T6:千春、話す
夏休みも明日で終わり……ああ、憂鬱だ。
夏休みの必須イベントとして、様々なことにチャレンジしようと思ったさ。しかして、俺の彼女様は今年受験なのだ。思い切ったことが出来ずに、一緒に勉強することになりましたよ。
恋は人を変えるなんて噂、嘘だと信じていた。まさか勉強できないこの俺が、平均以上の点数を叩き出せそうなぐらい勉強するとは思わなかった。
「話があるの」
それもこれも、俺の彼女、千春のおかげだな。頑張ったらご褒美くれるっていうからついついつられてやった。勉強している俺はまるでにんじんをぶら下げられた馬の如し姿に違いないね。
「ちょっと、乙聞いているの?」
「ご褒美……うへへ……んぐあぁっ」
「私の事を無視しないっ」
「すみません。妄想に浸っておりました」
いかん、いかんね。ほんの数秒前までは夏休みが終わることに対してぷち絶望していたというのに、彼女のことで幸せになっていたぜ。
千春にコーヒーを入れてもらい、一息ついた。
「んー、カモミールの香り」
「あなたが飲んでいるの、コーヒーだから」
そうですね。
ところで千春さん、カモミールって何でしょうか。
「それで、話って何? 人生設計?」
ちょっと気は早いけれど俺はこのまま千春と一緒にいられたらいいなと思う。その妄想を、現実にするためなら勉強だって何だって、やりきる自信がある。
「ううん、違う。似ているけどね」
「人生設計に似ている……まさか、子づく……」
「あほなこと言うと殴るから」
硬い拳が既に準備されていた。いつでも俺にプレゼントしてくれることだろう。
「すみません」
最近謝ってばっかりである。先に言っておくけれど、俺が悪いんじゃないぞ。エロい俺の脳みそが悪いのだ。
まぁ、言うだけですけどね。ええ、言うだけ長官ですよ。
「乙の両親はどんな人だった?」
「ん、俺の両親は……」
唐突に始まったその話。
両親共に死んでしまっていることを告げようとして、一瞬俺は黙り込んだ。どのようにして話すのか、順序だてて話すためだ。
「私の両親は、仕事と趣味を両立できる人間」
何気ない気持ちで俺の両親のことを聞いたようだ。俺の話を聞きたいわけではなく、千春の両親の話をしたいらしい。
あの千春が、自分のことを語るなんてちょっと意外だった。一緒に生活するようになってからも特に、千春は過去の話をすることはこれまでなかった。彼女が見ているものは今より未来、あまり、過去は振り返らない性格なのだと思っている。
過去の話を一度だけ振ろうとすると逃げられたことがあった。そのことを早百合に相談すると誰にでも苦手な話があるものだといわれた。
「別に、話したくない過去じゃなくて、話題としての問題だから。特に、面白い話を提供できないと思い込んでいるからね。それに、千春は自分のことを知ってもらうよりも、乙のことを知るほうがうれしいのよ」
「そうなのか、さゆりん」
「唐突にさゆりんはやめろ。背筋に悪寒が走る」
「え、早百合のオカンが?」
「そのオカンじゃねぇ」
「やぁん、さゆりん怖い」
早百合に今後さゆりんは禁句になっただけの会話だったかな。以降、さゆりんと呼ぶと蹴りが飛んでくるようになった。
「ねぇ、聞いているの?」
いかん。眉が斜めに変わったぞ。
千春のこれは分かりやすい警告。話を聞いていないときに関して非常にヤヴァイ結果を生み出すのである。
固有ルートに入ってからの選んじゃいけない選択肢。選んだ回数が多いとバッドエンド確定である。
お前よりあいつのほうが可愛い。あいつの家で晩飯食べてくる。ごめん、最近お前のこと愛せてない。なぁ、もう別れようぜ。
そして殺傷へ。
いかん、話がずれてしまった。
「なるほど、千春の両親ね。趣味と仕事を両立する、か。すごいね、全く」
よく耳にする言葉だと学生の頃だと金はないが、時間はある。大人になるとお金はあるが、時間がないといった感じだ。
両立しない感じの言葉だ。まぁ、本格的に働いたことが俺はない……あ、俺エンキリとして働いているわ。
「うーん、何かを犠牲にしてそうだけどねぇ」
その二つは両立できたとしても他の何かがおろそかになっているんじゃないか。そう思えた。
「そうね」
「ああ、そうなんだ……」
そこまで言って気づいた。仕事と、趣味を両立していれば必然的におろそかになるのは……。
「夫婦はともかく、家族はおろそかだった。家族じゃなくて、夫婦と、娘」
一つで括れば家族だ。千春の両親は家族と捉えているかもしれないがその逆は……。
俺がそれ以上、千春に対して何かを言うつもりはなかった。
どうして千春がこの話題をするのかわからなかった。両親のことはよく言えばそういう人だと受け止めている、悪く言えば両親の事を諦めている節がある。
自己完結している話を他人に何故話すのか。俺の理解を得たいため? それとも、又別の意図があるのだろうか。
千春がもし、その両親との縁を切って欲しいといってくるのなら意外とはっきり言う性格上、既に言っているだろう。
「乙は、両親と会いたいって思う?」
「えっと……」
その言葉に、俺は言いよどんだ。
「悪い、俺の両親は小さい頃に死んでいるんだ」
母は俺を産んだとき。父は俺がものすごく小さい頃に事故か何かで亡くなったと聞いている。これまで言わなかったのは別に、わざとじゃあない。聞かれなかったからだ。それに、話して微妙な空気になるのも嫌だからな。
「それでも、会って見たいと思う?」
「え、何? オカルト関係?」
死んだ相手と会わせてくれるか。ふむ、エンキリ並に胡散臭い話だ。
「まぁ、そりゃ、会って見たいと思うかな。写真じゃちらりと拝んだこと、あるんだけどね」
いつだったか、祖父母が見せてくれた写真があった。ただ、その写真も俺の不注意から紛失し、もう写真は残っちゃいなかった。
「そっか、私も乙の両親に会って見たい」
「俺も……」
俺も千春の両親に会って見たいと軽々いえるわけもない。
そのときゃあれだ、結婚しますって言うときだろうよ。
「両親か」
真剣に思い悩んでいそうな千春の横顔を見て、俺はもしかして結婚秒読みかもしれないなと思った。




