第八話:乙、出会う
中間テストの結果、不正疑惑を持たれた調査部部長花見月早百合は追試を受けることになった。ざまぁみそ。
ちなみに、我らが部長はカンニングなんてけち臭いことで追試を受けることになったわけではない。苦手科目を受け持つ教師を、スキャンダルで強請ろうとしたのだ。内容? さすがにそれは教えてもらえなかった。
「そんなわけで、事実上の調査部部長は俺になりました」
「いえーい、ぱちぱち」
「乙、俺が部長代理やろうか」
「部外者だろうがよ」
「んだな」
調査部に波崎瑠璃という一年を迎えて早百合が戻ればパワーアップである。
「調査部って調査が部活内容ですよね」
波崎が目をくりくりとさせていた。早百合も結構可愛い部類に入るが波崎の存在は守ってあげたいと思わせるかわいらしさだ。
比類のことはもう大丈夫なのだろう……多分。
「乙先輩? ぼーっとして大丈夫ですか」
「大丈夫。ちょっと見とれていただけだから」
「お、乙先輩……」
「紅蓮にね」
人差し指を紅蓮に向ける。俺の照れ隠しは紅蓮にすぐに伝わるだろう。
「お前さん、波崎ちゃんに謝れよ」
「え? あ、ごめんなさい」
あれ、意外と手厳しいな。今日の紅蓮、どうしちゃったんだ。
「いいんです。それで、調査部は調査するのが内容ですよね」
仕切りなおしというところかね。まぁ、真面目にやりましょう。一応、部長なんだから。
「確かに調査がお仕事だ」
「調査依頼を待つのが方針でしょうか」
「いや、本来は探していくのがスタイルらしいぞ」
早百合が言うには本来調査部は新聞部にネタを売るほどのアグレッシブな部活だ。しかし、新聞部が欲しがるようなネタをこんな弱小部が確保なんて出来るのだろうか。
表には出来ないものの、花見月美優先生の年下男子生徒誘惑事件に、比類優の女性遍歴、大量のオカルト写真、映像があるから出来なくもない……のかな。
ま、まぁ、ここは王道だろう。どれも生徒が扱うには刺激が強すぎる。
「んじゃ、ちょっと校内を散策しますか」
「ネタが転がっているかもしれませんね」
「これまで流されるままにやってきたからな。たまにはこちらから探しに行こう」
「そんで終わったらあれか、波崎ちゃん入部の歓迎会だ」
「だな」
早百合も呼べば喜んでくれるだろう。そして、早百合が戻ってきたときもお帰りパーティーを開ける。
「そんな、歓迎会だなんて……いいですよ」
「遠慮はしないでくれ。紅蓮ががんがん払うから」
「波崎ちゃん、ねだって乙に高い奴買ってもらえよ。ブランド物のバッグをさ」
後輩を可愛がるのは先輩の勤めである。しかし、そこまでの甲斐性は持ち合わせていない。
部室を出てとりあえず三人で歩く。
「そんで、まずはどこに行くよ」
顎をなでながら呟く紅蓮の姿が何故だかイグアナに見えた。
「イグアナ……」
「え?」
「あ、なんでもないです」
どうやら波崎にも見えたらしい。
「最初は図書館だな。何を隠そう、編入されて一度も行ったことが無い」
「え、本当ですか? テスト勉強で使ったりしないんですか」
「波崎ちゃん、黙っていたけど乙は頭がこれなんだ」
頭の上でグーをぐるぐる回してパーにした。
「紅蓮、残念だが俺より中間テストの点数が低かったあんたには説得力ってもんが足りてない」
「たかだか二点だろ」
「されど二点だ」
「先輩達、仲がいいですね」
「波崎さんは何点だったの?」
学年は違えど、総合点数でなら充分勝負できるだろう。二年は問題がバラエティーに富むものの、ちょっとしたハンデだ。
「私ですか? 私は……」
その後、点数を聞いた俺と紅蓮は仲良く後輩に謝った。
図書館にやってきた俺たち三人は自由時間をとることになった。最初は集団行動していたがうるさいと注意を受けたのだ。
「ふむ」
人の声を拒絶するような静けさ……嫌いじゃないぜ、苦手なだけで。
図書室の奥に行けば行くほど、熱心に勉強をしている人たちが多い。最も奥にはきっと二宮金次郎像が鎮座しているに違いないね。
「……おっと?」
図書館を見学していた俺の足元に消しゴムが転がってきた。それを拾い上げて、落とした人を見る。女子生徒だ。
「……」
なんというか、見たときに胸がドキッとした。一目ぼれ? いやいや、そんなまさか。
改めて女子生徒を見た。せっせせっせとノートに文字を書き込んでいた。頭には絶対合格と書かれた鉢巻、ぼさぼさの長髪、度の強いビン底眼鏡を着用した女子生徒だ。目の下にはばっちりクマが存在をアピールしている。
耳にはイヤホンが付けられており、数式を解いているのにネィティブな英語がほんのかすかに聞こえてきていた。
「こ、これが受験生っ……」
こりゃ、静かに置かないとやばいな。絶対に怒られる。
そーっと、そーっと。
「ひいっ」
消しゴムを机の上に置いた瞬間、腕を掴まれた。そしてそのままノートに消しゴムを押し付け間違った箇所を消し始める。男の俺が(もやしだが)抗えないほどの腕力だ。
誤字を消すともう用済みだと乱暴に放り捨てた。なるほど、こんなことしていればいつか消しゴムも落ちるだろう。良く見れば机の上には六つほど消しゴムが置かれている。落ちたものは最後にまとめて拾うのだろうか?
