第七話:乙、愕然とする
五月最終週、中間テストが近いものの相変わらず波崎瑠璃のことに構っていたりする。他人に構うにはまず、己をきっちりさせていなくてはならないと俺は思うんだが、そこのところ皆はどうだろうか。
「じゃあいつものように告白の練習」
調査部部長である早百合は暑さにもめげず、元気であった。六月も近いだけあって、お天道様も容赦ないぜ。
何も、屋上でやらなくたっていいじゃないか。
「今年は暑いなぁ」
「だな。去年は比較的過ごしやすかった気がする」
衣替えの季節、薄手になった女子生徒を愛でることなく現代のもやしっこは暑さであえいでいたりする。衣食住足りて交尾するもんだ。
きっと俺の暑さとの縁は極太なのだろう。北海道に移住しようとしたら局地的な暑さを記録するに違いないね。
「紅蓮さぁ、今すぐにクーラーと彼女どっちか手に入るっていわれたらどうする?」
「クーラーに決まってんだろ」
馬鹿なことを聞くなとため息をついている。
「クーラーは俺を裏切らないからな」
「俺はタッチの差で彼女」
「……おさわりなんて暑いとき絶対に嫌だ」
「団扇で扇いでもらう。そんで俺はトロピカルジュースを片手にグラサンつけてゆったりしたい。クーラーには出来ない芸当だ」
「そりゃいいな。クーラーと交換してくれ」
「嫌だね」
暑さでお互い元気がない。普段だったらもうちょっと言い争っていた。
「乙―っ、告白の練習台になって」
「早くきてくださーい」
男はへばっているのに、女子は元気だな。波崎もこの面子になれちまったのか最初の恥じらいもなくなってしまった。最近、調査部に染まったような言動を取ることもあるし。
最初なんてすっげぇ顔を真っ赤にして蚊の鳴くような声で告白してくれたんだぜ。
「あ、あの、縁切先輩……私と付き合ってください」
生まれて初めて告白された(練習といえど)あの感覚、覚えている事は唯一つ。
「あの日も、暑かったなぁ」
ああ、暑さが憎らしい。暑いことしか覚えていられなかったよ。思い出が徐々に僕の身体から抜けていってしまうんだ。
嘆いていても平和は訪れない。一歩を踏み出し、ようやく目標は近づいてくるのだ。
「よっこいせっと」
「いってら」
「おう」
紅蓮を尻目に俺は二人に近づく。汗でべたべただ。解放されるのならそこのフェンスから飛び降りたっていい。
「じゃあ今日は変則的に行ってみようか」
「変則的?」
「うん、まずはお手本を見ていてね」
波崎の立っている場所と入れ替わりで早百合がやってきた。
「べ、別にあんたのことなんて好きじゃないんだから。でも……でもさ、何だか気になる。だから、あんたの彼女にして欲しい……こんな感じ」
どうだといわんばかりの表情である。
さすが部長、部員が暑いと感じていたら身体を張って温度を下げてくれた。大してキャラも立っていないというのにツンデレに挑戦する辺り尊敬する。
ああ、部長が悪いんじゃない。暑さでやられちまっただけだろうな。
「瑠璃、感想は?」
「す、すごいですね」
「でしょう?」
鼻高々である。波崎は将来、他人のお節介を断れない大人に育つだろうな。
「乙を踏み台にして、立派に告白するのよっ」
「俺を踏み台にっ」
とりあえず馬鹿をやって真面目に告白の練習。
「あ、あのっ、縁切乙先輩っ」
目を見ることを忘れず、相手の耳にしっかりと聞こえる声。暑さを一瞬だけ忘れさせるどきりとさせる真面目な視線。
「波崎さん? 何かな?」
「私、縁切乙先輩の事が好きですっ。まだ憧れの人かもしれませんけど……隣に居たいんです」
うーむ、まるで俺が告白されているようにも感じる。いや、確かに告白されているんだけど心は別だからな。
勘違いしたら格好の見世物だ。この前告白の練習に付き合って動揺した俺を指差して笑ってやがったからな。紅蓮の奴、ニヤニヤ俺のことをみやがって……。
「乙、ほらさっさと返事」
「ああ、わかってる……波崎さん、告白ありがとう。その、嬉しいよ。こちらこそよろしく」
返しとしてはこんなところか。いや、俺が返すんじゃなくて比類先輩が返すんだがね。柄にも無く緊張してしまった。
「やりましたよ花見月先輩っ」
「うん、よくやったわ」
早百合と仲良く話をする波崎を見て練習の大切さを教えてもらった気がした。
「見るに耐えないもんだな」
汗だくの紅蓮が俺の隣でため息をついた。視線の先には喜ぶ波崎がいた。
「……紅蓮の言うとおりだ」
俺は紅蓮から少し距離を取る。暑苦しい奴が寄ってくるだなんて面倒だ。
「比類の彼女にはなれるんだろうけどな」
ハードルは低い。もっとも、何もせずに一年後も彼女を続けていられるかは分からないが。
「明日からは現地で練習ね」
