10
「あたし……タカシに聞いて初めて、この学校がなくなっちゃうことを知ったの。もう二度と、生徒達と一緒に遊べない。もう二度と、一緒に笑うことができないから……あたし、悲しくて、悲しくて。それに、次の春には取り壊されることが決まってるんだってね。あたし、その時にこの学校と一緒に解体されるの。この学校と共に、さようならするのねって」
みんなもここまで詳しくは聞かされていなかったようだ。誰も彼もがぼう然と立ち尽くしている。
「本当は、もっともっとみんなと遊びたかった。一緒にいたかった。みんながいなくなってしまって寂しかった。学校移転なんだから無理だと分かっていたけれど、叶うなら。みんなのあの笑顔をもっとずっと見ていたかった。その笑顔の横で、あたしも一緒に笑っていたかった」
アヤメさんの腰に腕を回し、そっと抱きしめるタカ。それに微笑んでアヤメさんは明るい声で言った。
「それで、タカシが提案してくれたの! みんなで肝試しをしようって! あたしは昼間、ほとんど力を出せないけど、夜なら大丈夫。そしてみんなにあたしのこと見てもらうには、悪いけど、霊としての力を出すしかなくって、それはポルターガイストって言われてしまうものなので……ほんとにみんなには悪いと思ったけど、驚かす方法でしかみんなに関われなかったの……そういう風にしか、みんなと遊べなかったの……」
すすり泣いていた女子たちがワッとアヤメさんとタカの周りに集まって、口々に叫んだ。
「ねぇ、友達になろう! 私と友達になって!」
「ありがとう……でも、良いの? あたし、幽霊だよ?」
「そんなの関係ない! もうみんな友達だから!」
「うれしい! ありがとう、みんな!」
「ああ、もっと早くアヤメのこと、知ってたら良かった!」
「うんうん、そうだね! そしたらもっといっぱい遊べたね!」
女子はいつでもかしましい。それが死んでも治らないとは、知りたくなかった情報だ。
ひと通り、女子たちとのやり取りを終えると、アヤメさんは田貫先生の所へふわりと舞い降りた。
「センセイ……ありがとうございました。あたし、木を削る匂いがとても好きだった。センセイが時々、お皿にお水やいい匂いのする木くずを入れて窓辺に置いておいてくれたの、ほんとに嬉しかった。あたし去年、センセイのクラスによくいたんです……知っててくださったんですよね」
「ああ、アヤメ。お前は去年、こいつらと同じように、一年一組の仲間だった。俺はお前の担任教師だったよ」
「ありがと……センセイ」
そしておれとオサルの前にもアヤメさんは来てくれた。
「ふたりとも、ありがとう! 最後にとっても楽しかった! あなた達のプロレス技、いつも見ていて楽しそうだなぁって思ってたの。体験できて嬉しかった!」
あの特別棟からの渡り廊下で、こちらは必死に格闘してたのに。アヤメさんにとってはサイコーの遊びだったというワケだ。やり切れない思いも少しするけど、こんな体験そうそうできないから良しとすることにした。だって、おれらの技は、幽霊にだって効くんだってことが分かったんだから。
「ほんとに楽しかった! あたし、今日は運動会の障害物競走よりワクワクしたよ! 本当にみんな、ありがとうね!」
みんなでひとしきり泣いた後、全員で昇降口まで降りてきた。取り壊しを待たずに、今日、ここでアヤメさんを送ることにしたのだ。昇降口はタイル張りで草が生えていなかったので、そこで田貫先生は用意しておいた白いお皿を出し、中の草に火を灯した。
「さぁ、みんな。今日は盆の送り火の日だ。一緒にアヤメを空に送ってやろう」
すすり泣く音だけが静かに響く中、みんな精一杯の笑顔をアヤメに向ける。タカがどこに隠していたのか、バサッと花束をアヤメに渡した。なんか、その辺で普通に咲いてるような小さな花の集まりで、なんの特徴もなく、特別綺麗でもないように見える。送る人にあげるのに、そんなんで良いのかと思ったけど。
タカがそっと微笑む。
「アヤメ。これは『ホタルサイコ』という花だ。別名『蛍草』とも言う。お前が往く道を、ホタル達のように明るく照らしてくれると信じて用意した。受け取ってくれると嬉しい」
「ありがとう、タカシ……すっごく嬉しい」
そして最後にタカにふんわりと抱き付いて、アヤメさんは送り火の出す煙とともにゆっくりと上っていった。皆で一斉に空を振り仰ぐ。ホタルサイコの花が放つ無数の小さな淡い光と共に、アヤメさんは少しずつ昇って、昇って……やがて、すぅっと消えていった。
「さよなら……」
誰かがつぶやいた。悲しかった。それでも、みんな笑顔で空を見上げていた。ほんのひと時だけ友達だった彼女との、永遠の別れは寂しいけれど、校舎解体工事による魂の消滅よりはずっと良い。だから、これで良かったんだと、無理やりみんな自分を納得させていた。
「さぁ、みんな帰るぞ。俺はお前たち全員の親に、夜の十時半までに帰宅させると約束したんだからな」
田貫先生の言葉にみんな驚く。先生はタカから今回の件を相談されて、肝試しを企画しようと決めた時、おれら生徒達に内緒で全員の自宅に電話をし、今晩の外出許可を親からもらっていたらしい。どおりで突然言っても、母ちゃんが肝試しに行くことを許してくれたし、夕飯も早めに終わるように食事時間を早めてくれていたはずだ。田貫先生もタカもすごい。
みんなが校門までガヤガヤと騒ぎながら移動する中、タカに振り向いて声をかけようと思ったんだけど。
彼はひとりだけ、まだ空を仰いだままだった。背中を向けたタカから小さく嗚咽が聞こえたのは、武士の情けで聞かなかったフリをした。