何はともあれ、さっさと退散しよう。そして、図書館には二度と近づかないようにしよう。ここは静寂が良く似合う。俺とは相容れない、孤独の場所なのだ。
「縁切乙」
「え」
「仕事をお願いするわ」
黒縁のぐるぐる眼鏡を外し、俺のほうを見ていた。
真正面から顔を見て、単純に思った。綺麗な人だ。俺のタイプの顔立ちで、眼鏡をつけていても、好みだったりする。
――――――
「乙、新しい依頼だそうだな」
「ああ、そうだ。既に部室にいるぞ」
二人を呼んで部室へと戻る。先に部室に行ってもらった依頼主は部室の端っこで勉強していた。
「ほぉ、次は勉学少女か。勉強が好きってやつの気が知れないねぇ……後ろから抱きしめてやろうか」
冗談でそういった紅蓮の右を何かが駆け抜けていった。
それがシャーペンだったことに気づいたのは壁に刺さった後だった。
「勉強が好き、ですってぇ?」
「怒るところはそっちか」
地獄のそこから響くような声を出しながら、依頼主さんは立ち上がる。
気づけば紅蓮にかなり詰め寄っていた。瞬く間だった。
「いつの間に……」
「こいつ、出来るっ」
にごった二つのまなこはホラー以外の何者でもない。調査部一同を順に見ていった。
「ひいっ」
「だ、大丈夫だよ波崎さん、俺がついているから」
「……乙先輩、逃げるの早いですね」
部室の外に逃亡完了。波崎、ごめんな。俺のために生贄になってくれ。あ、調査部のことは心配しなくていいよ? 部長がいれば、再生は可能だから。
「もういっぺん言ってみろこら、鬼瓦紅蓮。呪うぞこら」
「す、すみませんでしたっ」
紅蓮も結局謝ることにしたようだ。それが賢明だ。
「じゅ、受験って怖いんですね」
「だ、だな。俺も来年自分がこうなるなんて想像出来ない」
ひとしきりびびった後、椅子に座って(全員正座)話を始める。
「あなた達、調査部でしょ」
「です」
「落ち着いて勉強できる場所、見つけてよ」
ここで何故探さないといけないのか……そういえる人間は既に居なかった。
「ああ、あいつが居れば……」
早百合が俺たちの脳内で親指を立てて笑っている。
「いなくなって初めて分かる大切さだな。カキピーのピーナッツみたいな。俺は別に要らないけど」
「本当ですね。本を買ったらついてくる無料の栞みたいな感じです。私も自分の栞持っていますから要りませんけど」
くぅ、早百合、酷いことを言われてるぞ。
「花見月早百合のことなんてどうでもいいわよ。追試中でしょう?」
「やけに調査部にお詳しいですが……いったいあなたさまは何者でしょうか」
「青空千春。この名前、知らない?」
会話のキャッチボール。投げられたたものの、分からないとしか言えない。ここはパスだ。
「知ってる?」
「すみません、分からないです」
まだ半年もたっていない波崎が知らないのなら俺も知るわけが無い。
「紅蓮は?」
「……知ってる。第一新聞部の元部長だ。俗称はNT」
「NT?」
「ノータッチ、危険だから触るなって言われてる」
反応のよろしい新人類かと思った。
「スキャンダルで相手を時に脅す連中だ。人の弱みに付け込む部長の下は基本的に危ない奴ばかり。だから第二新聞部が学校関係の学園新聞を作ってる」
ろくでもない奴らだよ。そういった紅蓮が片手で、持ち上げられた。
「あぁん? 知ったような口を聞くんじゃないよ」
「そんで、問題が起こるとこんな感じで持ち上げられる。俺、体重八十ぐらいあるんだけどな」
それを片手であげると来た。
「に、人間じゃない」
失礼なことを言った波崎を目で睨み、紅蓮を放り投げて再度青空千春は腰掛けた。
「で、探してくれるの?」
「ん、探しますよ」
紅蓮と波崎が嫌な顔をこっちに向けてくる。
「殊勝な心がけで尊敬するわ。三日後までによろしく」
そういって青空千春は出て行った。
「乙、お前さんなんで受けちゃうんだよ」
「そうですよ。あの人やばいですよ」
居なくなったら二人からの突き上げを食らう。まぁ、しょうがない。俺だって怖かった。
「じゃあ、聞くが。あの人をやりこめる自信、あった?」
「そりゃあ、ねぇよ。無理だろ」
「怖かったです」
「だろう? だがね、俺はエンキリだ。人の皮を被った悪魔と付き合う必要なんてないよ。愛想笑いを浮かべて、刺せる時に刺せばいいのさ。縁を切れば、はいそれまで」
青空千春先輩か。笑ってくれたら結構可愛いんだろうな。紅蓮や他の人間に気づかれると何を言われるか分かったもんじゃない。ここは強気に出ておこう。
「乙……お前さん意外と怖いこと言うな」
「乙先輩……何気に酷いですね」
思ったより顰蹙を買ってしまったようだ。
「こほん、ちょっとした冗談だよ……一応、失敗したときのために落ち着ける場所探しておこうか」
「だな」
「そうですね。予防線は張らないと」
石橋は古来より叩いて渡るものである。
「んじゃ、落ち着ける場所を出していこうか」
ホワイトボードに候補を挙げてもらうことにした。
「トイレ」
「私は自室です」
「トイレ、自室……」
その後も色々と案を出してもらった。
よし、じゃあ実際に行ってみるとしよう。