「現地?」
とうとうサッカー部に乗り込んで比類優を討ち取るのであろうか。
「紅蓮、討ち入りだってよ」
「おうよ。そっちの装備はどうする?」
「アオダモの棒、打者用ヘルメット、ナインのユニフォーム、韋駄天のスパイクの予定だ」
一番打者は任せろ。バントで柵越えを狙うぜ。
「俺はキャッチャー装備一式と範囲攻撃が出来るローラーを装備しよう」
「馬鹿はほっといて、今日は帰るわよ」
「そうですね、わかりました」
最近はなんだかんだで一緒に帰ることが多くなった。
「じゃ、あたしこっちだから」
早百合は家が近所だ。校門を出て数分でばいばい。
「元気でな。車に気をつけて帰れよ」
「お前もな」
紅蓮は電車通学で駅までだから必然的に俺と波崎が一番長い時間を一緒に帰ることとなる。
「もう少しで中間テストですね」
「だね、波崎さんはちゃんと勉強してる?」
「してますよ……それなりには」
最初は理由をつけて逃げられていたものの、波崎も俺になれてきたのか最近は普通に接してくれるようになった。
「そういう乙先輩はどうなんですか」
「俺? 俺は赤い点数をぎりぎり回避する予定だよ」
この学園の赤点は平均点数から二十点引いた点数となる。
「え、あまり勉強は出来ないほうなんですか」
「まぁね、本業が忙しくて」
「本業?」
危ない危ない。普段は別にエンキリの事を画していないから、ぽろっと喋っちまうところだったぜ。
波崎には悪いが、実は早百合や紅蓮と話を既につけていたりする。
それは数日前のことだ。
「……つまり、告白をすれば比類優は誰とでも付き合うと?」
「多分ね」
「紅蓮君とでも?」
「男は無いだろ」
紅蓮が何を馬鹿なことをとため息をついた。
「じゃあ、紅蓮みたいな女の子とも?」
「ない……とは言い切れないな」
女なら誰でも良さそうではある。
「ただ、付き合っていることは周囲に内緒にしてるようだ。だから、誰々が比類の彼女だって話にはならないみたいだな」
「ふーん、という事は今も彼女がいるってことね。内緒にしているって割には紅蓮君がしってるのね」
「ああ、その点はこの前調査というか、インタビューしたときに比類が乙のことを気に入ったみたいでよ、あっさり教えてくれたんだ」
「初対面の人に信頼されやすいの、俺って」
信頼は一度崩れると積みなおすには二倍の労力が掛かる。
「当然、現在進行形で彼女は比類に存在している。これまでと違って、結構、仲がいいみたいだな」
広まらなければフリーだと勘違いし、アタックする女子は増えるだろう。教える相手はかなり親しい相手のみ……その親しい相手の中に入ってしまった俺、まさしく獅子身中の虫って奴だ。
「それにどうも、爽やかな返しだから捨てられたほうも責められないみたいだな」
「爽やか?」
「実践してみよう」
紅蓮が似非爽やか笑顔を振りまいた。女役? 俺に決まってんだろ。早百合はヒロインじゃねぇ。
「比類さん、私あなたのことがプリンよりは劣るけれどヨーグルトよりは好きです」
「そっか、ありがと。じゃあ僕達今日から仲良しさんだね。よろしく……こんな感じ」
「なるほどね」
早百合は今の茶番で納得したようだ。さすが、優等生は頭の出来が違う。
「乙」
「何だね、早百合君」
「ヨーグルトに勝るプリンなんてないわ」
「どうでもい……いえ、なんでもありません」
うわ、こえぇ。まるで人を○しそうな目をしてやがった。
「結局波崎の告白は上手くいくって事かぁ」
部長の言葉に一名の部外者が首を縦に動かした。
波崎は普通に可愛いからな。黙っていれば、何て失礼な枕詞は使用されることもない。
「そうなるな」
「でも、彼女継続は難しいと」
「んだんだ」
「つまり、エンキリの出番だと」
「はい? 何故にさ?」
確かに俺の学園コンセプトは楽しいエンキリだけども。無理に使用しなくてもいいと思われる。一体、どこでエンキリ能力を使用するのか。
「簡単でしょ。まず、告白を成功させる」
「ふむ」
「成功というとか上手くいくだろうな」
爽やかな笑みを浮かべた比類が脳内で笑っている。これまで失敗した例は聞いた事がない。最短二日で破局というか、友達づきあいに戻った例はあっても、失敗はどんな不細工が相手でも、ない。
「告白成功後、二人は付き合う」
「だな」
「そして、突き合うってわけか」
紅蓮がしたり顔で呟いた。やれやれ、全くこいつの将来が思いやられるぜ。
「いや、アホかよ紅蓮。一方的に突かれるから」
「ボケにボケで返すなよ。ちゃんと突っ込めよ」
「ちゃんと突っ込んだろ。波崎が突かれるって」
「あんたらと話すほうが疲れるわ……」
全くだな。
