R7:瑠璃、屋上
後輩に気安く屋上に呼び出される先輩ってどうだろう。
「おい、屋上」
そう乱雑に言われるよりはマシかもしれない。すっぽかしてもいいかもしれないが、約束というのは面倒で、今後の自分を作っていくものだ。正確に言うのなら、他人から見た自分を形成していく。
人の信頼は一度なくすと二乗の努力が必要だ。
学園への道は至って普通で、傾斜も少ない。だからといって、夏真っ盛りに近づきつつある今……何も、屋上ではなく俺のアパートでもよかったのではないかと誰かに呟いてみた。
「……嘘付いたのは自分だからな」
俺は遊園地で瑠璃ちゃん相手に一度、嘘をついた。それは、カップルの縁の糸の件だ。確か、冗談を言ったらという条件だった気がするがね。まぁ、冗談も嘘の類ってやつか。
どうしてか、俺はあのカップルを自分達に重ねてしまったのだ。もし、あの場所で普通だ、そのうち別れるんじゃないかといってしまったらいけない気がした。
それはとても寂しいことだと思ってしまったのだ。
「ん? 俺ってもしかして瑠璃ちゃんのことが気になってる?」
馬鹿な、俺の好きなタイプは年上で、綺麗で、おっぱいの大きな人だろ。瑠璃ちゃんはその逆を行くタイプじゃないか。
人見知りだけれど、仲良くなったら結構いたずらっ子で、何でも頑張ろうとするような子だし、比類に告白するときだって早百合の変な特訓を受け入れていた。
「そういや、屋上で何度も告白されたなぁ」
あの努力は水の泡になってしまった。
最近、比類優の新しい噂を聞いた。何と、あの比類に彼女が出来たらしいという噂だ。まぁ、実際に個人的な調査をしてきたところ、それは比類が仲良くしていた女の子と正式にお付き合いをし始めたとの事。
しかも、それまで女の子側からの告白をただ受け入れていただけの比類が、自ら告白していたのだから噂の一つにでもなるわけだ。それまで女遊びしていた遊び人がスーツを着て、七三にし、雷親父の娘をもらいに行くような印象を受けた。
おっと、比類のことなんてどうでもいい。
「……学園か」
夏休みといえど、馬鹿でかいここは平常運行。忘れがちだが、普通にお店も入っているからなぁ。
そのまま階段で屋上へ。エレベーターもあるにはあるが、使用には職員以上のIDカードが必要になる。
「……だる」
汗でべたつくシャツに苦心しながら、屋上の扉を開ける。一瞬、夏の暑さを纏った風が、俺にぶつかってきた。
「来てくれたんですね」
同じく学生服でこの暑さの中、瑠璃ちゃんは麦藁帽子を着用しているだけの格好でまってくれていた。
「約束は守るさ」
その言葉を言ったとき、俺と瑠璃ちゃんは互いに苦笑いだ。何せ、約束を守らなかったのだから屋上に呼び出されたのだ。
「待った?」
「数分程度です」
「そっか、よかった」
こんな暑さの中、長時間待たせていたら大変だった。もし、瑠璃ちゃんが倒れていたら俺は……すごく、悲しんでいたことだろう。
「屋上に来たけれど、俺は何をすればいいのかな」
呼び出された後のことは全く聞いていない。
「そこに立って下さい」
がちがちに緊張した様子でそういわれ、俺は指定されたポイントへと立つ。
「立ったよ」
すぅ、はぁ。そういって目の前の少女は何度か呼吸を繰り返す。もしかして、特別な呼吸法を用いた拳法なり、舞踏術なりを俺にお披露目してくれるのだろうか。
「縁切乙先輩。好きです。私と付き合ってください」
澱む事無く、すらすらと出てくる言葉。まるで、幾人もの男にその言葉を吐いてきたような錯覚さえ与えるのだ。しかし、俺はその言葉がくだらない練習によって得られたものだと知っている。
「俺はその言葉、好きだよ」
「……わたしの事はどうですか」
「好き、かどうかはわからない」
認めよう、俺は目の前の女の子の事を気にしている。知りたいと思っている。
「でも、俺も君の事を好きなのか、知ってみたい。俺もお願いする。俺と、付き合ってください」
「先輩っ」
「おっと」
俺の胸に飛び込んできた瑠璃ちゃんを抱きしめ、近距離で顔を合わせる。麦藁帽子は外れて、どこかへ飛んでいってしまった。
「あのさ、一つ聞きたいんだけど」
「何でしょう」
「俺のどこが気に入ったわけ?」
「そういうところです」
どういうところだろう。
悩む俺を見ながら、瑠璃ちゃんは一人笑っていた。
「ふへ、ふへ、ふへへ……暑い中、待ってた甲斐がありました」
「……瑠璃ちゃん?」
「ああ、乙先輩が二人に見えま……きゅう」
「ちょ、ちょっと瑠璃ちゃーんっ」
その後、瑠璃ちゃんは熱中症で倒れてしまい、俺が急いで運んだのは言うまでもない。




