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エンキリZ  作者: 雨月
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H6:日和、更に攻める

 八月も終わりが近い。そのうち夏が終わって、秋がやってくる。

 だからといって、天候が変わるわけもない。夏といえば暑く、むしむししている。

 午後から通り雨が来ると天気予報は告げており、それにならってか午前中はスーパーにおば様方が殺到していた。

 そして、お昼頃、エコバックを持って突っ走る一人の少女があった。

「ふふふ、あはははは、あーっはっはっは」

 三段笑いを駆使しながら、恥も外聞も捨てて走り続ける。きっちり紫外線対策も行っているので日傘、日焼け止めの準備は欠かしていない。

 常人よりも身体能力の高いため、疾風のごとき存在となっていた。

「ままぁ、あれ何?」

「かまいたちよ」

「かま……いたち? オカマの一種?」

「女の子ですっ」

 律儀に突っ込みを返して近くの公園で立ち止まる。走っているときは感じなかった暑さが、後から追いつくようにしてへばりつく。

「あぁ、やばい。乙さんが……戸惑うなんて脈ありすぎですよ」

 自分の顔が締まらない。にやにやとした表情なのだ。

 乙の気持ちを聞いて一日が経っていた。にやにや顔を指摘されて、つい、やっぱりわたしの事を見てくれているんですねと告げると部屋に逃げられた。

 家の中ならともかく、さすがに外でニヤニヤしているわけにも行かない。乙や紅蓮のように馬鹿をやって注目を浴びたいタイプではないのだ。あまりに恥ずかしいので蛇口で水を出し、顔を洗う。

 最初はぬるかったがじきに冷たくなった。顔の火照りを取ってくれて、同時に頭も冷静にしてくれる。これで引き締まった顔になっただろう。

 周りにあまり多くの人がいたら自重していたが、今は大して人がいない。

「……ふぅ」

「ままぁ、あのおねえちゃんまだニヤニヤしてる」

「ああいう人間はね、そのうち神様の怒りを買って悲惨な結果を迎えることになるわ。知っているでしょう、美幸。貴女のお父さんもああやってにやにやしていたわ。そこをお父さんの友達に利用されて……」

「おじゃんになった」

「そうよ。だから、美幸も気をつけなさい。ニヤニヤした顔は相手に隙を見せることになる。でもね、それだけじゃないわ。敢えて道化を演じることで得られるものもちゃんとあるの……よく覚えておきなさい」