「ともかく、二人が付き合ったら、比類優と異性の縁を切ってしまえばいいんじゃないの?」
なるほど、縁を切れば余計に女の子からもてる事はない。
「部長、頭いいな」
「そうでしょうそうでしょう」
縁がなくなれば、変に女子生徒が比類優に近づくことは無くなる。女の子が近づかなくなれば、現彼女が振られることは無い。
「ただし、エンキリ投与は最悪の事態のみ。比類優に悪いわ」
「悪人に情けをかけるのか」
イケメンが嫌いな紅蓮は嫌そうな顔をしている。
「まて、紅蓮。早百合はそんな女だ」
「そう、だったな。俺が悪かった。早百合はいつだって優しい?」
「ああ、やさしい? 女の子だ」
くさい芝居をしていると馬鹿を見るような目を向けられる。
「あんたらがあたしの何を知っているのよ」
「スリーサイズ」
紅蓮がそういった。
「お風呂に入ったらまず、どこを洗うか」
俺はそういってみた。
「うわ、紅蓮相変わらず気持ち悪いな」
「そういう乙のほうがないだろ」
「んだと? どうせあんたの部屋の中は美少女フィギュアで一杯なんだろ」
「お前さんのほうこそ部屋には大量のAVが棚に詰め込まれてるんだろ」
「あぁ? 詰め込んでねぇよ。ちゃんとジャンルで分けてるもんね」
「俺だって選りすぐった嫁しか飾ってない」
「……はいはい、あたしが悪かったから話を前に進めるわよ」
馬鹿は馬鹿でいいのだ。トップが話を進めてくれる。馬鹿は信じるトップに困っているとき、役に立てれば満足だ。
「それに、波崎もそこまでして彼氏なんて欲しくないでしょうし」
「そんなもんか」
男の俺には分からない。
「まぁ、非常識な方法使って手に入れたのが比類か。少し残念だな」
「なるほど、そう考えると納得できるから不思議だ」
「比類はともかく、付き合ってみて合わなければ波崎が振るかもしれないでしょ。波崎に降られたら比類、後が無いわよ」
縁を切られているからまぁ、ご愁傷様である。男に走るって手もあるにはあるが……ちょっとなぁ。
「そして比類は自分の行いを反省するのであった」
「あれ、意外といい話じゃないか」
「はいはい、話をまとめるわよ。まずはあたしが色々とやるから、それで駄目ならエンキリのご登場ってことで」
「了解」
こんな感じで俺たち調査部は一致団結しているのだ。
「乙先輩? ぼーっとしていますけどどうしました」
「妄想してた」
「は、はぁ」
「い、いかん、呆れられているぞ。妄想じゃなくて、回想だ。早急に話を変えなくては変な先輩だと思われてしまうっ」
「……あの、乙先輩、心の声が漏れていますけど」
気のせいじゃないかな。
「こほん、ところで、波崎さんは告白されないのかい?」
「え?」
「いや、年齢のわりにしっかりしているし、可愛いし、人付き合いも上手い」
間違えて他人の下駄箱に手紙を突っ込むお茶目もやってのける。一緒に居て苦じゃない、和やかな人なのだ。
「俺から見たら波崎瑠璃に告白しないとあなたに不幸が訪れますって書いていいぐらいの一押しなのにな」
「……それはないですよ。まだ友達ほとんどいませんし、仲良しなのはクラスメートよりも調査部の方達ですから」
「悲しい表情しているところ悪い。ちなみに一番は誰だ?」
「一番?」
「そうだ。仲良し、頼れる調査部第一位だ」
「えっと、花見月先輩です」
俺から若干目を逸らした。
「早百合はどうでもいい。紅蓮と俺、二番目はどっちかね」
頼れる先輩ランク上位に食い込むにはやつを余裕で倒せないと駄目だ。早百合は別枠で、俺と紅蓮の一騎打ち……いや、紅蓮は調査部じゃないけどさ。
「えと、乙先輩と鬼瓦先輩は……ど、同列……です」
「さよなら青春の夏っ……」
紅蓮、確かに頼りになるもんな。行動力あるし、顔の割には優しいし、面倒見もいい。なんだかんだで付き合ってくれる。あれ、冷静に考えたらあまり俺って役に立ってないかもしれないぞ。
もう少しで分かれ道ってところで、前から自転車がやってきた。
「おや、君は」
「ああ、比類先輩っすか。つぃーっす」
女をとっかえひっかえするような奴は例え上級生といえど、この程度の挨拶で充分だ。
「ごめんよ、彼女と一緒のところを邪魔されたからって」
「彼女……」
隣で凄く複雑そうな顔をされた。
まずいな、馬鹿な俺でもこの状況がまずいというのはよく分かった。
だがしかし、ここで底力を見せればいいのだ。見せることにより、俺は頼れる先輩ランキングを上昇させることが出来る。
「今度僕も彼女と一緒に帰ってみようかな」
「え……」
その言葉は俺の口から出たものか、それとも波崎から出たものか。
「じゃ、またね」
そういって比類優は夕焼けに消えてしまったのだ。
まるで下手な打ち切りを見たような気がした。




