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「まさかぁ。そんなの、信じられない。オサル、どっからそんなデマ聞いてきたの?」
「オレもそう思ったんだけどさぁ……でも、タカがホントの話だって言うから。ま、そのタカも、亀井先輩から聞いたって言うし、亀井先輩だって鶴田先輩からの又聞きだって話だから、ホントにホントかは分かんないけどさ」
オサルはおれの親友で、本名は将。でも小さい頃からみんなオサルと呼んでいる。すばしっこいし、デカい図体の割には落ち着かないヤツでいつもウロウロしているし、木登りスルスルだし……ガキの頃、他人の家の塀にもスルスル登って走り回り、近所の大人たちからはひととおり怒られている。
「ほら、やっぱりデマじゃないの。オサルはいっつもそんなのばかり。まじめに相手したってムダよ、コタ」
スイカの種をペッと皿に吐き出して、ついでにキツイ一言も吐き出すのはユリ。隣の家に住む同い年の女子。同級生と言うより、いかにも姐御って感じだ。小さい頃からどんくさいおれの面倒を見てくれている、ありがたーい存在。おれの両親どころか、じじばばまで含めて、家族ぐるみで頭を下げておれのことをよろしく頼むと言っている。それに甘えて大いに恩恵にあずかり続けているのだが……中学生になってからは、さすがにちょっとウザく感じる時もある。
「んだよ、ユリには言ってねーよ。帰れよ、おまえ」
「人が持ってきたスイカに食らいつきながら言うセリフじゃないわよ、オサル」
「……最近、ますます手がつけられなくなってきた。これだから女子は」
「男子が情けないのよ。って言うか、あんたが情けないの。自覚したならもっとしっかりすれば?」
「かーっ、ムカつく!」
確かに、オサルとふたり、おれの家でぐだぐだと暑さに文句を言いながら寝転がっていたところへ、ユリがおすそ分けと言ってスイカを持ってきてくれたんだけど。母ちゃんにスイカ切ってもらって食べるのに、なんでちゃっかりユリがいるんだ。おすそ分けって、持ってきた本人が食べるもんじゃないと思うのは気のせいか。でも言わない。ユリに何か言うと、その何倍にもなって返ってくるからだ。
「ま、ユリは放っておいてさ、コタ。ちょっと行ってみね?」
「え、旧校舎に?」
「そそ。なーんかおもしろそうじゃん? 噂がホントか、確かめに行こうぜ?」
「でもさぁ、旧校舎って、ついこないだまでおれら、通学してたんだぜ? なーんも怖いことなかったじゃん。問題あったら通ってる時、噂になってたと思うよ?」
「そうよ。おかしな雰囲気なんて、どっこにもなかったじゃないの」
オサルがタカから聞いてきた噂というのは、おれ達の通う中学校の旧校舎に幽霊が出るというものだ。築六十年を迎えてこの春、新年度と共に、近くの中学校と合併になって新校舎に移転したのだ。ちょっと山の上だった旧校舎に比べて新校舎は平地だから通うのが楽になった。寝坊して遅刻しそうな時に、結構急な坂道を走って上っていくのは大変だったから。
でも旧校舎とか言ったって、木造の古い、いかにも何かが化けて出そうな建物じゃなかった。六十年前にしては驚きの、しっかりした鉄筋コンクリート製の校舎だったんだ……雨漏りは酷かったけど。でもそれ以外には、全然不都合はなかった。楽しく快適に過ごせた一年間だった。たった一年で去るのが寂しいくらい、思い出深い学校だった。耐震性に問題ありと言われてしまったのだから仕方ないけど。
だから、まぁ、幽霊が出るなんて言われても、全く信じられない。通っていた一年の間、誰もいないのに音楽室のピアノが鳴るとか、理科室で人体模型がひとりでに動くとか、体育館の倉庫から勝手にボールが転がり出るとか、階段の数が数えるたびに違うとか、そんなありふれた七不思議の噂すら、かけらも聞いたことがなかった。古い学校だからと言って、誰もいなくなった今更、そんな噂を立ててどうするのだと思う。
「まぁ、見に行くのはかまわないけどさ。でもおれは信じてないよ」
「ま、いーじゃん、いーじゃん。どうせ暇なんだし」
オサルの言葉にユリが顔をしかめる。
「あんた、暇だったら宿題したら? どうせ、ほとんど手をつけてないでしょ」
「まぁ、それはそれ。夏休みは長いんだ。ゆるゆるいこうぜ?」
「オサル、あんたバカ? 来年は受験生なんだよ? この夏休みは一年の復習と二年の一学期の復習をしろって、先生も言ってたでしょ。コタ、オサルに付き合ってたら、あんたも高校落ちるわよ。あんまり相手してないで、しっかり勉強しときなさいね」
「あー……うん」
「ひどっ! オレ、落ちるの前提? しかもコタ、なんでそこでユリに同調してんの?」
「あ、ごめん」
「許す。許すから、その代わり、旧校舎、行ってみようぜ?」
悲壮な顔からあっさりと転じて笑うオサルに、おれはため息をひとつついて言った。
「分かったよ。それで、いつ行くの?」
おれの名前は虎太郎。友達からはコタと呼ばれている。名前に虎なんて入っているわりに、全然勇猛果敢ではない。どちらかと言うと、のんびりとしている。ユリに言わせると、とろい、にぶい、らしいけど。まぁ、そんなわけで、流されやすいおれは結局、いつもオサルの言うとおりに振り回されて行動してしまうのだ。でもそんな風に生きているのは楽しい。いつだってオサルと一緒にいるとワクワクするからだ。羽目をはずし過ぎて大人から叱られたって、それをやめるつもりはない。
今回のことだって。嘘だと分かっていても行ってみたかった。だってユリの言うとおり、来年は受験だ。こんな風に遊べる夏休みは今年で最後だと思うと、何かドキドキするような夏休みの思い出を作りたかったんだ。気のないそぶりをしていたって、おれがそう思っていることなんてオサルもユリもきっと分かっている。だから、おれ達はスイカを食べ終わってすぐに家を出た。この暑い暑い炎天下の中、自転車を転がして。母ちゃんから水筒と帽子を持って行けと言われて、小学生じゃないんだからと思ったけど、逆らうと面倒だから大人しく両方とも自転車のカゴに放り込んだ。帽子は被らなくちゃ意味ないけどね。