移動されたらしく、この学校の古いベッドや棚、養護教諭の机などは全て残されていたのだ。

「確か、手前のベッドの上に、番号札を乗せておくんだったよね?」

 ユリの言葉にポケットから札を一枚出し、ベッドに近づいていった。

 閉まっているカーテンに灯りをあて、そこを恐る恐る開き、札をベッドの上に置こうとしたその時―――。


 ふいに、奥のベッドの掛布団がズルッと動いた。


 誰かが寝ているような、そんなふくらみはない。

 ただただ、平らなベッド。

 それなのに、掛布団がズズズと動き、しわが寄っていくのを見てユリが「ヒッ」と声を上げた。

 おれは弾かれたようにきびすを返し、ユリの腕をつかみダッシュで保健室を飛び出した。そのままの勢いで廊下を走り、職員室までひた走る。

「今の、なに!?」

 ユリの叫びに「タカが何か仕掛けたんだろっ」と吐き捨てて、職員室に飛び込んだ。

 目指すは、おれ達の担任、田貫先生が使っていた机。

 その上に番号札を置いてくるように指示されていたから。

 たった十数メートルを走っただけで音が聞こえるほどバクバク鳴っている心臓をなだめながら、大股で目当ての机に近寄った。

 そして、二枚目の札をバン、と置く。

「次、行こう」

 ユリが真剣な目をしてうなずくのを確かめ、扉に懐中電灯を向けると―――。


 入ってきた扉が、音もなくスッと閉じた。


 背筋に戦慄(せんりつ)が走る。

「ここの扉……お、音がぜったい……」

 ユリが小さくつぶやく。

 この職寝室の扉は、開ける時、閉める時、必ずガラガラと大きな音を立てていた。

 覚えている。

 たった、五ヶ月前のことだから。

『お前ら、できるだけ静かに開けろや。できるだけ、で良いからさぁ』

 うるさくてかなわん、と言っていた担任教師ののんびりした声を思い出す。

 ユリとふたり、硬直したまま扉を見つめ続けていると―――。


 ひた……

 ひた…… ひた……


 誰かが裸足で歩いているような音が聞こえてきた。

「な、なに、なんの音!」

 ユリが叫ぶ。

 おれは懐中電灯をあちこちに照らしたが、その音を出している人物が見つけられない。


 コン、コンコンコン……


 扉近くのロッカーの上から、小石が落ちたような音がした。


 カタン、カタカタ、カタタタタ……


 続いて何も入っていないキャビネットの中で何かが倒れた音がした。

 先ほどのロッカーよりも少しこちら側に近いキャビネットに懐中電灯を向けてみるが、ガラス扉から見える中には、何も入っていないのがはっきりと分かる。


 ひた…… ひた…………


「いやっ!」

 ユリの叫びと同時に、おれはユリの手を引いて走り出した。

 職員室の続き間となっている校長室に飛び込んで、そこから廊下に転がり出る。

 そのままの勢いで西側階段を駆け上った。

「もうこのまま一年一組へ行くぞ!」

「え、でも、二年三組はっ」

「もういい、みんながいる所に行った方が良い!」

「わ、わかった」

「ユリ、頑張って走れ!」

「うん!」

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