「うん、したたかな子になるっ」

 親子が去った後も、日和は水を顔にぶつけ続けた。

「くちゅん……ああ、やりすぎましたね」

 失敗したと顔を拭いてから、日和は家に帰ることにしたのだった。

 道すがら、頭の中では今後の対策を立てていた。これまではストーカーまがいのことをしていたのだから方向転換が必要になってくる。

 清純派、小悪魔系、高飛車系……様々な言葉が頭に浮かんでは消えていく。攻めか、守りか、そういったことも浮かんできた。

「……ここは攻めましょう」

 脳内で一人の日和が言った。

「攻めるって極端すぎませんか」

 慎重派は眉をひそめて難色を示す。それに対して攻め派はホワイトボードを叩いた。

「これまでと同じでも利益は得ています。が、あくまでそれは物品のみ。本体を手に入れてしまえばそれらは付随で手に入ります」

「なるほど。道理ですね」

「では、攻めるということで」

 脳内での会議はあっさりと終わる。もとより、最終的な道は一本だから方法を変えたところで少し変わるだけだ。

「ただいま戻りました」

「お、おかえり」

 テーブルで新聞を読んでいた乙はびっくりとして顔を隠していた。

「どうか、しましたか?」

 精神的に余裕がある今は強い。そのときの日和のことを、後世の歴史家は生まれ変わったようだと評価している。

「……なんでもない。ニヤニヤしているから驚いたんだよ。まさか、その顔で歩いていたんじゃないかってな」

「さすが乙さん。私のことなら手に取るように分かるんですね。私の気持ちも、知っていますもんね」

「う、ぐ……そういう意味で言ったんじゃない。部屋に戻る」

 不機嫌そうな声を出して新聞をテーブルの上に畳む。そして、立ち上がって部屋へと向かった。

 脳内で日和たちが叫んだ。

「今だっ」

 買ってきたものを床において、すぐさま乙を背後から抱きしめる。

「みぎゃ」

「妙な声、出さないで下さいよ」

「お、おい、日和っ」

 上擦った声に日和はさらに嬉しくなった。意識されていると思うだけで、昇天しそうなのだ。

「嫌ですか、駄目ですか。私はこのまま乙さんを押し倒してあんなことやこんなことをしたいと思っていますが……このまま抱きしめることを許してくれるのなら、自制します」

 抱きしめている時点で自制できてない気もするが、考えるだけ無駄だろう。人間が自制できる生物ならとっくに神様になっている。

 乙が動かなくなったのを見て取って、背中に頬ずりをする。大きな背中を独り占めできた。

「大人しくしてくれてありがとうございます、乙さん」

「別に、日和のためじゃないよ」

 ぶっきらぼうな物言いも、屁でもない。

「背中からでも、乙さんの鼓動が聞こえます」

「……まぁ、生きているからな」

 そこでまた、悪戯心が芽吹いた。

「……じゃあ、私が生きているかどうか確認してもらっていいですか」

「ヴぇっ、い、いや、普通に考えて日和は生きているだろ」

 乙のほうはなにやら想像してまたもや上擦っていた。

「大丈夫です、乙さんの想像しているようないやらしいことじゃありませんよ」

 一度向かい合ってにっこりと微笑んでみせると見るからに緩みきった顔をされた。

「ほっ、良かった……待った。俺は別に考えてないからな」

「大丈夫ですって。ただちょっと、おなかの子どもの胎動をですね……」

 目の前で乙の部屋に繋がる扉が閉められたのだった。

 その日の晩、良く考えたらそんなことしてないわとぼやいて乙が現れた。

 特別、何かあるわけでもなくご飯を食べ終える。食器を洗って、テレビを見ている乙に声をかけた。

「お風呂に入ってきますね」

「りょうかぁい」

 間延びした返事をして乙はその背中を見送った。

「ふぅ」

 ほっとため息をついてテレビに向き直る。

 映像は頭の中に入ってきても、理解は出来ない。ただの惰性で見ているに過ぎないのだ。

「お前さんももう、答えは出てるんだろ」

「るっさいな」

 明瞭なる天使紅蓮が天啓を与えるためにやってきた。

「女の子からぐいぐい来られるなんて生まれて初めてなんだよ」

「誰だって始めてはあるもんだ」

「むぅ、だけどなぁ……」

「何を悩む必要がある」

「戸惑っているだけだ」

「じゃあ、答えは決まっているんだな。俺はそれを聞けて満足だよ」

 そういって天使は消えた。

「すみませーん、乙さーん」

 その時、声が聞こえてきた。聞き間違えるわけもない。日和だ。

「な、何だよ、どうした」

 すりガラスの向こうで立っていたのは分かった。相変わらずすらっとしている。

「すみません、実は下着を忘れてきまして」

「お、俺は取ってこないぞ」

「じゃあ、あけますね」

「うわあああっ、やめろってばよ」

「冗談ですよ」

 嘘ついてんじゃねぇ、半分あけただろうが。

 乙はため息をついて敗北を悟った。

「……取ってくるよ

「安心してくださいね」

「藪から棒にどうした」

「今日の買い物袋の中に入れたままにしていますから、より取り見取りの中から選ぶって事はありません」

「そ、そっか、そりゃよかった。じゃ、取ってくるよ」

「お願いしますね」

 短い廊下を通って、リビングへと戻ってくる。

「これか」

 エコバックの中から下着を発見してつまみあげる。

「……なんだこりゃ」

 ほぼ紐だった。上も下も、頼りない布地は薄く、着けても透けるのは避けられまい。

 これをつけた日和を想像して……。

「ぶっ」

 鼻血を拭いて乙は昏倒した。


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